95話 サンドウォルーの襲撃
森の周囲を移動して地面が岩のように固くなっている場所を見つけた。
「ぐふ。これなら大丈夫だろう。しかもずっと先まで続いているようだ」
「そうだな」
ヴィヴィにナックが同意する。
「このまま街道まで行ってくれればいんだけどな」
「ぐふ」
「よし、進むぞ」
日中の移動ということもあり、日差しが強い。
ナックが思わず愚痴を吐く。
「やっぱ砂漠は暑いなぁ。特に顔がヒリヒリする」
「森の中とは全然違うよっ」
「我慢しろ。サンドクリーナーは夜の方が活動が活発らしいからな。日が出ているうちに出来るだけ進みたい」
「わかってるよっ。でも日焼けしちまうよっ」
ローズが女性らしく肌を気にする。
「今更そんなこと気にする……なんでもねえ」
カリスはローズだけでなくサラにまで睨まれたので口を閉じる。
ナックがフォローする。
「まあ、治療魔法でそこそこ治せるから我慢しろよ」
「ちゃんと治しなよっ」
「それは俺じゃなくて神官のサラちゃんに頼めよ」
「ローズ、心配しなくても私が治療魔法をかけます」
サラの言葉にローズはふんっ、と鼻を鳴らすだけで感謝も拒否もしなかった。
見た目で一番暑そうなヴィヴィにナックが尋ねる。
「なあ、ヴィヴィ、お前暑くないのか?」
「ぐふ。暑いに決まっているだろう」
ナックの問いにヴィヴィは、いつもと変わらぬ口調で答えた。
水は砂漠を旅する者にとってとても重要だ。
水の奪い合いで殺し合うことも珍しくない。
だが、幸いにもウィンドとリサヴィにはそれぞれ、ナックとサラという水を生成する魔法を持つ者がいたので水の心配をする必要はなかった。
休憩をとる事になり、ヴィヴィが背中の木箱から鍋を取り出した。
水の生成はサラとナックが交互に行う事になっており、今回はサラが担当であった。
サラは魔法で水を生成して鍋いっぱいに注ぎ、各自の水筒に汲む。
「やっぱサラの作った水は美味いな!」
カリスのメンタルは尋常ではなかった。
一時的に落ち込んだとしてもすぐに前以上の図太さを持って復活する。
先の失態から完全に立ち直ったカリスがサラのそばにやって来てそう絶賛したがサラの反応は冷ややかだった。
「誰が生成しても同じです」
サラの意見にナックが同意する。
「だな。違いは一度に生成する量の違いくらいだよな。サラちゃんは俺が生成するより多いぜ」
「そうですか。ありがとうございます」
実のところ、これでもセーブしているのだが、その事は秘密だ。
「いやっ、違うぞ!サラが生成した水は、……そうっサラのいい匂いがする」
「「「「「「……」」」」」」
カリスの発言に皆が引く中でヴィヴィが言った。
「ぐふ。つまり、サラの水は不純物が混じっていると言うことだな」
「な……ち、違うっ!俺は……」
「申し訳ありません。次回から水の生成はナックにお願いすることにします」
「ちょ、ちょ待てよ!そういう意味じゃねえ!」
休憩が終わり、再び砂漠を歩き始めてから数時間経った頃だろうか、ローズの表情が厳しくなった。
「ストップだよっベルフィ」
ローズの言葉に従い、ベルフィがパーティにストップをかける。
「どうした?」
「……なんかさっ、さっきから変な気配を感じるんだよっ」
ローズが周囲を警戒しながらベルフィに答える。
「それは魔物がいるということか?」
「たぶんねっ……でも、どこにいるのかわからないんだよっ」
ベルフィがナックを見る。
「ナック、いや、他に誰でもいい。何か思い当たるものはあるか?」
「ひとつある」
とナックが言い、皆の注目が集まる。
「サンドウォルーかもな」
「サンドウォルー?」
「ああ。姿がウォルーに似てるからサンドウォルーって呼ばれてるが別物と言っていい。ランクはCだったか。こいつらは風景に溶け込む、いわゆる擬態みたいな能力があるんだ。しかも気配を消すのもうまい」
「そういうことかいっ」
「そういえば森にいたムトマエデも花に似てたね」
「ああ。カルハンには擬態する魔物が多いんだ。で、突然そばに現れて襲ってくる」
「そうなんだ」
「ぐふ」
ヴィヴィが呟いた後、短剣を何もない場所へ放った。
獣の悲鳴が聞こえたと思った次の瞬間、短剣が爆発し、その周囲に砂塵が舞う。
今の爆風で気配を消して近づいていたサンドウォルーが次々と姿を現わす。
その数、ざっと十。
「こんなに集まってたのかよ!?」
「近いな。各自で対応!油断するな!」
「ベルフィ!あたいもやるよっ!」
そう言ってローズがラビリンスで手に入れた短剣を抜く。
「わかった。ナックは……リオ、お前が守れ!」
「わかった」
「よしっサラ!お前は俺の後……って、待てサラァ!」
サラはカリスの言葉を無視し、剣を抜くと手近のサンドウォルーに切りかかる。
「おいっサラ!お前は俺の後ろに……」
「邪魔!」
サラを追ってきたカリスの言葉を遮る。
「な……」
「遊んでないでさっさとサンドウォルーを倒しなさい!」
「お前なっ!言っていい……ぐああ!!」
カリスは周囲の警戒を怠り突然背後に姿を現したサンドウォルーの奇襲を受ける。
喉を食い破ろうと迫ったサンドウォルーの攻撃をかろうじて右腕を差し出して守るが、その腕にサンドウォルーの牙が深々と食い込む。
「さ、さらぁ!」
「……」
サラは冷静に状況を見極め、カリスを助ける必要はないと判断し、次の標的に向かう。
その行動に驚いたのはナックだ。
(カリスを見捨てた!?)
ナックがカリスを助けようにも攻撃魔法ではカリスを巻き込む可能性があり、接近戦を行えば返り返り討ちにあう自信があった。
かといって護衛のリオを向かわせると自分が無防備になる。
だから暇そうに見えた相手に声をかけた。
「ヴィヴィ!カリスを……」
「ぐふ。余裕はないな」
ヴィヴィはナックの声を途中で遮って拒否する。
「おいおいっ!お前もかっ!」
「私は皆の宝を守るという重要な任務がある」
確かにヴィヴィの言うことは一理ある。
万が一にもヴィヴィが倒れるようなことになればせっかく手にいれた宝のほとんどを手放す事になる。
とはいえ、ヴィヴィが倒れる姿をナックは想像できなかったが。
そこでサンドウォルーを葬ったばかりのローズに声をかける。
「ローズ!カリスを頼む!」
「あ?……って、あのバカは何やってんだいっ!」
ローズがカリスと格闘しているサンドウォルーの喉元を短剣で掻っ切った。
「助かったぜっローズ!」
「あんたっ、どこまで腑抜けてんだい!?サンドウォルーなんかに苦戦してんじゃないよっ!」
「ち、違うっ!俺はサラを守ろうとしてだなっ!」
「あのショタ神官をかい?」
ローズがサンドウォルーを斬り捨てているサラにチラリと目を向ける。
ローズの見る限り、サラの剣の腕はCランク以上の実力で余裕を持って戦っていた。
「……あれが助けを必要としてるって?」
「お、俺が庇ってやったからだっ!」
カリスはローズが襲われる瞬間を見ていない事をいい事に自分のミスを嘘で誤魔化した。
しかし、その嘘はローズにあっさり見抜かれた。
「だったら真っ先にあんたを助けに来るじゃないのかいっ?」
「そ、それは……」
「って、あんたに構ってる暇はないよっ。あたいまで遊んでると思われちまうっ」
「なっ……」
「ほらっ、あんたもさっさとサンドウォルーを倒してあのムカつくショタ神官を見返してやりなっ!」
「お、おうっ!」
カリスは右手の痛みを堪えながらサンドウォルーへ突撃した。