89話 封印された魔族 その1
四つの柱を調査した結果、それぞれの柱にボタンがひとつあった。
「ローズ、何かわかったか?」
ローズが首を横に振る。
「さっぱり。どれが当たりなのか、あるいは全部外れなのか、全然わからないわっ」
「ナックはどうだ?」
「俺もさっぱりだ。ヴィヴィは?」
「ぐふ」
ヴィヴィが微かに首が横に振った。
「このまま悩んでても仕方ないよな。一個ずつ押すか、それとも四つ同時に押すか?」
ベルフィが皆に問いかける。
「ボタン自体がトラップもありえるよっ」
「サイファならやりそうだよなぁ」
「そうなんだ」
「じゃあ、ボタンを押さずに結界の中に入る、という案もあるな」
「多数決で決めるか?」
「そうだな」
結果、一個ずつ押す事になった。
前もってナックがパーティに攻撃強化魔法を付加し、サラが防御魔法を付加する。
ボタンはリオが代表して押す事になった。
理由はこの中で一番弱いから、オートマタが動き出した時の対応を考えてのことだ。
リオは特に不満を言う事なく、一つの目の柱のボタンを押した。
ブッブーっ!!
人を馬鹿にしたような音がしたかと思うと、ボタンを押した柱の近く、結界の外側に魔物が上から落ちてきた。
「ヘル・ヴァイパー!?」
ヘル・ヴァイパーはCランクにカテゴリーされたヘビの姿をした魔物で、現れたものは全長二メートルを超える。
それが三匹。
「やるぞ!」
「おう!」
「結界内に入らないように注意してください!」
「俺が遠距離攻撃するか?」
「必要ない!」
ナックの問いにベルフィではなく、カリスが答える。
ベルフィも否定はしない。
「俺とカリスで一匹ずつ引き受ける!ナック、サラはできる限り魔法を温存!ローズは援護!リオとヴィヴィで一匹足止めしろ!」
「おう!」
「はい」
「了解!」
「任せなっ!」
「わかった」
「ぐふ」
ベルフィとカリスで一匹ずつ仕留め、残り一匹はリオとヴィヴィがベルフィに言われた通り足止めしている間に、いち早く仕留めたカリスがやって来て倒した。
サラに向けてガッツポーズをするカリス。
「楽勝だったぜ!サラは大丈夫だったか?」
「はい。怪我した方はいませんか?」
カリスはサラに二匹倒した事を自慢したかったが、軽く流されムッとする。
「あんな雑魚にやられる奴がいるかよ!」
「ぐふ」
サラはヴィヴィの声が気になりリオを見る。
「リオ、あなた怪我してるんじゃないですか?」
「ん?……ああ、ほんとだ」
「見せてください」
ちっ、とカリスが舌打ちする。
その音はサラにも聞こえたが、気づかなかったフリをする。
リオの傷はかすり傷で魔法を使うまでもないように見えた。
しかし、ヘル・ヴァイパーは強力な毒を持っている。
見た目だけでは判断できない。
しかも相手は痛覚神経が鈍いリオである。油断は出来なかった。
慎重に調べ、毒を受けていない事を確認して一安心する。
その様子を見ていたローズがサラを挑発する。
「あんたっ、過保護だねっ!ついでにオッパイでも飲ませてやったらどうだいっ?」
「……リオは痛覚神経が鈍いですから、毒が回ってても気づいていない可能性があります。その事は私より長く一緒に旅しているあなたの方がよくご存じだと思ったのですが、もしかして知らなかったのですか?」
「……あんた、あたいに喧嘩売ってんのかいっ?」
「私は、売っていません」
「「……」」
「二人ともやめろ」
「すみません」
「……ふんっ」
「よし、次行くぞ」
「ベルフィ」
次の柱へ移動しようとした時、リオがベルフィに声をかけた。
「なんだ?」
「次は僕も倒していい?」
その言葉でリオは自分の命令通り“足止め”していたと気づく。
ベルフィは苦笑しながら「かまわん」と言った。
二つ目も同じ音が鳴り、上からヘル・ヴァイパー三匹落ちてきた。
今度はベルフィ、カリス、そしてリオとヴィヴィのペアでヘル・ヴァイパーを倒した。
二人がかりとは言え、リオが一番最初にヘル・ヴァイパーを倒したことがカリスは気に入らず不機嫌だった。
「もしかしてみんなヘル・ヴァイパーだったりするのか?」
「どうだろうねっ」
「私はあの人を馬鹿にしたような音が気になります」
「だな。ここはあの捻くれ者のサイファ・ヘイダインのラビリンスだ。当りの音があったとして、それが誰に対して当たりかわからんしな」
「なにが来たって倒してやるぜ!もういっそのこと中心の魔族相手でもいいぜ!」
カリスはサラにキメ顔をして言ったが、サラは気づかぬ振りをする。
「あたいはごめんだよっ!」
「俺もローズに一票!」
「お前らな……!」
「もう休憩はいいようだな。次行くぞ」
三つ目の柱のボタンをリオが押す。
ピンポンピンポンピンポーン!
「ん?」
「違う音だ!注意しろ!」
今度もヘル・ヴァイパーが三匹上から落ちてきた。
ただし、落ちた場所は柱で囲まれた中心、つまりオートマタのそばだった。
突然、オートマタが動き出した。
腕が伸び、ヘル・ヴァイパーを掴んだ。
「シャアアアアア……!!」
ヘル・ヴァイパーが腕から離れようとオートマタに噛み付くが牙は通らなかった。
美少年のように美しいオートマタの顔がにっこりと笑った。
だが、それで終わりではなかった。
笑顔のまま口がすうー、と耳元まで裂けて大きく広がると、ヘル・ヴァイパーを丸ごと飲み込んでいき、腹が風船のように膨らむ。
そして腹の中から咀嚼音とヘル・ヴァイパーの断末魔の声が聞こえた。
「く、食いやがった!?」
咀嚼音が止むとオートマタの腹が元に戻った。
オートマタがベリフィ達に笑みを向ける。
「きもっ!!」
「失礼ですね」
オートマタが言葉を発したのに思わず叫んだローズだけでなく皆が驚く。
「こ、こいつ、言葉を喋るのか!?」
「ええ。喋りますよ。このような姿をしていますが、ワタシはあなた方のいう上級魔族ですからね」
「なっ!?」
「油断するなよ!」
ベルフィの言葉に我に返ったナックが攻撃呪文の準備を始める。
ベルフィ達が戦闘態勢に入ってもオートマタ、いや、魔族の動きに変化はなかった。
少なくとも見た目には戦闘態勢に入ったように見えない。
魔族が「はあ」とため息をついた。
「美食家のワタシにヘル・ヴァイパーとは酷いですね。ワタシは魔力の多い人間が好物なのですがねぇ。若い女ならなお良いのですが」
魔族はサラに視線を向けると舌なめずりをする。
カリスが慌ててサラを庇うように前に立つ。
魔族は片腕を前に上げると腕の肘から先を切り離した。
「来るぞっ!」
ベルフィ達は魔族の攻撃を警戒したが、標的はベルフィ達ではなかった。
切り離された肘から先とはワイヤーで接続されており、二匹目のヘル・ヴァイパーを掴むとワイヤーを引き戻して元の位置に戻り体と一体化する。
そして捕まえたヘル・ヴァイパーを耳まで裂けた口で飲み込んでいき、腹の辺りから咀嚼音が響く。
「こいつっ、ヘル・ヴァイパーを食らって力つけてるんじゃない!?」
ローズが悲鳴に近い声を上げる。
魔族が最後のヘル・ヴァイパーを捕まえて食らった。
「あー、不味かったですね」
魔族はゆっくり体を動かし、今の状態を確かめる。
「やれやれ、本当にこの体は使いにくいですねぇ」
「な、何言ってんだこいつ?」
「おや?ワタシの事を知らないですか。なるほど、あなた達はワタシをここに閉じ込めたあの不愉快な魔術士とは関係ないようですねぇ。……では“メインディッシュを頂く”前に教えてあげましょう」
魔族は呑気に自分の事を話し始めた。




