88話 結界
扉の先には下へ降りる階段があった。
階段を降りてしばらくすると広い場所に出た。
前方には蔵のような建物があり、その蔵を囲むよう四方に柱が立っていた。
そして蔵の入口の前には人らしきものが立ち塞がるように立っていた。
「……オートマタだねっ」
目のいいローズがいち早くその正体に気づいた。
オートマタはゴーレムの一種だ。
見た目が人にそっくりに作られたモノをゴーレムの中でもオートマタと呼んでいる。
オートマタは芸術性が高く高額で取引されるが、ほとんどの場合は宝を守るガーディアンとして配置されているので無傷で手にいれることは困難であった。
ベルフィ達は慎重に近づき、柱のそばまで来たがオートマタが動く様子はない。
「すごい精巧にできてるよっ!中性的な顔してるから性別はわかんないけど、無傷で手に入れれば相当の高値で売れるよっ!」
「実は大人のおもちゃだったりしてな」
「じゃあ、試してきな」
「残念、俺にそういう趣味はないんだ。ローズに譲るぜ」
「気持ち悪いこというんじゃないよっ!」
ローズの蹴りがナックに飛ぶ。
「もう少し緊張感をもて!」
オートマタを観察していたナックが呟いた。
「なあ、あのオートマタ、機能停止してんじゃないか?」
「あるいは故障してるのかもな」
オートマタは無限に動けるわけではない。
エネルギーであるマナが枯渇すれば当然機能停止する。
サラにいいところを見せるチャンスと戦う気満々だったカリスが残念そうな顔をする。
「あたいはあの柱がちょっと気になるねっ。柱で囲んだエリアに入ると動き出すかもしれないよっ」
サラもローズが言ったように蔵とオートマタを囲むように配置された四つの柱が気になっていた。
それは結界のように思えたのだ。
「待ってくださいベルフィ」
更に蔵へと近づこうとするベルフィにサラは声をかける。
サラの緊張感のこもった声を聞き、ベルフィは足を止めて振り返る。
「どうした?」
「まず周囲の柱を調べませんか?ローズが言ったようにあの柱で囲まれたエリアに入るとオートマタが起動する仕掛けがあるかもしれません」
ナックがサラに同意する。
「俺もそう思うぜ。ここは慎重に行こうぜ」
「なんだってんだ二人して!オートマタ一体に俺達が負けるとでも思ってんのか!?」
「そうだよっ。目の前にお宝があるんだよっ!動き出したってあたいらならオートマタなんかに負けっこないさっ!」
カリスが不満を口にしてローズが同意する。
「ぐふ」
ローズはヴィヴィに笑われた気がしてキッと睨みつける。
「なんだいっ!あんたはその変な声を出さないとしゃべれないのかい?」
「ぐふ。お前は一々人の言うことに文句を言わないと気が済まないのか?」
ヴィヴィの言葉は皆が常々思っていたことだったが、口に出した事はなかった。
いや、過去には一人いた。
ウィンドから去った神官だ。
「なんだってっ!?この棺桶持ちがっ!」
「ローズ」
ベルフィに睨まれ、ローズは不機嫌さを隠さず、ふんっ、と鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「ヴィヴィ、おまえも何か感じるのか?」
「ぐふ。アレは異端審問官の愛しきモノ、だ」
ヴィヴィの言葉を聞き、皆一瞬思考が止まる。
「ちょっと待て!お前っ、あのオートマタが魔族だって言いたいのか!?」
「ぐふ」
ヴィヴィが微かに頷く。
サラはヴィヴィほどはっきりと断言する自信はなかった。
確認のため神聖魔法、デテクトアライメントを使おうとも考えた。
デテクトアライメントは敵意を持つものに反応し、魔族かどうかも判別できる。
だが、悩んだ末、サラはデテクトアライメントを使うのをやめた。
あのオートマタが魔族ならばサラの魔法を感知して動き出すかもしれないからだ。
(対魔族用魔法で先制攻撃を仕掛けるという手もあるけど、実際に魔族相手に使ったことがないからどの程度のダメージを与えるのかわからないし、ナナル様に対魔族用魔法を安易に使うなとも言われてる。それにヴィヴィの言うことが正しいのかもわからないわ……もう少し様子見ね)
「あれが魔族だって!?ありえないねっ!何で魔族がこんなところにいるのさっ!?」
「ぐふ。そんな事私が知るか」
「態度がでかいんだよ!棺桶持ちがっ!!」
ヴィヴィがローズを無視し、ゆっくりと柱のひとつを指さす。
「ぐふ。あの四方に立つ柱が結界を作り、あの魔族を封じ込めている」
「……そうだっ!俺も魔術士ギルドの図書館で似たような絵を見たことがあったぜ!」
「おい、ナック!そういう事はもっと早く言え!」
「いや、だから今思い出したんだって!」
ベルフィ達は一旦、その場から離れ、階段付近まで戻ってきた。
その間もオートマタの動きを警戒していたが、動き出す事はなかった。
「さて、どうするかだが」
「ベルフィ、あなた方は魔族と戦った事はあるのですか?」
「ない」
ベルフィ以外のメンバーも首を横に振る。
カリスが「だが俺なら勝てる!俺を信じろサラ!」と言うのをサラは聞き流す。
ベルフィがサラに逆に問う。
「サラはどうだ?」
「私もありません」
「リオは聞くまでもないとして、ヴィヴィ、お前はどうだ?」
「……ぐふ。直接戦った事はない」
ナックはヴィヴィの言い回しが気になった。
「直接はない、という事は、出会った事はあるのか?」
「ぐふ。だが、私は戦闘に参加していない」
「だろうねっ!棺桶持ちが敵う相手じゃないさっ」
「どこで出会った?」
「その時は倒せたのか?」
「ぐふ。倒したな。場所は今はどうでもいいだろう」
「なんだその態度は!」
ヴィヴィに掴みかかろうとするカリスをベルフィが抑える。
「今はいい!それで、その時の戦法は使えるか?」
「ぐふ。使えんだろうな。魔族とひとまとめにしているが様々なタイプがいる。私が遭遇した魔族とはタイプが違うようだ」
「そうか」
「どうする?蔵を調べるならその前にあの魔族をどうにかしないとダメだぞ」
「ナック!どうにかじゃない!倒すんだ!」
「落ち着けってカリス」
「サイファのラビリンスだぞ!すげえ宝が眠ってるに決まってる!諦めるなんて解はないだろう!」
「だから落ち着けって。誰も諦めるなんて言ってないだろ。魔族と戦わなくて済むに越した事はないと言ってんだ」
「なんでそんな弱気なんだ!俺なら勝てる!なっサラ!」
カリスがまたも根拠のない自信を示してサラにキメ顔をする。
「サラ、お前の意見は?」
ベルフィの問いにサラは考えながら答える。
「そうですね。あのオートマタが本当に魔族ならジュアス教団の神官としては放っておく事は出来ません」
「だよなっ!よしっ!やるぞベルフィ!」
カリスがサラの同意を得たと嬉しそうに叫ぶ。
「ちょっと待ってください!私も戦うのは最後の手段だと考えています。まずは先ほどから言っていますように柱の調査をしましょう。もしかしたら戦わずに倒す方法があるかもしれません」
カリスはサラの後ろ向きの発言にカッとなる。
「サラ!お前は俺がっ、俺達が魔族に勝てないと思ってんのか!?」
魔族と一度も戦った事がないカリスが何故そこまで自信満々なのかサラには理解できない。
(とはいえ、素直にそう言って士気を落とすのはまずいわよね……)
「怒らせてしまったようですが……」
「本当だよっ!あんたはいつも人を不快にさせんだよっ!」
「「「「……」」」」
「な、なんだいっ!今の間はっ!」
ローズが八つ当たりをリオにぶつける。
殴られたリオは首を少し傾げたのみで全く堪えたようには見えないし、文句も言わない。
ベルフィが考えを口にする。
「俺もここまで来てお宝を逃す気はない。だが、魔族と戦いたいわけでもない」
「ベルフィ!」
「落ち着けカリス。お前はさっきから何を焦っているんだ?」
「べ、別に焦ってなどいない!」
「そうか?では魔族と戦うにしても柱の調査を行ってからでいいな」
「……ああ。わかったぜ」
カリスが不貞腐れたような顔で嫌々頷く。
「よし、では柱をひとつずつ調査するぞ」




