872話 闇勇者アグル
塔の三階に上がってすぐだった。
「……魔物の気配がしますね」
サラだけでなく皆が魔物の気配を感じ取っていた。
「ゴンダス達が飼ってたんですかねっ?」
「ぐふ、そんな器用な奴らには見えなかったし、そうであれば私達にけしかけていただろう」
「確かにっ」
「ぐふ、残るはこの先にいるというアグルだが、シージンの話を聞く限りでは考え難いな」
「他にも仲間がいるのかもしれません」
「ですねっ」
「リオ、どうしますか?今のうちに憂いを絶っておきますか?」
「必要ない」
リオは素っ気なく答えすたすた先を進む。
サラ達は素直に従った。
アグルの強さは未知数だ。
力は出来るだけ温存しておいたほうがいいとの判断からだ。
もし、魔物達が目の前に現れたら倒しただろうが、魔物達は力関係を理解しているのかリオ達を攻撃しに現れることはなかった。
それどころからリオ達が近づいて来ると離れていくのだった。
そう、リオ達からは。
背後で人の悲鳴のようなものが聞こえた。
恐らくゴンダス達の後始末を終えたクズ、もとい、自称リサヴィ派がおこぼれを貰おうとリオ達の後を追ってきたところを魔物の襲撃にあったのだろう。
リオ達はリサヴィ派のピンチに気づいて急いで助けに戻った、
なんてわけはなかった。
そんな悲鳴など聞こえなかったかのように先を進む。
リオ達はこの塔のマップを持っていないどころか、初めて来たはずである。
これまでのようにクズ達が死体となって道標になっていたわけでもない。
にも拘わらず、リオ達は、いや、リオはまるで来たことがあるかのように自信を持って迷わず進む。
やがて、目の前に上階へ向かう階段が現れた。
「リオ、よくわかりましたね。まるでここへ来たことがあるかのようです」
サラの言葉にリオは足を止めて振り返る。
そして言った。
「ダンジョンとはそういうものだ」
「……またそれですか」
サラ達には理解できないがリオはそれで説明は十分だと思ったようだ。
慎重に、いや、特に警戒した素振りも見せずに階段を上がる。
その後をサラ達が続いた。
四階に上がってしばらく進むと二階にあったのと同じくらいの豪華な扉が現れた。
リオは今回も特に警戒した様子も見せずにドアを開けた。
正面奥に人影が二つ見えた。
装備で判断すると戦士と魔術士だ。
魔術士の方はフードを深く被り顔が見えなかった。
リオが戦士に向かって尋ねる。
「お前がアグルか?」
「そうだ。そういうお前がリッキーキラーか?」
リオはその問いに答えず更に問いかける。
「ラグナを使えるんだよな?」
アグルはやれやれ、というように肩をすくめた後で頷く。
「ああ、使えるぜ」
「それは楽しみだ」
リオが笑顔で言った。
「ははっ、最期までそう言えればいいけどな」
リオ達が中に入っていくと自称遺跡探索者ギルドの魔術士が前に出てきた。
「リオ、提案がある」
「提案?」
魔術士が頷き続ける。
「戦いだがアグルとリオ。戦バカ同士、二人で決闘してはどうだ?もちろんデッドオアアライブでだ」
「俺は別にいいぜ」
アグルはあっさり了承した。
「何を勝手なことを!」
リオが口を開く前にサラが文句を言う。
「ぐふ、どうせゴンダスと同じで卑怯な手を使う気だろう」
「ですねっ」
その言葉にアグルは不快感を露わにする。
「おいおい、俺をあのクズと一緒にするな」
「騙されませんよっ。どうせっ、そっちの魔術士が加勢するに決まってますっ!」
そう言ってアリスが魔術士をびしっと指差す。
「そんなことはしない。俺の方こそお前達神官がリオのピンチに手を貸して決闘の邪魔をするんじゃないかと疑っている」
魔術士とサラ達の間で言い争いが始まるがそれをリオが手で制した。
「問題ない。俺もその方が都合がいい」
「リオ!?」
「その魔術士が邪魔したら排除しろ」
「ぐふ」
「わかりましたっ」
サラは念の為確認する。
「本当にいいのですか。相手はラグナ使い。そしてナンバーズも持っているのですよ?」
サラの言葉にアグルが笑みを浮かべる。
「おお、やっぱ知ってるのか。こいつのことを」
そう言うとアグルが鞘から剣を抜いた。
その刀身がうっすらと黄色の光を放つ。
リオはその剣を見つめながらサラの問いに答える。
「構わない」
サラはリオの決意が変わらないと見て説得を諦めた。
「ぐふ、ポールアックスを使うか?他の武器は?」
「必要ない。今の装備で十分だ」
「十分て……」
サラはリオの装備で魔道具はクレッジ博士が開発したリムーバルダガーだけだと思っていた。
実際にはメイデスの神官が持っていた魔道具のブレスレットも持っているのだがそのことをサラは知らない。
まあ、リオはそのブレスレットをアグル相手には使う気がなかったので知らなくても影響はない。
「よし、双方納得したな。では他の者達は手出しは無用だ」
魔術士がアグルとリオの決闘が決まったことを声に出して宣言する。
そこにリオが待ったをかける。
「ちょっと待て」
「なんだやっぱり一対一は怖くなったか?」
リオはバカにした顔をするアグルに首を横に振る。
「お前じゃない」
「なに?」
リオが魔術士に目を向ける。
「お前の処分を決めてなかった」
「……処分だと?」
魔術士の体が震える。
恐怖ではなく“人間ごとき“に見下された怒りだ。
彼の正体は都市国家ソドムラを支配する魔王に仕える魔族だ。
先程“排除しろ”と言われたときは我慢出来たがこれで二度目だ。
その目が真紅に染まるが幸いフードで隠れて誰にも気づかれなかった。
魔の気配が漏れそうになるのを必死に抑える。
もし魔族だとバレたら勇者候補同士の潰し合いが中断され自分が標的になるだろう。
一対一であれば負けない自信があるが流石に全員を相手にして勝つのは厳しい。
リオが魔術士に冷めた目を向けて言った。
「お前には興味がない。アグルとの決闘が終わったら殺す」
「おいおい、リッキーキラー。もう俺に勝ったつもりかよ」
リオは魔術士だけでなくアグルの怒りにも火をつけた。
魔術士が怒りを抑えながら言った。
「……好きにしろ。そのときは全力で抵抗するがな」
こうしてゴンダス戦に続いてアグル戦も決闘が行われることになった。




