861話 ホスティの心残り
グラマスであるホスティも自分が遠からず辞任要求が出され賛成多数で解任されるであろうことを悟っていた。
彼にも言い分があるが言ったところで言い訳にしか聞こえないだろう。
あまり時間は残されてはないが、それまでにどうしても片付けておきたいことが二つあった。
一つは言うまでもなく逃亡しているゴンダスの件だ。
ゴンダス(と謎の組織)が生み出しているクズ冒険者達によって冒険者ギルドの信用は落ち、更にホスティ自身もその責任を取らされて失脚しようとしている。
そしてもう一つ。
彼は長い間ある人物の行方を追っていた。
その者の名をアグルという。
ホスティは駆け出し冒険者だったアグルの才能に惚れ僅かな期間であるが特別指導をしたことがあった。
ホスティの期待通りアグルは急成長を遂げてあっという間にAランクにまで駆け上った。
Sランクも夢ではなく、勇者にもなれるだろうと思ったのはホスティだけではなかった。
誰もがアグルは勇者になると思っていた。
だが、彼は自分の力に慢心し、溺れて人の言うことを聞かないようになり、自分の欲望のままに剣を振るうようになった。
そして事件は起きた。
彼は護衛対象であった商隊が所持していたナンバーズを一目見て欲しくなった。
その欲望を抑えきれず商隊を全滅させてナンバーズを奪った。
この件により彼は冒険者ギルドを追放されてそのまま賞金首となった。
名のある冒険者達が彼の討伐に向かったが、尽く返り討ちにあった。
アグルが将来Sランクになれるほどの力を身につけるだろうという予想は最悪の形で証明された。
アグルが返り討ちにした中にSランク冒険者も含まれていたのだ。
アグルの強さは優れた剣術だけではなかった。
彼はラグナ使いでもあったのだ。
勇者は皆ラグナ使いであり、彼も道を踏み外さなければ勇者になったであろうことから彼には“闇勇者“の二つ名がつけられた。
その後もアグルは逃走し続け、ある日を境にピタリと消息を絶ったのだ。
ホスティは短期間とはいえ、彼が強くなる手助けをしたこと、そして彼を正しく導けなかったことをずっと後悔していたのだ。
ホスティの右腕であるシージンがグラマスの執務室にやってきた。
「なんだまた苦情か」
シージンが首を横に振る。
「アグルの居所が判明しました」
ホスティは思わず席から立ち上がって叫んだ。
「なんだと!?それは本当か!?」
シージンが居場所を知るに至った経緯を話し始めた。
冒険者ギルドを除名されたクズ冒険者の中には心を入れ替えて真面目に働く者もいたがそれはごく僅かだった。
ほとんどは盗賊や野盗などになり悪事を働く事を選んだ。
そんな彼らにあらゆる悪事に手を染める闇ギルドが目をつけた。
彼らを取り込み勢力を拡大するかに見えた闇ギルドであるが、そのクズ達は初任務で尽く失敗した。
他人に寄生して生きていく事に特化した彼らは自分達だけで事を成すことが出来ない体になっていたのである!
「お前やれ」と押し付けあっているうちに駆けつけた兵達に捕縛された。
捕まったクズ達は我が身可愛さにペラペラ闇ギルドの内情を話し、どんどん闇ギルドのメンバーが摘発されていった。
闇ギルドは勢力拡大どころか、大幅に力を落とすことになったのである。
クズ達が珍しく世のため人のためになる事をしたのであった!
……あくまでも結果であって彼らがそのことで褒められる事は当然なかった。
その捕まった闇ギルドの幹部にアグルの居場所を知る者がおり、シージンの元へ連絡が来たのだ。
シージンがその居場所を告げるとホスティは唸った。
「……よりにもよってカルハンか」
「はい」
「だが納得だ。どおりでいくら探しても見つからないわけだ」
カルハンには冒険者ギルドが少ないし、その領土は広く未開のままの場所も多い。
身を隠すのにもってこいの場所と言えた。
ここでホスティは致命的な問題があることに気づく。
「今、カルハンにSランク以上の冒険者、パーティはいたか?」
「私の知る限りではおりません」
「そうだよな。大半はフルモロ攻略をしているからな」
「ですが、一つ心当たりがあります」
「なんだ?Sランクに匹敵する奴らがいるのか?だが、相手にするのはあのアグルだぞ」
「今、カルハンにはリサヴィがおります」
「何!?」
ホスティはオッフルギルドでのギルマスとリサヴィとのトラブルを思い出した。
「まさかっ探索者になったのか!?本当に冒険者を辞めたんじゃないだろうな!?」
「探索者になったようですが冒険者を辞めたという報告は受けておりません」
「そ、そうか。そうだな。冒険者を辞めたのならお前が名を出すわけないか」
ホスティが落ち着くのを確認してからシージンが話を続ける。
「どうやら彼らの目的はナンバーズを手に入れることのようです」
「ナンバーズ?そんなもんがカルハンの砂漠に落ちてるとでもいうのか?」
「いえ。遺跡探索者ギルドがシャイニングクリーナーと呼称していますサンドクリーナーが取り込んでいるとのことです」
「取り込んでる?まさかナンバーズの能力を使えるってか?」
「そのようです」
「そんなの聞いたことねえぞ」
そう言ったホスティの表情には微かに嫉妬が見られたがシージンは気付かぬふりをする。
「はい、私もです。そのシャイニングクリーナーですが、神出鬼没でまだ討伐されてはいないようです」
「なら奴らは依頼を拒否するんじゃねえか」
リオとアグルの一対一の決闘であれば分が悪いがリサヴィの力を持ってすれば十分勝てるとホスティは思っている。
問題は彼らはCランクなので強制依頼はできないし、彼らがホスティにいい印象を持っていないことを自覚していた。
シージンは意図的に少し間を空けてから口を開いた。
「ナンバーズといえばアグルも商隊から奪ったものを持っているはずです」
ホスティはシージンの意図することを理解したがそれは出来ない相談だった。
「……ダメだ。報酬にはできねえ。持ち主に返さなければならない」
そのナンバーズが盗賊などに奪われたのであれば交渉の余地はあっただろうが冒険者であったアグルが奪いとったものだ。
流石に返さないわけにはいかなかった。
ホスティはため息を一つついてから言った。
「……俺のを報酬にするか」
そう、ホスティもナンバーズを所持していた。
冒険者だった頃に手に入れていたのだが公言せず隠していたためそのことを知る者は少なかった。
「よろしいのですか?」
「ああ。元々俺じゃあのナンバーズの力を引き出せねえんだ」
ホスティが所持していることを隠し通せれた理由がこれである。
ナンバーズには特殊能力があるはずなのだがホスティはそれを引き出せなかったことで切れ味のいい剣、と思われていたのだ。
先ほどシャイニングクリーナーに嫉妬したのは自分が使いこなせなかったからだった。
「わかりました。それで交渉いたします」
「だが、奴らが既にナンバーズを手に入れていたらどうする?」
「ご心配には及びません。リオは二刀流ですので」
「ああ、そうだったな」
ホスティは希少なナンバーズを両手に持つリオを想像した。
贅沢なやつだと思った瞬間、その姿がアグルに変わった。
不安を覚えて条件を付け加える。
「言っとくが成功報酬だぞ。アグルに奪われたらかなわねえからな」
「承知しております」
「……本当は俺の手で片をつけたかったんだがな」
その呟きを耳にしたシージンが残酷な言葉を放つ。
「恐れながらホスティ様では返り討ちにされるかと」
「はっきり言いやがるな」
ホスティはシージンの言葉に反論できなかった。
自分でもそう思っていたからだ。
「恐れ入ります」
「褒めてねえ」
ホスティはリサヴィの元にシージンを向かわせることにした。
彼がいなくなるのは痛手だが、この役目を任せられる者を他に思いつかなかった。
「ライバーの使用も許可するから急いでくれ。俺がグラマスでいる間に方をつけてくれ」
「全力を尽くします」
そう言ったもののシージンは部屋を出て行こうとしない。
「なんだまだあるのか?」
「はい。もう一つご報告することがございます」
「なんだ?」
「アグルの潜伏場所にゴンダスもいるようです」
「なんだと!?なんであいつが一緒にいるんだ!?」
ホスティは無意識に再び立ち上がっていた。
「それは分かりません。ただ、この情報は闇ギルドの件とは別のところから来たものです」
シージンが懐から二つのマジックコンパスを取り出した。
それらが同じ方向を指し示す。
「これらはその者達から押収したアジトを示すマジックコンパスなのですが、見て頂きましたようにどちらも同じ方角を指しております」
「……」
(俺の知る限り二人に繋がりはなかったはずだが……)
「……その情報、本当に信じていいのか?」
「正直に申しましてクズ冒険者を生み出している者達の罠、の可能性もございます。ですが、ブラッディクラッケンすら倒すリサヴィの皆さんですから罠であっても容易に突破してくれるでしょう」
「……まあ、そうだな。だが、油断は禁物だ。罠である可能性もちゃんと伝えておけよ」
「承知いたしました」




