82話 勇者願望症
洞窟前に残ったメンバーは静かだった。
魔物がやって来ないか警戒していることもあるが理由はそれだけではなかった。
ローズはナックほどではないがお喋りなのだが、残ったメンバーが皆嫌いな者ばかりなので自ら口を開く事はなかった。
サラもローズが自分を嫌っている事を知っていたので話しかけることはなかった。
沈黙を破ったのはヴィヴィだった。
「ぐふ。ローズ、聞きたいことがある」
「あたいはあんたらと馴れ合うつもりはないよっ」
「ぐふ。安心しろ。私もそんなつもりは全くない。だが、カリスの事は少なからずお前達も困っているのだろう」
「……」
ローズは無反応だったが、ヴィヴィは構わず続ける。
「ぐふ。あのストーカーはどうにかならんのか?」
ぴくり、とローズが反応し、ヴィヴィを睨む。
「ぐふ。サラにちょっかいかけるだけなら全然構わなかったのだが、行く先々まで追い回し、サラだけでなく私とリオの邪魔までするとなると流石にそうも言ってられなくなった」
サラはヴィヴィを睨みつけ、会話に加わる。
「ローズ、私も正直迷惑、いえ、大迷惑しています」
ローズがちっ、と舌打ちして言った。
「棺桶持ち、人と話したけりゃ顔見せなっ」
次の瞬間、ヴィヴィの両肩のリムーバルバインダーが降下し、地面に突き刺さった。
ローズがハッとして身構える中、ヴィヴィが仮面を取った。
そこに美しい女性の顔が現れる。
「これでいいのか?」
ローズはその美しさに女であるにも拘らず一瞬見惚れたが、すぐに嫉妬で顔が歪む。
「ふんっ、あんたっ顔見せれるんじゃないかっ。なんでみんなには見せないんだいっ!?」
「うむ、最初は見せるつもりだった。しかし、あのようなストーカーがお前達のパーティにいるとわかったからな。標的を私に変えられてはかなわん」
その言葉にローズは思わず納得し、「ああ」と呟いた後でちっ、と舌打ちした。
ヴィヴィは再び仮面を被った。
「ぐふ。という事で、顔見せは済んだからもういいだろう。私の質問に答えてもらおう」
「何上から目線で言ってんだいっ!」
「ローズ、お願いします。あのストーカー……カリスはどうすれば諦めてくれるのでしょう?」
ローズは苦虫を噛み潰したような表情で言った。
「知らないよっ!こっちが知りたいくらいさっ!」
「ぐふ。今まではどうしていたのだ?」
「ないよっ!あんなカリスは初めてだよっ。そのショタ神官が来るまでは自信過剰だったけど頼れる奴だったんだ。それがどうしてああなっちまったのか。単純な奴なのは知ってたけど、あそこまでバカな行動を取るとは思わなかったよっ!」
ローズは本当に困ったと頭を抱えた後、すぐにキッとサラを睨んだ。
「あんたが魅了の魔法でも使ったんじゃないのかいっ!?」
「酷い言いがかりです。そんな事はしていません。そうならとっくに解除しています。本当に迷惑しているのですから」
「どうだかねっ」
「ぐふ。つまり処置なし、という事か」
「そういうこった。まあ、唯一の対策といえば、あんたらが出ていく事だねっ」
「……」
「リオに出て行く気があるなら私は構いませんが……」
「ぐふ。お前だけ出て行けばいいのではないか?」
「それは出来ません!」
「やっぱショタコンだからかいっ!」
「ぐふ!正直になれ」
(く……、ローズはヴィヴィも嫌ってるはずなのに共闘するつもり!?)
「……私だけ出ていくとリオの身が危険です」
「ぐふ。お前と一緒では別の意味でリオの身が危険だがな」
「そこっ、うるさい!」
「……おい、ショタ神官、今のはカリスが八つ当たりでそこのバカを殺すとでも言いたいのかい?」
ローズがぼうっとしているリオを顎で示す。
「はい」
サラは迷わず頷いた。
「ははっ、あんた、どんだけ自信過剰なんだいっ」
「ぐふ。確かにそこのショタコン神官が自信過剰で生意気でいけ好かない奴である事は私も認めるが……」
「おいっ、こらバカ魔装士!そこまで言うかっ!」
しかし、サラの抗議をヴィヴィは無視。
「ぐふ。だが、あのストーカーならやりかねん。何せ、奴は一度リオを殺そうとしたからな」
「……それはホントかい?」
「ええ。私達がギルドの訓練場で訓練している時にやって来て、リオに稽古をつけてやると言って本気で斬りかかってきました」
「ぐふ。私が止めなければ死んでいたかもしれん」
「……」
ローズがため息をつく。
「何かの病気にかかってるって事はないのかい?」
「少なくとも私の持つ治療魔法は効果がありませんでした」
ローズがちっ、と舌打ちする。
「……ただ、ひとつだけ思い当たるものがありますが」
サラの言葉に二人の視線が集まる。
「言ってみなっ」
「……勇者願望症」
「勇者願望症?ってなんだいっ?」
「ぐふ。私も聞いたことがないな」
「妄想癖の一つです。私も実際に見たことはないのですが、勇者への憧れが強過ぎて自分が勇者に選ばれたと思い込んでしまうらしいです。そして本人は現実と妄想の区別がつかなくなるということです」
「ぐふ。確かに奴はお前の勇者だと言ってるからその可能性は高いな」
「ショタ神官っ、カリスがそれだったとして治す方法はないのかいっ?」
サラは首を横に振る。
「病気と言っても本当の病気ではありませんから。誰だって妄想はするでしょう」
「ぐふ」
「どうしようもないってかいっ?」
「勇者願望症だと仮定してですが、治るかは本人次第です……自然と治ったという話もありますし、冒険者を引退させ、安静に生活させる事で治ったという例もあるそうです」
「引退させるのは困るねっ。今はあんなんでも本当はBランクに恥ない力を持ってんだからねっ」
「そうですか」
「ぐふ」
三人は深いため息をついた。
彼女らが悩んでいる間、リオは会話に参加する事なく、かといって見張りをすることもなく空を眺めていた。
結局、何の解決策も出ぬまま時が過ぎていった。
「サラ!」
洞窟の方から声が聞こえ、そちらに目をやるとカリスが笑顔で走って来るのが見えた。
「大丈夫だったかサラ!?安心しろ!俺はこの通り無事だ!」
一人騒ぐカリスをサラは冷めた目で見ていた。
「おいおい、サラ。俺が無事でホッとするのもわかるが声くらいかけてくれよっ」
「……ああ、お疲れ様でした」
サラは感情を込める事なく淡々と言った。
「ははっ、お前は相変わらず感情表現が下手だな!」
「……それで如何でした?ガールズハンターは一掃できましたか?」
その言葉を聞いてカリスにさっきまでの勢いがなくなる。
「そ、それはだなっ、色々あってだな……」
「……」
「お、俺はまだやれたんだっ!だが、ベルフィの命令でなっ、と、ともかく詳細はベルフィから聞いてくれっ!ほらっ来たぜっ」
サラが洞窟に目を向けるとベルフィとナックがこちらへ歩いてくるのが見えた。
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