803話 モーグ その1
リオ達は下の階に降りる度に壁を下ろす仕掛けを作動させてクズ冒険者達がショートカットを利用できないようにした。
彼らが追って来ているかはわからないが念には念を、である。
リオ達は地下四階層にある大きな部屋にやって来た。
今のところ魔物、そして消息を絶ったというクズ冒険者達にも生死を問わず出会っていない。
本来の予定では地下六階層にある旧セーフティルーム(現在は魔道具“セーフティくん”を外しているため名ばかりであるが)まで進み、そこで休むつもりであったが色々あったのでここでキャンプをすることをサラが提案し、誰からも異論は出なかった。
食事は調理せず、携帯食料で済ませた。
見張りはいつもの組み合わせで交代に行った。
休憩の間、魔物が出現することも撒いたクズ冒険者達がやって来ることもなく、朝食(ダンジョン内で朝食という言葉を使うのは微妙だが)を済ませて出発した。
リサヴィは地下六階層までやって来た。
調査に向かったクズ冒険者達や魔物、それらの死体も見ていない。
リオ達はここがまだ活ダンジョンだった頃、セーフティルームとして利用されていた部屋に入った。
その頃には結界の魔道具“セーフティ君“を設置して結界を張っていたが休ダンジョンとなってからはその魔道具は取り払われ、結界は存在しない。
ここで少し休憩し、下層への階段に向かう。
そこでこのダンジョンに入って初めて魔物の気配を感じた。
「リオ、この階層には魔物がいるようです」
「そうみたいだな」
ヴィヴィが魔物の気配を探りながら言った。
「ぐふ、私達の通り道ではないようだ」
「どんな魔物か確かめてみませんか?」
サラはその魔物がたまたま入り込んだのか、ダンジョンが活動を開始して現れたのか確かめたかった。
もちろん、姿を見ただけでどちらかを判断出来るとは思っていない。
それでも魔物の種類くらいは知っておきたいし、凶悪な魔物なら倒しておきたかった。
「ぐふ、戦バカの血が騒ぐ、か」
「誰がよ!?」
サラはヴィヴィを睨みつけた後、言葉を続ける。
「私達が受けた依頼はここが休ダンジョンのままか確かめることです。最下層へ最速で向かうのが目的ではありません」
リオが足を止めた。
「じゃ、確かめに行くか」
「はい」
リオ達は魔物の気配のする方へ向かった。
リオ達の前方に魔物がいた。
その数は二。
リオ達は知らなかったが、先にこのダンジョンを調査していたクズ冒険者達が戦っていたものと同種の魔物だった。
だが、全く同じというわけではなかった。
その体はスライム状ではなく、硬く変質していた。
その魔物達を見てアリスが思わず叫ぶ。
「ええっ!?あれはモーグっ!?」
「ぐふっ」
その魔物を知っていたのはアリスだけではない。
ヴィヴィとサラも知っていた。
「リオ!無闇に攻撃しないで下さい!モーグには特殊能力が!受けた攻撃の耐性を強化する能力があります!それに……」
リオはサラが注意している間にモーグの一体に攻撃を仕掛けて斬り捨てた。
「リオ!?」
「その隙を与えなければいいだけだ」
その口振りからリオもモーグのことを知っているようであった。
もう一体のモーグも一撃で仕留めて戦いはあっさりと終わった。
モーグが死んだことは体の変化ですぐにわかった。
緑色の体が茶色に変わり、体がボロボロと崩れ落ちたのだ。
本来、魔物が持っているはずのプリミティブはなかった。
どちらのモーグにもプリミティブはなかった。
「リオ、あなたはモーグの事を知っていたのですね?」
「ああ」
リオは頷いた。
モーグは大きく二種類に分類される。
クイーンモーグとそれに従うポーンモーグである。
モーグはサラの言う通り受けた攻撃の耐性を身につける能力がある。
同一コロニー内で(今回の場合はダンジョン内)情報伝達する能力があり、ポーンモーグが目の前で両手を合わせる“祈り“と呼ばれるポーズをすることでポーンモーグ達を中継してクイーンモーグへと伝えられる。
クイーンモーグはその情報を解析し、自らの肉体を作り変えてその攻撃の耐性を強化する。
その強化方法がポーンモーグに送られ、同様に体を作り変えて耐性を身につけるというわけである。
つまり、ポーンモーグに何度も“祈り”のポーズを許してしまうとそのあとは耐性強化したモーグと戦うことになるのだ。
リオ達が遭遇したポーンモーグの体が硬くなっていたのはクズ冒険者達の攻撃を受けて物理耐性が強化されていたからだ。(とはいえ、その耐性強化はリオには誤差で全く関係なかったが)
モーグが耐性を強化してダメージが与え難くなったからと言って安易に攻撃手段を変更するとクイーンモーグのもとへ辿り着いたときにはあらゆる耐性を身につけたとんでもない化物と化している可能性があるというわけである。
そのようなわけでモーグ討伐の最適解はクイーンモーグ討伐を優先し、できるだけポーンモーグとの戦闘を避けて”祈り”をさせないことだ。
クイーンモーグ討伐後に残ったポーンモーグを掃討していくというのがセオリーであった。
リオが倒したポーンモーグにはプリミティブがなかったが、このポーンモーグ達が特別だったわけではない。
ポーンモーグにはプリミティブが存在しないのだ。
クイーンモーグが本体でポーンモーグは言わばクイーンモーグを強化するための情報端末なのだ。
では先に調査に向かったクズ冒険者逹がポーンモーグの体から得た、プリミティブだと思い込んだものは何だったのか?
それは後ほど明らかにする。
「ぐふ、これはどこかに、おそらく最下層だろうがクイーンモーグがいるな」
「ですねっ」
「ぐふ、こうなるとショートカットを壁で塞いだのは正解だったな」
「確かにっ。モーグが地上に出るのを遅らせられますもんねっ」
「リオ、ここからは出来るだけ戦闘を回避してクイーンモーグの元へ急ぎましょう!」
「ああ」




