789話 休ダンジョンの調査依頼
やっと静かになりサラは受付嬢に本題を口にする。
「ここでもカルハン国内の魔物の情報は手に入りますか?」
「カルハンの魔物の情報ですか?」
「ええ、ある魔物の情報を探しているのです。もしあれば教えて欲しいのです」
「そうですか。ではまずは冒険者カードのご提示をお願いします」
「はい」
サラが受付嬢に冒険者カードを渡した。
受付嬢はそれを目にして顔色を変えた。
「あなたがっ……」
受付嬢の言葉をサラが言葉を上乗せして遮る。
「何か情報はありますか?」
「!!」
受付嬢はサラの意図を読み取った。
一旦は大人しくなったクズ冒険者達であるが、サラの方へあからさまに体を傾け話を盗み聞きしようとしているのに受付嬢は気づいて残りの言葉を飲み込んだ。
「しょ、少々お待ちください」
そう言うと受付嬢は奥の事務所へ消えた。
すぐ受付嬢の上司、ではなく更に上のギルド上級職員がやってきた。
「お待たせしました。続きは奥でしましょう。どうぞこちらへ」
「はあ」
外で話せないほど重要な件だったのか、それともクズ冒険者達が聞き耳を立てておりまた騒ぎを起こす可能性が高いからか。
おそらく後者であろうと思いながらサラはギルド上級職員の指示に従う。
その後をクズ冒険者達がクッズポーズで続く。
席に座っていた彼らであったが先程の優れた身体能力に加えてギルド上級職員が出迎えたのを見てサラが只者ではないと確信して、おこぼれに預かろうと再び集まって来たのだ。
しかし、サラ達が向かった先は会議室で関係者以外立ち入り禁止なのでギルド警備員達に止められた。
ギャーギャー喚いて抗議するクズ冒険者達。
「俺らは大親友だ!」
「話を聞く権利が俺らにもある!」
「だな!」とクズ冒険者達が声を揃えて叫ぶと同時にサラに向かって「話を合わせろ」とばかりに目をぱちぱちさせる。
だが、効果はなかった。
無視した訳ではなく、サラの背中には目がついてなかったからだ。
まあ、ついていたとしても無視したであろうが。
もちろん、彼らの言い分が受け入れられることはなかった。
「遺跡探索者ギルドは私達を責めますが私達もあのクズ達には迷惑しているのです。被害者なのです。そもそもあのクズ達は遺跡探索者ギルド目当てに集まって来ているのですから」
「はあ」
会議室に案内されるなり、ギルド上級職員の愚痴が始まった。
「クズ」と言い切るあたり彼も相当ストレスが溜まっているようだった。
「しかし、そのクズを冒険者にしたあなた方にも責任があるのでは?」
「確かにそうですがあのクズ達は私どもバイエル支部が冒険者にしたわけでも所属冒険者でもありません」
ギルド上級職員の言い分もわからないわけではないがサラには関係ないことだ。
「私は愚痴を聞かされるためにここに案内されたのですか?」
「あ、いえっ。すみません。つい、その……皆さんが各地でその、……されてると知っていましたので……」
ギルド上級職員は言葉を濁したが「クズ抹殺」と言いたかったことはすぐにわかったが確認したりはしない。
ギルド上級職員の話はサラが期待したカルハンの魔物の話ではなかった。
バイエルのそばの森には魔物がいない、いわゆる休ダンジョンがある。
その調査依頼をお願いしたいとのことだった。
休ダンジョンはあくまでも“休んでいる“だけであり、いつ活動を再開してもおかしくない。
活ダンジョンへ変わった際の魔物がどこからやってくるのかは未だ解明されていないが、魔界の門が突発的に現れてやってくるという説が有力である。
活ダンジョンと化しても宝箱が再配置されることはないので危険しかない存在かといえばそうでもない。
出現する魔物の素材が金になるからだ。
それはともかく、
地下十三階層からなるこのダンジョンは冒険者ギルドが管理しており、定期的に冒険者に調査依頼を出して休ダンジョンであることを確認していた。
休ダンジョンには基本的に魔物はおらず、トラップも解除されているはずなので危険はほとんどない。
せいぜいたまたま入り込んだ魔物と遭遇する程度だ。
休ダンジョン調査依頼は危険度が低い割に報酬が高いため冒険者達に人気が高かった。
何事もなければ地下十三階へは二日もあれば余裕で到着する。
十三階には魔道具”通信くん”が設置してあり、それを使って最下層まで到着した事を冒険者ギルドに連絡することになっていた。
そうしないと「行ってきたぜ!」と嘘をつき報酬だけ貰う者達がいるからだ。
いうまでもなくクズ冒険者である。
この依頼を十日ほど前に受けたパーティがいた。
これまで依頼を受けた者達は二日以内に”通信くん“を使って冒険者ギルドへ連絡を入れていた。
しかし、彼らは五日過ぎても連絡をよこさなかった。
ギルドは新たに一組のパーティを調査に向かわせたが彼らも連絡をよこす事はなかった。
そして現在に至る。
ギルド上級職員の話を聞き終えサラが確認する。
「その依頼した二組のパーティの腕は確かだったのですか?」
ギルド上級職員は渋い顔をして言った。
「Cランクなのでそれなりの腕ではあると思います」
何故渋い顔をしたのかとサラが不思議に思っているとその理由を述べた。
「ただ、彼らはクズ冒険者です」
「それは……」
「お待ち下さい!当てにならないとお思いなのはわかります。私共も苦渋の決断で彼らに依頼したのです。所属冒険者には重要な依頼をお願いしたいですし、それ以外のマトモな冒険者は今の状況を見て逃げて行ってしまい、他に選択肢がなかったのです!」
それはよく理解できた。
サラ自身も先程クズ冒険者達の洗礼を受けたばかりだ。
用事がなければとっととこの街を去ったであろう。
サラは依頼を受けたクズ冒険者達が連絡をよこさない可能性の一つを口にする。
「先程、最下層に魔道具が設置されていると言いましたが大丈夫ですか?盗まれたりしていませんか?その二組がグルになって持ち逃げしたとか」
サラはカシウスのダンジョンでクズ冒険者達が魔道具”結界くん”を設置した台座を破壊して盗んだことを思い出したのだ。
ギルド上級職員はサラが尋ねた理由に気づく。
「ああ。サラさんはカシウスのダンジョンでクズ冒険者達が”結界くん“を盗んだ件を知っていますから心配しているのですね」
「ええ」
「ですが、その点は大丈夫です。十三階層に設置されている魔道具は持ち運び出来るようなものではありません。費用削減と盗難対策をかねて旧式の持ち運び不可能な大きい物を設置しているのです」
「なるほど」
「それにこの休ダンジョン調査は活ダンジョンに変化していない限り楽な依頼です。クズがこんな美味しい依頼を放棄するとは思えません」
ギルド上級職員の言葉はこれ以上ないくらい説得力があった。
「実は既にいくつかの休ダンジョンが活ダンジョンへ変わったという報告が各地から来ているのです。そうでないとしてもダンジョンで何かが起きている可能性は高いと考えます。例えば強力な魔物が棲みついた、とか」
「なるほど」
ギルド上級職員が頭を下げて言った。
「サラさん!是非リサヴィで調査をお願いします!これ以上、クズを投入しても埒があかないと判断しました!今、この街にいる冒険者でもっとも実力のあるパーティはあなた方リサヴィしかいないのです!」
「わかりましたから頭を上げてください」
「ありがとうございます!」
「あ、いえ。でもちょっと待ってください」
「え?」
「リサヴィのリーダーはリオですし、皆の意見も聞く必要がありますのでこの話は持ち帰らせて下さい」
「わ、わかりました……」
「私個人としては非常に気になりますのでお力になれるように努力します」
「ありがとうございます!是非お願いします!!」
そこでサラは困った顔をする。
「ただ、ひとつ問題があります」
「なんでしょうか?」
「依頼を受けることになったとしてもですね、アレをどうにかして欲しいですね。私のパーティは私以外、皆短気なのでさっきのように絡まれると暴れる可能性が高いです」
ギルド上級職員はサラの言うアレがクズ冒険者達のことだと当然理解する。
ただ、サラが“私以外”と言ったことに引っ掛かりを覚えたが、そこは上級職員と言うべきか表情に出さず余計なことも言わない。
そして、いくらリサヴィがギルド本部の密命を受けてクズ抹殺の旅をしている(そんなことはしていないのだが)とはいえ、流石にギルド内で堂々を行うのはマズイことも理解できた。
「そのお気持ちはよくわかります。それでしたらお泊まりの場所を教えて頂けましたらこちらから伺います」
「え?わざわざ来てもらえるんですか?」
「はい」
そこで「ああ」と言って補足する。
「これは皆さんだけが特別、と言うわけではありません。ご存知の通り今はマトモな冒険者が依頼を受け難い状況にあります。ですので私どものの所属冒険者限定ではありますがホームあるいは宿屋へ直接出向いて依頼を斡旋しているのです」
「そうなんですね」
サラは先程、彼が「所属冒険者には重要な依頼を受けさせたい」と言っていたがどうやってあのクズ達をかわしているのだろうか、と疑問に思っていたのだが、今の説明で謎が解けたと同時に余計な業務が増えて苦労している彼らに同情した。




