783話 筆記試験 その2
ところで試験会場にはまだクズが残っていた。
彼らはかろうじてほんのちょっぴり残っていた理性で自分の行動を抑えることに成功し、即失格とならずに済んだのである。
だが、それだけであった。
一応、自分の力で解こうとはしたが開始一分も経たずに断念した。
冒険者ギルドの筆記試験は選択問題ばかりでわからなくても運が良ければ合格する事が出来たが、遺跡探索者ギルドの筆記試験は選択問題はわずかでほとんどが答えを記述する方式だったのだ。
残り時間が半分を切った頃だった。
真面目に試験を受けているサラ達に小声で話しかけてくる者達がいた。
クズである。
(おい、ちょっと上から答えを教えてくれねえか)
(急げよ)
その者達とは距離が離れていたが声を聞き取ることができた。
しかし、彼らの要求をサラ達は無視した。
彼らはサラ達が無反応だったので聞こえていないと思い徐々に声を上げていく。
当然、その声は試験官に届いていた。
試験官はすぐには彼らを失格にしなかった。
誰がカンニングをしようとしているのかを見極めるためである。
その見極めが終わると試験官はそのクズ達に失格を言い渡した。
しかし、彼らはこれまで数え切れないほど「クズ!」と呼ばれ、後ろ指を差されながらもクズ行為を続けて来た者達である。
クズであることに誇りを持った?者達である!
そんな彼らがあっさり罪を認めるわけはなく、サラ達に責任転嫁しようとする。
「ちげえんだ!こいつらが俺らに『答えを見せろ』って言ってきたんだ!」
「そうだ!俺らはそれを正義の心を持って拒否していただけなんだ!」
「俺らの方が被害者なんだ!」
その直後、「だな!」の大合唱が起きた。
それに倣うかのように他の部屋からも『だな!』の大合唱が聞こえて来た。
どうやら他の部屋のクズ達もほぼ同時刻に同様の不正行為を行ないバレたようだ。
もちろん、試験官はバカじゃないので彼らの言うことを信じたりしない。
彼らに疑いの目を向けながら尋ねる。
「では彼らの方があなた達に不正を強要したというのですか?」
試験官の問いかけに彼らは元気いっぱいに腕を振り上げて「おう!!」と答えた。
「ではあなた達の解答を見せて頂きましょうか」
その言葉に彼らは焦った。
試験官が彼らの席に向かい解答用紙を見ようとするが彼らはほぼ白紙のそれを必死に隠して見せようとしない。
「何故隠すのですか?」
「カ、カンニングだろうが!」
一人のクズが意味不明なことを言う。
誰かが突っ込むかと思いきや、「だな!」の大合唱が起きた。
試験官はその様子を冷めた目で見ながら言った。
「……まあいいでしょう」
クズ達は試験官に勝利し?「おう!」と元気いっぱいに叫んだ。
もちろん、これで終わりではない。
試験官がサラ達に顔を向けて言った。
「窓際にいる皆さん、解答を見せて頂けますか?」
「どうぞ」
サラが代表して答える。
試験官がサラ達の解答用紙を見て回っているとその後にゾロゾロとクズ達が続き、手にした解答用紙に答えを記入していく。
試験官が冷めた目をクズ達に向けて問う。
「……何しているのですか?」
「俺らの解答をカンニングしてないか確認してんだ!」
クズの一人がサラの解答用紙と自分の解答用紙を交互に目を向け答えを記入しながら偉そうに言った。
「カンニング現行犯で失格です。もう言い訳しようもないでしょう」
試験官の言葉にクズ達は再び「ざけんな!」と叫ぶと反論し始めた。
「俺らはこいつらがカンニングしてないか確認してるだけだって言ってんだろうが!」
「実際、俺らと同じ答え書いてやがるぜ!」
そう言ったクズが今写したばかりの解答を試験官にドヤ顔で見せつける。
試験官は彼らの異常思考に激しい頭痛に襲われた。
頭を押さえながら彼らに最終通告する。
「こちらが力ずくで行う前に自主的に部屋を出て行ってください」
もちろん、彼らが素直に出ていくわけがない。
試験官が笛を吹く。
再びギルド警備員達が突入してきた。
「見ての通りカンニングの現行犯です」
ギルド警備員達はクズ達があまりに堂々とカンニングしているので一瞬思考が停止した。
「……これほど堂々としたカンニングは初めて見たな」
ギルド警備員の隊長がそう呟いた後、部下達に捕獲を命令する。
必死に抵抗するクズ達だったが彼らは丸腰でありあっさりと捕まった。
彼らは部屋から引きずり出されようとしながらも「まだ終わらんよ!」とばかりに試験官に訴える。
「ちょ待てよ!確かに俺らはちょっとお茶目なことをしたかもしれねえ!」
「そんなかわいいものではありません」
「待てって!話を聞けよ!俺らはな!腕には自信があんだ!」
「そうだ!俺らみたいなすっげー腕の立つ奴らを探索者にしねえと一生後悔すっぞ!」
「探索者の損失だぞ!」
「絶対後悔すっぞ!!」
試験官は律儀にも彼らに答える。
「もちろん、腕は大事ですが私ども遺跡探索者ギルドは人格も重要視しております」
「ざけんな!俺らが人格に問題があるって言いてえのか!?」
「俺らは誇り高き冒険者だぞ!」
彼らの中には元冒険者やそもそも冒険者でない者達も含まれていたがそんな素ぶりを一切見せず一緒になって「おう!」と元気よく声を揃えて叫んだ。
「ではこれからも冒険者としてのご活躍をお祈りします」
試験官に正論で返されてクズ達から「ざけんな!」の大合唱が起きたがそれだけだ。
彼らもまた抵抗虚しく部屋から追い出されたのだった。
筆記試験終了後、サラ達は部屋を見回した。
開始前にあれだけいた受験者が今はサラ達だけになっていた。
サラ達以外が全員カンニングする気だったのだ。
ヴィヴィが呆れた顔で言った。
「奴らが本当に冒険者なら冒険者ギルドは末期だな」
「ですねっ」
他の部屋でも多くのクズが失格退場となり、結果、実際に筆記試験を最後まで受けることが出来た者達は三分の一にも満たなかった。




