78話 ラビリンス攻略開始
ラビリンス・キューブの転送先はどこかの森ですぐそばに洞窟があった。
辺りは草木が好き放題に覆い茂り、最初、洞窟の入口は隠れて見えなかった。
ラビリンス・キューブで転送されたので絶対何かあるはずだと辺りを注意深く調べたからこそ見つける事が出来たが、そうでなければ素通りしていただろう。
入口を覆う蔦をべルフィ、カリス、リオの三人で取り除き、洞窟の入口が露わになった。
洞窟の奥は真っ暗で何も見えないが、見える範囲では人が入った形跡はなかった。
ローズが罠などが仕掛けられていないか慎重に入口を調べる。調査から戻って来たローズの表情は笑顔だった。
「当たりだよ!」
「ああ、間違いない!」
カリスが興奮した表情で叫ぶ。
「違う違う!当たりじゃない!大当たりだ!」
カリスやナックが興奮しているのを見てリオがサラに顔を向ける。
「ねえ、サラ。何が当たりなのかな?」
その言葉を聞いてサラよりも先にナックが口を開く。
「おいおい、リオ!この状況を見てわからないのかっ?!」
「ん?」
「……ほんと、あんたの頭ん中には脳みそ入ってんのかねっ!」
すぐさまローズがリオを馬鹿にするが、当のリオは全く心にダメージを負ったようには見えない。
それがローズを更に腹立たせる。
「リオはこの洞窟を見てどう思いましたか?」
「ん?どうって……」
リオは改めて洞窟と周りを見る。
「長い間放置されてのかな?」
「それはどういうことだと思いますか?」
「こんなとこで敎育かい?あんたはリオの母親かい!?」
ローズの突っ込みにサラは内心ムッとしながらも表情は変えない。
そこへべルフィがサラに助け船を出す。
「まあ、待てローズ。俺達は今までリオに何も教えてこなかった。旅してれば勝手に覚えるだろうと思ったが、どうもそうじゃないらしいとわかった」
「こいつはいつも何も考えてないからねっ!」
「ああ、その通りだ。だが、それを放置していた俺達にも責任がないわけじゃない。リオも正式に冒険者ギルドのメンバーになり、それなりの力もつけている」
その言葉を聞いてリオは冒険者カードを出してみんなに見せる。
この無神経さが更にローズの神経を逆なでする。
その様子を見て、べルフィはローズに落ち着け、と手振りで知らせる。
「これからは俺達も少しずつリオに教えていく必要がある俺は思う」
「あんたも甘いわよっべルフィ!」
ローズは面白くないと不機嫌な顔を隠そうともしない。
「俺もべルフィに賛成だ。サラ、俺もリオに色々教えていくぜっ」
サラにいいとこを見せたいカリスもキメ顔で協力を約束する。
「助かります」
サラは口ではそう言ったものの、カリスは以前にリオを殺そうとしたことがあり、ラビリンス行きも邪魔しようとしたので全く信じていない。
サラの言葉を聞いてすかさずローズがサラに食ってかかる。
「なんであんたが感謝すんだい?!リオ!あんたの事だよ!あんたが役立たずだから揉めてんだよ!なんか言ったらどうだい!?これからはちゃんと勉強しますとかさっ!」
本来なら謝罪なり、感謝の言葉を言えばその場はとりあえず収まるはずであるが、空気を読まない事には定評のあるリオである。
なんとまさかの反論をしたのだ。
「ん?僕は勉強してるよ。ナックに色々教えてもらってるんだ」
その言葉にべルフィは呆れ、カリス、ローズは怒りの表情を見せる。
名指しされたナックはサラに睨まれ、気持ち後退する。
ヴィヴィは仮面で表情が見えないため何を考えているかわからなかった。
サラは冷静に努めようとしたが、感情を抑えきれず、発した声に怒りを隠しきれなかった。
「……リオ、ナックの言うことは聞き流してください。ロクな事教えませんから」
「そうなんだ」
「そうなんだって……今まで嘘ばっかり吹き込まれていたじゃないですかっ!」
サラは怒りを抑えるの放棄してリオを睨む。
リオは少し首を傾げながらナックに顔を向ける。
「そうなの?」
「俺を巻き込むな!俺は無実だ!」
「どの口が言いますか!どの口が!」
サラの怒りの矛先がナックに向けられる。
ナックはサラが本気で怒っていることを察し、空気を和らげようと努力する。
「え、えーと、この口?」
その試みは見事に失敗した。
サラの目がすうー、と細くなる。握りしめた拳がぐっと固くなる。
と、その様子をじっと見ていたリオがぼそっと呟く。
「……この口、か。なるほど。今度使ってみよ」
その言葉に反応してサラの鉄拳の攻撃目標がナックからリオに変更された。
ごんっ、と鈍い音がしてリオは頭を垂れる。
「そんな事覚えるんじゃありません!」
「ん?」
「返事は?」
「わかった」
そう言ってリオは頭をさする。
本当にわかったか疑わしいが、“鉄拳発動”によりサラの怒りは和らいだように見える。
ナックはサラに今までに何度目もした質問をする。
「やっぱりサラちゃんってさ、“あのサラ”ちゃんだよね?」
ナックのいう“あのサラ”とは“鉄拳制裁のサラ”の事である。
「違います」
即座に否定するサラ。
「でもなあ……」
「もういいだろ。話が逸れてるぞ」
べルフィがまだ何か言いたそうなナックの言葉を遮る。
「でだ、リオ。長いこと誰も訪れていない洞窟の中はどうなってる?」
「どうって、昔のまま……ああ、だから宝が眠ってる可能性が高いんだね?」
「その通りだ」
「なんでこんな事に時間とってんだいっ!」
「よしっ、リオの教育も終わったし中へ入ろうぜ!」
「ああ」
皆が進もうとした時だ。
今まで一言も発言していなかったヴィヴィが「ぐふっ!」と声を上げた。
もちろん、誰も意味を理解できない。
「どうしたの、ヴィヴィ」
「ぐふ。ここは誰?私はどこ?」
「今度はあんたかい!?何意味不明なこと言ってんだい!このぐふ棺桶持ちが!」
「いや、ちょっと待て」
「なんだいべルフィまで……」
「そうですね。肝心なことを忘れていました」
「どういうことだ、サラ?」
カリスが意味もなく顔を寄せてきたので、サラは引きながらカリスから顔を逸らすようにヴィヴィを見た。
(危ない危ない。ウザ過ぎてもう少しでカリスのにやけ顔、カリス自身はキメ顔と思っているみたいだけど、に思いっきり鉄拳をお見舞いするところだったわ)
リオでガス抜きしていなければ間違いなく殴っていただろう。
サラはヴィヴィが自分で説明する気がないので代わりに説明する。
「洞窟に入る前にここがどこなのか確認しておいた方がいいでしょう」
「おおっ、確かにな。興奮してすっかり忘れてたぜ」
そう言って、ナックはリュックから地図といくつもの羅針盤を取り出す。
そして出した羅針盤をすべてチェックしていく。
「ねえ、ナッ……」
「しっ」
リオがナックに声をかけようとするのをサラが止め、更にリオの手を引きナックから引き離す。
わざわざナックから引き離す必要はなかったが、サラはカリスから離れる口実を作るためにそのような行動に出たのだ。
しかし、カリスはしっかりサラについて来たのでこの行動は無駄に終わった。
「……しつこい」
「ん?」
リオが首を傾げるのを見てサラは呟いていたことに気づく。
幸いカリスには聞こえていなかったようだ。
「ナックは今、私達の位置を確認しているのです」
サラは内心カリスのストーカー魂に参っていたが、顔に出さずにリオにナックのしていることの説明をする。
「あれは方角を調べる道具だよね?なんでいくつもあるのかな?」
「あれはマジックコンパスと言って対となる目印、マジックマークのある方向と距離を示すのです。マジックマーク毎にマジックコンパスが異なるので複数あるのです」
そこへヴィヴィが捕捉する。
「ぐふ。大きな街にはマジックマークが設置されているからな。あれらも街の方角を示しているのだろう。あれらと地図があれば大体の位置がわかる」
「そうなんだ。僕達も買えばよかったね」
「ぐふ。結構高いぞ」
「そうなんだ。でもあれがあればサラでも迷わなかったかもしれないね」
「そうですね〜」
とサラはリオの頭をぐりぐりしながら「あなたもですよ」と付け加える。
その様子をカリスは不機嫌な顔で見ていたが、ついに我慢できず、
「リオ!サラから離れろ!ベタベタすんじゃねえ!」
とリオを強引にサラから引き離す。
客観的に見ればくっついて来たのはサラの方であるが、カリスにはリオがくっついて来たように見えたようだ。
「大丈夫だったか、サラ?」
カリスは“困っていたサラ”を助けたつもりなのか、どこか誇らしげにサラを見つめる。
もちろん、サラには彼の言動が全く理解できない。
いや、リオに嫉妬してる事だけはわかったが、本当にいい迷惑であった。
「大丈夫も何も……私が言うのもなんですが、私の方からリオに近づいたのですが」
「いや、アイツはくだらない話をしてお前の気を引こうとしてるんだ。ホントまだ子供で困ったものだな!」
「「「「「「……」」」」」」
カリスの言葉に皆が唖然とする。
誰もが「それはオマエだ!!!!」と叫びたかった。
実際、ローズは口をパクパクさせていたが、どうにかそれを声にする事は抑え込んだ。
今、関係を悪化してはマズイとの配慮からで、これが探索直前でなければ思いっきり叫んでいた事だろう。
作業をしていたナックはカリスの“おまいう”発言を耳にして手が止まってしまった。
それだけでは済まず、
「……あっ!?やべっ!今ので記憶飛んだ!どこまで調べたか忘れちまった!」
と慌てて再度調べ直し始める始末である。
「はははっ、しっかりしろよナック。なあサラ?」
カリスは一人何も気づかずサラにキメ顔を向けるのだった。
当然、効果は全くなかった。
ナックは各々のマジックコンパスが示す方向と距離をもとに今の場所を割り出した。
「……げ、こんなとこなのかよ」
ナックの呟きにべルフィが尋ねる。
「どこなんだ、ここは?」
ナックは悲しそうな顔で言った。
「……カルハンだな」
「何?」
「カルハン、って……ああ、ヴィヴィの国?」
リオの何気ない言葉。
それは誰もが気になっていた事だったが、ヴィヴィは「ぐふ?」と答えたのみだった。
誰も理解できない中で、リオが、「そうなんだ」と言った。
サラが表情を変えてリオを見る。
「リオ!ヴィヴィの言ったことがわかったのですか?」
皆の注目する中でリオは、
「よくわからない、って言ったんじゃないかな」
皆がガックリする。
「本当にそう言ったのですか?」
「ぐふ」
サラの問いにヴィヴィは微かに首を縦に振る。
絶対に嘘だとサラがムキになる。
「何故自分の事なのにわからないのですかっ!?」
「ヴィヴィも記憶を失ってるんじゃないかな」
「ぐふ」
リオの言葉にまたもやヴィヴィは首を縦に振る。
「そんなわけないでしょう!そんな簡単に人は記憶喪失になったりしません!」
「そうなんだ」
ベルフィはサラほど気にしていなかったので話を戻す。
「ナック、カルハンのどの辺りだ?」
「南側だ。そんな心配する事もないかもな。エル聖王国や都市国家連合の国境に近そうだ」
「それを聞いて安心したよっ」
「カルハンだと何か問題があるの?」
「カルハンはその領土の半分以上が砂漠なんだ」
「ああ、砂漠の真ん中だったら大変だったね」
「大変どころじゃ済まないよっ!あんた砂漠をなめんじゃないよっ!」
ローズがリオを怒鳴りつける。
ナックは余裕が出来たからか、笑いながらローズを「まあまあ」と宥める。
「それとカルハンには冒険者ギルドが少ないんだぜ」
「今は私のようなジュアス教徒も歓迎されませんね」
「そうなんだ」
「ぐふ。お前の場合は更に性格の問題もある」
「そうなんだ」
「ヴィヴィ!あなたにだけは性格の事を言われたくありません!」
「ぐふ」




