775話 偽魔装士の苦難
都市国家バイエル。
この小国は南部都市国家連合に属し、カルハン魔法王国と国境を接している。
バイエルはカルハンとの関係が良好で街には冒険者ギルドの他に遺跡探索者ギルドもあった。
その遺跡探索者ギルドの前に一台の荷馬車が止まった。
御者席から体格のガッチリした男が降りてくると遺跡探索者ギルドの前に転がっている“荷物”を荷台に乱暴に載せていく。
荷物を全て載せ終わると男は御者席に戻り荷馬車を出発させた。
荷馬車は街を出ると街道を少し進んだところで停車した。
再び御者席から体格のガッチリした男が降りてきて先ほど積んだ荷物を街道脇の草むらにポイ捨てする。
そのポイ捨てされた荷物が悲鳴を上げた。
実は粗大ゴミのように乱暴に扱われていたものはフェラン製のあらゆる機能をオミットした廉価版魔装具を装備した魔装士、いわゆる偽魔装士達だった。
遺跡探索者ギルドには冒険者優待制度があった。
冒険者が遺跡探索者ギルドに入会する際、入会試験を免除されたり冒険者ランクを参考にして同等かそれに近いランクから探索者を始めることが出来る。
しかし、冒険者全てに適用されるわけではなく例外もある。
偽魔装士だ。
遺跡探索者ギルドは偽魔装士を冒険者とは認めておらず、入会する際に冒険者優待制度を利用できない。
彼らはそれを知らずに遺跡探索者ギルドにやって来てその事実を知ると怒り狂い、クズロジックを喚き散らして居座り続けていたのだ。
それをギルドは営業妨害と判断した。
ギルド警備員達が喚く彼らをボコって気絶させてギルドから追い出しただけでなく、わざわざ馬車を手配して街の外へ捨てに行かせたのであった。
当初はギルドから追い出すだけで済ませていたが、その程度では彼らは諦めず、何度も何度も本当に何度も性懲りもなくやって来ては同じ事を繰り返すためこのような強硬手段を取らざるを得なくなったのであった。
偽魔装士達は一緒に行動していたがパーティを組んでいるわけではない。
彼らは遺跡探索者ギルドに入会するという目的が同じだったから行動を共にしていただけである。
仮に彼らがパーティを組んだところで達成できそうな依頼はFランクの薬草採取くらいだ。
それも魔物が来ないことを祈りつつである。
彼らはギルド警備員達にボコられたところや草むらに落とされたときに痛めたところを押さえながら辺りを見回し街の外へ連れて行かれたのだと理解した。
男に文句を言うが男は彼らを相手にせず、空になった荷馬車の御者席に乗ると街へ戻って行く。
偽魔装士達は荷馬車の後を走って追いかけたがゴミ、もとい、彼らを捨てて軽くなった荷馬車に追いつくことはできなかった。
走るのをやめ、とぼとぼ歩きながら街へ向かう彼らの一人がふと後ろを振り返ると後方から一組のパーティがやって来るのが見えた。
服装で判断すると戦士三人に魔装士というアンバランスな構成のパーティであったが別段珍しくはない。
彼が歩みを止めたことで他の者達もそのパーティの存在に気づく。
彼らはそのパーティに魔装士がいるとわかると足を止めその場で待つことにした。
やって来るパーティの魔装士と入れ替わろうと考えたのだ。
彼らは相談したわけではなく、ほぼ同時に同じ考えに至ったのである。
偽魔装士達の標的になったそのパーティはリサヴィであった。
リオ達が偽魔装士達の近くまでやって来ると彼らは偉そうな態度、腕を組んで仁王立ちして道を塞いだ。
やって来た冒険者達の中に美女がいるとわかり皆一様に鼻の下を地面まで伸ばすが、魔装士の姿を見て本来の目的を思い出し交渉を始める。
「お前ら冒険者だよな?」
「お前ら運がいいぞ。俺はすっげー腕の立つ魔装士なんだ」
「今回は無条件でお前らのパーティに入ってやる。その荷物持ちに代わってな!」
おま言う発言をした偽魔装士がヴィヴィを指差すと残りの者達も彼に倣ってヴィヴィを指差す。
彼らのほうこそ“荷物持ち”という蔑称に相応しいはずなのだが本人達はそう思わなかったようだ。
そこまで言って彼らはお互いがライバルだと気づき「邪魔だ」と醜い争いを始めた。
「うるさいクズ。さっさと退け」
リオが面倒臭そうに言うと偽魔装士達は醜い争いをやめてリオに「誰がクズだ!誰が!?」と怒り出す。
リオがゆっくりと腰の剣に手を伸ばした。
それに気づいたサラが慌てて止める。
「リオ!ここは私に任せてください」
「……」
サラはリオだけでなく、アリスも腰のメイスに手をかけていたのに気づく。
ヴィヴィは見た目変化はないが不機嫌である気がした。
間違いなくいつでもリムーバルバインダーを飛ばす準備ができているはずだ。
サラはため息をついてからリオ達に言った。
「あなた達は気が短か過ぎます」
「「「……」」」
リオがサラをじっと見つめる。
サラは一瞬、未来予知?で見た「追放」が頭を過ったが違った。
リオの顔は「お前が言うな」と語っていた。
他のメンバーも同様である。
サラは安堵しながらもそれに気づかない振りをする。
サラは前に出ると偽魔装士達に言った。
「私達はパーティメンバーの募集はしていませんし入れ替える気もありません。わかったらそこを退いてください」
もちろん、彼らが人の話を聞くわけがなく、なんかよくわからないアピールをしだす。
そんな中、サラをじっと見ていた偽魔装士が懐から銅貨一枚を取り出しサラに差し出した。
「……なんですか?」
サラの冷めた目、そして声から不機嫌であることは明らかだった、
はずなのだが、その偽魔装士は何故か全く気づかなかったようで「へへっ」と鼻をかき、いや、かこうとしたが仮面が邪魔でかけず諦めると銅貨一枚の意味を話し始める。
「いやな、実は俺、最近ご無沙汰でよ。ちょっと溜まってんだ」
そう言った彼の下半身は一部もっこりしていた。
「……」
「だからよ、そこの草むらでよ、な?」
その偽魔装士はそう言いながら街道脇の草むらを指差した。
どうやら彼はサラ達のことを体を売る冒険者と思ったようだ。
仮にそうだとしても銅貨一枚で体を売る者などいないだろう。
彼の行動を見てなんかよくわからないアピールをしていた何人かが彼に倣って銅貨を取り出すのが見えた。
彼らも先の彼に負けず劣らず下半身の一部がもっこりしていた。
「……」
「頼むぜ。すぐ済ますからよ。本当だぜ。俺、『光速』って呼ばれてるんだぜ!」
そう言った偽魔装士の顔はなんか誇らしげだった。
仮面で口元しか見えないが。
その二つ名が褒め言葉かどうかはともかく、偽魔装士がその銅貨をサラに握らせようとした瞬間、その体が宙を舞った。
言うまでもないことだがサラの怒りの鉄拳が炸裂したのだ。
今の衝撃で仮面が外れて本体と一緒に宙を舞う。
見事なあほ面を晒しながらくるくるとゆっくり回転しながら彼が先ほど指差した草むらにぼてっと落ちて姿を消した。
いや、微かに肩に装備した荷物入れが見えていた。
サラは背中に視線を感じた。
「ぐふ、誰が気が短いのだったか?」
「ですねっ」
「……手加減はしました」
サラの苦しい言い訳は誰も納得させることができなかった。




