753話 商人、危機一髪
話は商人が結界の魔道具を使用すると彼らに言ったときまで戻る。
「皆さん!私はこの結界の魔道具を使用しますので私のことは気にせず思う存分戦ってください!」
「よしわかった!みんな集まれ!!」
「「「おう!!」」」
「え?」
リーダーの号令のもと冒険者達が商人の元へ集まってくる。
「え?え?」
「何やってる!さっさと作動させろ!」
「は、はい!」
商人はリーダーの言われるがままに結界を作動させた。
そして現在。
ガルザヘッサは当初より増えて結界の周囲を囲んでいた。
もはや彼らだけでは退治どころか脱出も困難な状況となっていた。
商人は護衛達を見て思う。
(あのとき戦ってさえいればこのような状況に追い込まれなかったはずだ)
彼が後悔しているうちにも時は過ぎ、結界の効果が弱まり始めた。
魔道具の魔力が尽きようとしているのだ。
「もう結果が保ちそうにありません」
「そのようだな」
リーダーが考える素振りをして言った。
「仕方ねえ。結界が切れると同時に魔物は囮が引きつける。その間に残りの者が逃げるとしよう」
リーダーの言葉を聞いて商人は彼らの誰かが囮になるものだと思った。
逃げる者達も助かる可能性は少ないが、囮になった者は間違いなく助からないだろう。
商人はやり切れない気持ちになるが、こうなったのは彼らの判断ミスでもあるのだ。
商人が申し訳なく頭を下げる。
「すみません……」
「気にすんな。俺らも気にしねえ」
リーダーが爽やかな笑顔で言った。
そして、その時が来た。
「皆さん!結界が切れます!」
商人がそう叫んだ数秒後、結界が消失した。
と、リーダーが商人の腕を掴んだ。
「……え?」
商人はリーダーの行動が理解できぬまま、リーダーによって力いっぱい魔物のいる方へ押し出された。
そこで商人は自分が囮にされたのだと気づいた。
彼らがクズの本性を現した瞬間だった。
商人の目に冒険者達が逃げ出す姿が映った。
更にクズリーダーが止めとばかりに懐から小さな袋を取り出して商人に向かって投げつけた。
その袋の中身はヒキヨセ草の根っこをすり潰した粉であった。
これは魔物の好きな匂いを発しており魔物を呼び寄せる効果があるのだ。
それだけなく、クズ盗賊が効果の切れた結界の魔道具を拾い上げると慣れた手つきでリュックの中に素早く放り込んだ。
流れるような動きで見事な手際であった。
何度もこのような盗みを行っているのだろう。
冒険者、いや、クズ冒険者の一人が振り向き笑みを浮かべながら「バイバイ」と口が動いたように見えた。
囮にされた商人だが彼にはまだ切札があった。
右腕にはめていた腕輪型の魔道具を発動させた。
それは個人用の結界であった。
間一髪でガルザヘッサの攻撃を弾く。
商人の体が球体のバリアに包まれるのを逃げ出したクズ冒険者の一人の目に入った。
その瞬間、彼の中であの魔道具が欲しいという欲望が生まれて膨れ上がる。
その欲望と自分の命を天秤にかけた結果、欲望を乗せた方に大きく傾いた。
「まだそんなもん持ってたのかよ!俺によこしやがれ!」
そのクズ冒険者が怒鳴りながら商人の元へ引き返してきた。
彼はガルザヘッサが殺到してくるのを見て今がどういう状況だったのかを思い出す。
クズは皆恥知らずである。
それを証明するかのように彼は囮にした商人に助けを求めた。
護衛が護衛対象に助けを求めたのである。
しかも命令形で。
「た、助けろ!!急げよ……が!!」
商人が彼のことをどう思っていたにせよ、何かをする時間はなかった。
そのクズ冒険者は飛びかかってきたガルザヘッサにあっさりと喉を食い千切られる。
悲鳴を上げることもできず、のたうち回る彼にガルザヘッサが殺到する。
あっという間に彼は悪夢を見そうな無惨な姿へと変わり果てる。
何体かのガルザヘッサ達がクズ冒険者“だったもの”を咥えて森へ消えた。
ガルザヘッサの数が減っても商人に戦う術はない。
ヒキヨセ草の効果か逃げたクズ冒険者達を追うものはなく商人のみに狙いを絞っているようであった。
魔道具の効果が切れた時が商人の命が尽きるときである。
その時が来るを知りたくなく彼は目をギュッと閉じた。
しかし、しばらくして状況が変化した。
何度もバリアに攻撃を仕掛けていたガルザヘッサの攻撃が止んだ。
その代わりにあちこちで魔物の悲鳴が聞こえる。
商人はゆっくりと目を開けると口をぱっくりと開いたガルザヘッサと目が合った。
「ひっ!?」
彼はすぐさま目を閉じたが結界がまだ動作していると気づき再びゆっくりと目を開ける。
そのガルザヘッサは既に死んでいることに気づく。
何が起きたのかと周りを見渡すと何者かがガルザヘッサと戦っていた。
商人は一瞬だけ、クズ冒険者達が心を入れ替えて戻って来たのかと思った。
もちろん、そんなことはなかった。
戦っているのは見知らぬ者達だった。
冒険者でなければ傭兵だろう。
彼ら、いや、彼女達は強かった。
彼女達は一撃でガルザヘッサを屍に変えていく。
やがてガルザヘッサは森へと逃げていった。
「大丈夫ですか?」
そう話しかけて来た女戦士が彼には天使に見えた。




