750話 暗躍するクズ
リオ達は急ぎの旅ではないとは言え、だらだらと一箇所に留まっている気もない。
長く留まればリオ達の力を利用しようとクズが集まってくるだろう。
そんなわけで料理対決は明日行われることとなった。
店の裏手。
腕を組んで仁王立ちするサラの目の前でガッチリした体格の店主が土下座していた。
彼はサラの説得が不十分と見て改めて話を合わせるようお願いするために呼び出したのだ。
「実はマイハニーと結婚する条件は無闇に暴力を振るわないことだったんです!」
「……それは無謀でしょう。どちらも好戦的ですし」
サラの指摘は彼には聞こえなかったようだ。
「お願いします!サラさんがついいつもの癖でクズ達をどつき倒したことにして下さい!」
「……それ、本当にお願いしていますか?ケンカ売っていませんか?」
サラの問いはこれだけ距離が近いにも拘らず店主には届かなかったようだ。
「お客さん達は気持ちよく了承してくれました!リサヴィの皆さんもです!あとはサラさんだけなんです!サラさんだけが納得してないんです!」
「一番の被害者は私ですからね」
店主がサラを必死に説得する。
少なくとも本人はそのつもりだ。
「いいじゃないですか!鉄拳制裁伝説に新たな一ページが加わるだけじゃないですか!」
「そんな伝説ありません!」
「既に数え切れないくらいクズをぶっ飛ばしているんですよね!?誤差ですよ誤差!」
「……本当にケンカ売ってるでしょう?」
中々“うん“と言わない強情なサラに店主は情?に訴えることにした。
「サラさん!もし本当のことがバレて離婚になったら一生恨みますよ!」
「今度は脅しですか」
ガッチリした店主が涙目でじっとサラを見つめる。
「お願います!!」
「あなたねえ……」
「ああ、修理代のことなら気にしないでください!勝負の結果がどうなろうと皆さんに請求したりしませんので!もしもの時には私のへそくりを使いますから!」
「当たり前です。払えなんて言って来たら全てバラします」
その言葉を聞いて店主が満面の笑みを浮かべる。
「つまりOKということですね!?」
「あ、いや、そういう……」
「ありがとうございます!ありがとうございます!ありがとうございます!」
「……」
「ありがとうございます!ありがとうございます!ありがとうございます!」
「……」
こうしてサラはガッチリした体格の店主のありがとうございます!攻撃に屈したのだった。
サラが店主の後から路地を出ようとするとひと組のパーティが立ち塞がった。
彼らは皆、腕を組んで仁王立ちしてキメ顔を向ける。
彼らは先程連行されていったクズパーティと醜い言い合いをしていたもうひと組のクズパーティである。
サラが不機嫌な顔をしているのに気づかぬようでクズリーダーが偉そうに一歩前に出た。
再びクッズポーズをとりながらサラに話しかけてくる。
「お前らリサヴィにいい話を持って来てやったぞ」
「結構です」
サラは即答で拒否したが彼らには聞こえなかったようだ。
「お前ら料理勝負に勝ちたいだろ?俺らが協力してやるぜ」
「結構です」
「腕力勝負ならいざ知らず“冷笑する狂気“が料理をまともに出来るわけがない。だろ?」
「やる前から結果は見えてるってんだ」
「だな!」
彼らはアリスの言葉を聞いていなかったようだ。
あるいは信じていないだけか。
「もちろん、タダじゃねえぜ!」
「結構です」
「俺らは誇り高き冒険者だ!誇り高き冒険者は自分を安売りしねえ!タダ働きなんて絶対しねえんだ!」
「……」
サラは彼らとの会話を諦め路地を出ようしたが彼らは退こうとしない。
「邪魔です」
「何?具体的にどうやってお前らを勝たせるかだって?」
「……」
どうやら彼らには幻聴が聞こえるようだった。
「それはちょっと言えねえな。だが、そうだな。あのメスゴリラが“運悪く”腕なんかに怪我したら料理はできねえだろう。オスゴリラが料理出来るとは思えんしな。そうなりゃお前らの不戦勝だ!がはは!」
今の話で全てわかった。
つまり、彼らはメスゴ……ではなく、女料理人に怪我を負わせて不戦敗にさせる気であった。
サラは彼女と彼らとの力の差は天と地ほどあると思っている。
「馬鹿なことはやめなさい」
しかし、やっぱりサラの言葉は彼らには届かなかった。
「よしっ決まったな!」
「約束は守れよ!」
「だな!」
彼らは言いたいことだけ言って去っていった。
サラは首を傾げる。
「……約束って何?」
そう、彼らは要求を口にせず去っていってしまったのである!
「……まあ、いいか」
その日の夜。
女料理人は二階の自室のドアの前で立ち止まった。
中から人の気配を感じた。
好戦的な彼女はニヤリと笑みを浮かべると豪快にドアを開けて中に突入した。
「誰だい!?私にイヤらしいことをしようと考えてる馬鹿者は!?」
「誰がするか!」
「馬鹿野郎!何返事してやがんだ!?」
「すっ、すまねえ!」
「てか、バレてるだと!?」
部屋の中は明かりがついておらず窓の外から照らす月明かりだけだったが、女料理人には全く関係なかった。
気配で相手の位置を探る。
「きゃー襲われるー!」
女料理人は笑顔で叫びながら侵入者の一人をぶん殴った。
「ぐへっ!?」
悲鳴を上げながら窓に向かってぶっ飛び、窓ガラスぶち破ってそのまま下へ落ちていった。
遅れて店主が部屋に突入する。
「マイハニー!助けに来たよ!!」
店長も侵入者の一人をぶっ飛ばす。
「あがっ!?」
彼も先程割れた窓から下に落ちていった。
最後の一人を女料理人がぶっ飛ばした。
「ぐへっ!?」
彼もまた先程割れた窓から下へ落ちていった。
店主が女料理人の元へ駆け寄る。
「大丈夫だったかいマイ……がはっ!?」
店主は女料理人に侵入者と勘違いされてぶっ飛んだ。
しかし、窓から落ちまいと必死に耐える。
「俺だよ俺!マイハニー!」
「なんだあんたかい。じゃあ、もう終わり?」
不満顔の女料理人を店主が褒める。
「マイハニーにかかったら誰だって一瞬だよ!!」
「それもそうね」
この後、二人がいちゃついている間に襲撃者達は姿を消していた。




