74話 カリスの指揮 その2
ベルフィはカリスの必死の願いからみんなの猛反対を押し切ってもう一度だけチャンスを与えることにした。
そしてそのチャンスはすぐにやって来た。
今度の相手もウォルーだった。
もしかしたら先ほど倒したもの達と同じ群れで敵討ちに来たのかもしれない。
数は十とさっきより多かった。
「カリス、今度はちゃんとやれよ」
「おうっ!任せろベルフィ!見てろよっサラ!」
「……」
カリスが根拠のない自信を見せる。
「で、どうするんだ?」
ナックの問いに、
「サラは俺のそばに来いっ!」
この意味不明な命令を出した時点でサラはカリスに指揮者失格の烙印を押す。
「サラ!リーダーの命令だぞ!」
「だからリーダーじゃないだろ」
ナックが今度も突っ込む。
サラは判断を仰ぐためベルフィを見るとベルフィが小さく頷いた。
(取り敢えず指示に従え、ということね)
「サラ!何ベルフィの顔色を窺ってんだ!リーダーは俺だぞっ!」
「あなたはリーダーではありません」
サラはナックの代わりに突っ込むと嫌々ながらにカリスのそばにやって来た。
カリスは上機嫌であった。
(サラが俺のそばにいる!俺の言う事を聞く!リーダー最高っ!)
心の中での叫びなので「お前はリーダーじゃない」と突っ込む者はいなかった。
「カリス」
「おうっ!サラは俺が守る俺から離れるな!」
「早くみんなにも指示を出してください」
サラは頭痛に頭を押さえながら催促する。
するとカリスは満面の笑みでとんでもない事を言った。
「おうっ!残りのみんなは適当に戦えっ!」
カリスの指示はそれだけだった。
ダメだこいつ!
と、カリスを除くみんなが心の中で叫んだ。
ひとつ訂正しなくてはならなかった。
先ほど「ダメだ」と叫んだのはカリス以外、と言ったが実はもう一人いた。
リオである。
そして、リオはカリスの命令を忠実に実行した。
カリスの命令に呆れていたサラのそばをリオがすっと通り過ぎた。
サラがはっ、とした時にはすでにベルフィの前に出ていた。
一番最初に戦闘を始めたのはリオだ。
ウォルーがリオの動きに反応して一斉に攻撃を開始する。
リオは向かって来たウォルーの喉を左手の短剣で切り裂く。
更に右手の剣でもう一頭を斬り捨てた。
ベルフィも負けてはいない。
剣と盾を使い、次々とウォルーを仕留めていく。
そしてローズが弓を使い、ウォルーを仕留める。
一分も経たずにウォルーは半数以上を失い、森の奥へと逃げていった。
戦績はリオとベルフィが三頭、ローズが二頭の計八頭であった。
言うまでもないが、カリスはゼロである。
「大丈夫だったかサラ!」
聞くまでもない事をカリスはサラにキメ顔で言った。
そんなカリスにサラは無言で冷めた目を向ける。
カリスはここでようやく自分が失態を犯したことに気づく。
「まずい!なんとかしなければ!」とよくもない頭を必死に働かせた。
ウォルーを三頭倒したリオに対してカリスが贈った言葉は誉め言葉ではなかった。
「なんで後衛のお前がしゃしゃり出て来た!!」
カリスはリオが命令無視をしたとして手柄を帳消しにし、更に自分の失態を有耶無耶にしようとしたのだ。
「ん?」
リオは首を傾げる。
「そんなんで誤魔化せると思うなよ!てかっ!お前、その顔でサラを誘惑してるのか!!」
「カリス」
カリスはサラがリオを擁護すると思い、そうはさせまいと声を大にして叫ぶ。
「止めるなサラ!三頭倒したからって命令無視は許せん!!」
「どの口が言う!」と散々命令無視をしてきたカリスに皆が叫びそうになった。
実際にサラが口にしたのは別の言葉だ。
「リオは命令無視などしていません」
「サラ!なんでこんな奴を庇う!?」
「庇っていません。事実を言っているのです」
「ああ、リオは命令無視などしていない」
サラに続いてベルフィもリオの行動が正しいと認め、ナック、そしてヴィヴィも頷く。
ローズはふんっ、とそっぽを向いたが反論はしなかった。
「全員一致で間違っているのはあなたです。カリス」
「お、おいサラ……」
弱気な表情を見せるカリスにベルフィが言う。
「カリス、お前はこう命令した『適当に戦え』とな」
「い、いやっ、そんな事は言ってないっ!だよなサラ?」
何故かサラは自分の味方だと信じて疑わないカリスがサラに助けを求めるが、もちろんサラにカリスを助ける気など全くない。
「言いました」
「さらぁ」
「気持ち悪い」
今まで黙ってヴィヴィが口を開く。
「ぐふ。ベルフィ、カリスに指揮させるのはもう勘弁してくれ。こんな奴に指揮させたら全滅するぞ」
カリスがヴィヴィを睨みつける。
「ふざけんな棺桶持ち!どんな事があっても俺とサラは生き残るぞ!なあサラ?」
「……最低ですね。自分の事しか考えていないとは」
サラは心底軽蔑したという目をカリスに向ける。
「さらぁ……」
「気持ち悪い!」
情けない声と顔をして伸ばして来たカリスの手をサラは乱暴に弾く。
「なっ……」
「本当に気持ち悪いのでそばに来ないで下さい!」
カリスはサラの言葉にカッとなった。
「流石に言い過ぎだぞ!」
「まだ足りないくらいです!」
「そんな事言っていいのか!?お前の勇者にならんぞ!それでいいのか!?困るのはお前だろ!」
サラは深くため息をついた。
「困りません。ですから“私の勇者”などと二度と口にしないでください」
「ちょ、ちょ待てよっ!」
カリスはサラが本気で怒っているとやっと気づき慌て出す。
「悪かった!お互い冷静じゃなかったなっ!だから思ってもない言葉が出ちまったんだ!な?そうだろ?」
「確かに冷静ではありませんでしたが」
「だろうっ?」
カリスがサラに向かってキメ顔をするが、サラは冷めた目で返して言った。
「私が言った事は本心ですので近づかないで下さい。ホント迷惑です」
「おいおい、いい加減機嫌を直せよっ。ほんと困った奴だなぁ」
カリスのまるで彼女の我儘の相手をしているような言いようにサラはカッとなった。
「ベルフィ!」
「サラっ!なんですぐベルフィに頼る!俺がいるんだから……」
「ベルフィからもなんとか言ってもらえませんか!私では言葉が正しく伝わらないようです!」
「おいおい、だから落ち着けって」
ベルフィがため息をついて言った。
「まだカリスに指揮をさせてもいいと思う者はいるか?」
ベルフィの問いかけに手を上げたのはカリスのみ。
「ではカリス、お前の指揮は終わりだ」
「待ってくれよベルフィ!俺はまだ本気を出してないんだ!」
「それが本当だとしても本気を出すべき時に出さないならそれがお前の実力だ」
「なんだと!?」
ベルフィとカリスが険悪な雰囲気になる中でサラがベルフィに声をかける。
「ではベルフィ、私は元の位置に戻りますので」
「わかった」
「ちょ、ちょ待てよっ!」
「カリス!出発するぞ!早く隊列に戻れ!」
「わかったわかった。サラ、お前も来い。そこで続きを話そう」
「話は終わりました。続きはありません」
「さらぁ」
「「気持ち悪いっ!」」
サラとローズの声が見事にハモった。
こうしてカリスの指揮は無事?失格の烙印が押され、以降、カリスが指揮を任されることはなかった。




