73話 カリスの指揮 その1
カリスはいわゆる脳筋であり、戦闘力はBランクに相応しいものだが人を指揮する才能はまったくない。
彼は指揮に従って戦うことで最大の力を発揮するタイプの人間だった。
そんなカリスが副リーダーに選ばれたのは人望があるからではなく、プライドの高い彼自身が副リーダーの肩書きを欲したからだ。
適正で言えばナックが副リーダーになるべきであるが、彼は面倒くさがり屋でそういう肩書きにも執着がなかった。
これまでにカリスが副リーダーとして相応しい働きをしたことがあるかといえば、実のところまったくなかった。
作戦はいつもベルフィとナックがたて、その事に全く不満も疑問もないどころか楽できると喜んでいたほどである。
だが、サラがやって来てからカリスは今の状況に不満を持つようになっていた。
副リーダーの俺を蔑ろにしているのではないかと。
自分勝手な言い分であるがカリスの不満は募っていく。
そして以前、リオに「作戦はベルフィとナックが立てている」とサラの目の前で言われたことが彼のプライドを深く傷つけ、その事がずっと心の中で燻っていた。
マドマーシュの遺跡からの帰路。
休憩中にベルフィとナックがサラにラビリンスについての情報を聞いていた。
その場にはカリスもいたが発言を許されていない。
カリスはサラにラビリンスに関係ない無駄話ばかりするので発言禁止になったのだ。
サラの前でそんな罰を受けたカリスは副リーダーをあまりにぞんざいに扱い過ぎだ!と自分の行いを棚に上げて腹を立てていた。
そんな中で、カリスはふとある考えが浮かびそれを口にした。
「なあ、ベルフィ」
「今度話したら席を外すという約束だぞ」
「最後まで聞けよ。ラビリンスの話だぜ」
「……なんだ?」
「ラビリンスではよ、俺に指揮させてくれないか?」
「何?」
「どうしたんだ急に?」
カリスの突然の提案にナックも疑問を口にした。
「いや、俺が剣だけじゃないところをサラが見たいって……」
「言っていません」
カリスが言い切る前にサラが否定する。
「なっ……」
「夢と現実を混在するのをやめてください」
サラは更に容赦ない追撃を行う。
「さらぁ……」
「気持ち悪い」
「カリス、そんなくだらん理由では指揮は任せられん」
「くだらんだとっ!?俺は副リーダーだぞ!」
「俺はリーダーだ」
「お、おう……」
ベルフィの冷めた目を受けカリスは自分がバカな事を言ったことに気づいたが、それでも不満顔のままだった。
ナックがカリスに尋ねる。
「お前さ、作戦立てるときもまともに話聞いてないよな。そんなんでどうやって指揮とるつもりだよ?」
「そりゃあそのときの状況によるぜ、な、サラ」
「私を巻き込まないでください。私は反対です」
「お、おいおい……」
「サラ、反対の理由を聞かせてくれるか?」
サラはベルフィに頷き理由を述べる。
「今まで戦いを見て来ましたがカリスは全体の動きを全く見ていません。いつも自分勝手に行動しています。それにベルフィの指示もよく無視します。そのような人が指揮できるとは到底思えません」
「そ、それは俺なりに最適な行動を取ってるんだ!」
「私にはそうは思えません。ベルフィの指示通りに行動していれば無駄な怪我を負わなかった場面がいくつもあったと思います」
「なるほどな」
サラの言葉にベルフィが頷く。
「ベルフィ!サラっ!そんな事はないぞ!俺はやれる!」
「……そうだな。お前は副リーダーだし、一度試してみてもいいか」
「ベルフィ!」
「ベルフィ!?」
カリスとサラが同時にベルフィの名を呼ぶが、込められた感情は正反対だった。
言うまでもなくカリスが喜びで、サラが悲鳴だ。
「安心しろ。俺だっていきなりラビリンスで指揮を任せることはしない。試すのはウォルーなど低ランクの魔物のときだ」
ベルフィが笑いながらサラを落ち着かせる。
「……まあ、それでしたら」
サラは不満顔をしながらも取り敢えず従う。
そしてその機会はすぐにやって来た。
ウィンドとリサヴィは街道を通らずに森の中を進んでショートカットすることにした。
魔物の接近に最初に気づいたのはローズだった。
「ベルフィ、ウォルーだと思うけどこっちに近づいているよっ」
「数は?」
「大した事ないよっ五、六といったところねっ」
「そうか」
ベルフィが全員に止まるように指示する。
そして、カリスを見て言った。
「カリス、任せたぞ」
「おうっ任せろ!」
カリスが自信満々に答えた。
「それでどうするんだ?」
ナックの問いにカリスは、
「どうするサラ?」
とキメ顔でサラに丸投げした。
「はあ?」
サラは心底馬鹿にした顔をしたが、カリスには通じずニコニコしながらサラの次の言葉を待っている。
サラはため息をついた。
「ベルフィ」
「サラ!今のリーダーは俺だぞ!」
「いやいや、指揮を任せただけだぞ」
ナックが呆れ顔で突っ込む。
サラはカリスを無視して続ける。
「丸投げされたので私もベルフィに丸投げします」
「ちょ、ちょ待てよサラっ!俺は……」
「ベルフィっ!来るよっ!」
もう無駄話をしている余裕がない距離までウォルーが迫っていた。
ローズの警告にベルフィは各々に指示を飛ばした。
戦いの後、カリスは名誉挽回に必死であった。
「次は上手くやるからもう一度チャンスをくれ!なっ?」
しかし、
「……カリス」
「おうっ」
「頼む相手が違います」
「あ……」
そう、カリスはベルフィではなくサラにお願いしていたのだ。
サラが今の様子を呆れた表情で見ていた中の一人に目を向ける。
「ベルフィ」
「サラっ!話なら俺に……」
「もうカリスに指揮を任せるのはやめて下さい」
「話を聞けよサラっ!」
カリスが無理矢理サラの目に入る位置にやって来てじっと熱い視線を送る。
サラは冷ややかな視線を送ったあと、すっと目を逸らした。
「さらぁ!」
「「気持ち悪いっ!」」
カリスのショタ真似声にサラとローズの言葉が見事にハモった。
 




