72話 ラビリンスキューブ
扉を開けた先を見て、ウィンドの面々に失望の表情が浮かぶ。
「なんだいこりゃ!?お宝ないじゃないかっ!!」
扉の先には広い部屋があったが、見渡す限り金銀財宝の類はなかった。
ただ、床に本や紙が散らばっているだけだったのだ。
最初に立ち直ったのはナックだった。
「まあ、気を取り直して行こうぜ。本は貴重だぜ。それに散らばってる紙切れだって実はすげえ価値があるかもしれないぜ」
「そうですね。先程の魔物研究装置の事が何かわかるかもしれません」
「あたいらにゃなんの価値もないけどさっ、頭でっかちの魔術士ギルドなんかに持ち込めば高く買ってくれるかもしれないねっ。そうだろっ、ナック?」
「おお、その通りだぜ」
「よし、全部一箇所に集めるぞ」
ベルフィの指示の元、皆が紙や本を拾い集め一箇所に集める。
ナックは目の前に不自然に盛り上がった紙を見つけた。
「ん?この紙の下になんかあるな……おおっ!!」
突然、部屋中にナックの歓喜の声が響き渡る。
「うるさいねっ!」
「なんかいいもんでも見つかったか?」
「その通りだ!これを見ろっ!」
そう言ってナックが手にした物を掲げる。
ベルフィはそれが何か見当がつかない。
「それはなんだ?」
「さっぱりわからん!だが魔法がかかってる!魔道具であることは確かだぜ!」
「て事は結構金になるね!」
ローズが笑み浮かべる。
サラはナックの手にした物を見て驚きの声をあげる。
「まさかラビリンス・キューブ!?」
「え?これがラビリンス……って、サラちゃんマジッ?!」
ナックは手にした青白い光を放つ十センチ四方の魔道具をマジマジと見つめる。
ナックを始めウィンドの面々はその存在は知っていたが、実物を見た事は一度もなかったのだ。
「サラ、お前はラビリンス・キューブを見たことがあるのか?」
「いえ。ただ、神殿に来た冒険者達に聞いたものと形がそっくりです」
「ラビリンス・キューブって?」
リオがサラに尋ねる。
「ラビリンス・キューブとは別の場所に転送させる魔道具です。ほとんどの場合の転送先は迷宮です。そこからこの魔道具はラビリンス・キューブと呼ばれています」
「ぐふ。魔術士の隠れ家である場合もあるがな」
サラの説明にヴィヴィが付け加える。
「え?こんな小さなものの中に迷宮があるの?」
「お前なぁ、サラちゃんの話ちゃんと聞いてたか?」
「違った?」
「あとでサラちゃんに聞きな」
「わかった」
サラがすごく嫌そうな顔をしたが拒否はしなかった。
「ともかくだ、ラビリンス・キューブの先にある迷宮や隠れ家にはお宝が一杯だって話だ!なんたってラビリンス・キューブが造られたのは暗黒時代なんだぞ!今は失われた伝説級の魔法や武器が手に入るかもしれないぜ!」
「そうなんだ。すごいね」
ナックはリオを見て悲しそうな顔をした。
「お前が言うと『すごい』って言葉の価値が暴落する気がするな」
「ん?」
「ともかく俺達に幸運が舞い込んで来たって訳だ!もちろん行くよな、べルフィ!」
「そうだな」
「落ち着いてくださいナック」
「ん?」
「ラビリンス・キューブの転送先が迷宮だった場合、強力な魔物がいるはずです。宝物がレアであるほど強力な魔物が」
「冒険に危険はつきものだろ!!」
興奮したカリスが珍しくサラに食ってかかる。
「それに既に探索された迷宮である可能性もあります。その場合、魔物の相手だけすることになります」
迷宮の魔物は一掃してもいつのまにかまた棲み着いている事がある。
いうまでもないが宝物が再配置されることはない。
「サラちゃんはなんでそう悲観的な事言うかなあ」
「事実を言ったまでです。ラビリンス・キューブの迷宮に挑むなら生半可な気持ちではダメです」
「サラは俺の力を信用してないのか!?」
カリスが不満げに言う。
サラは思わず頷きそうになった。
今までのカリスの行動を見る限り、とてもBランク冒険者とは思えないほどミスが多い。
「もしかしてサラちゃん、本当はラビリンス・キューブに挑んだことあるとか?やっぱり鉄拳制……」
「違います」
サラはナックの言葉を途中で遮って否定する。
「神殿で聞いた話です。成功して富を得た話もあれば攻略どころか仲間を失って逃げ帰ったという話もあります。慎重に行動するに越したことはありません」
サラの話は嘘ではないが全てを語ったわけでもない。
サラはナックの推測通りラビリンス・キューブの迷宮に挑んだことがあった。
サラが望んだわけではなく、ナナルに連れていかれたのだ。
ナナルの持つラビリンス・キューブはナナルが冒険者をしていた時に手に入れたものらしい。
「なんだいあんたっ、聞いた話で偉そうに説教してっ!」
サラは地獄のような迷宮での戦いを思い出していたから文句とはいえ現実へ引き戻してくれたローズに内心感謝する。
「説教ではありません。忠告です。仲間を心配するのは当たり前でしょう」
「あたいはあんたを仲間だと認めてないよ!ついでにあんたとあんたもねっ!」
とローズはリオとヴィヴィを指差す。
リオは「そうなんだ」と、いつものように感情のこもってない言葉を発し、ヴィヴィもいつもように「ぐふ」と答えるだけでローズを更に苛立たせた。
ちなみにサラもローズに言われた事を気にしていなかった。
「落ち着けローズ。ナック、使い方はわかるのか?わかってもまだ使うなよ」
「わかってるよ。使い方……も多分わかるぞ。起動コマンドらしきものが刻まれてる」
「そうか……サラ」
「なんでしょう?」
「他にラビリンス・キューブで気をつける事はないか?」
「そうですね……」
サラが挑んだ迷宮なら魔物の情報を教えることができるが、同じである可能性は限りなく低く、話す必要はないだろう。
サラは戦い以外のことで何かないかと考え、とても大事な事を思い出した。
「べルフィ、肝心な事を言うのを忘れていました」
「なんだ?」
「ラビリンス・キューブは転送するだけです。もとの場所に戻る機能はありません」
「つまり一方通行って事か。行ってみて危険だからすぐ戻るって事はできないわけだな」
「はい。そしてラビリンス・キューブ自体は使用した場所から移動しません」
「おい、それってまさかここで使ったら……」
「はい、ここに残ります」
「マジかよっ!?」
「そいつは嫌だな。他の奴らが持って行ってしまう可能性が高い」
「そうだな……」
今にも行く気満々だったカリスも流石にトーンダウンした。
「あと、転送先ですが迷宮の入口とは限りません。いきなり最下層に飛ばされたという話もあります」
「「「……」」」
この言葉でウィンドの面々は一気に冷静になった。
沈黙を嫌ったナックが真面目な顔で叫ぶ。
「いやいや、待て待て!転送先が美女ばかりの露天風呂って事もあるかもしれないぞ!俺はそっちでもかまわないぞ!」
「そんなわけあるかっ」
ナックのボケにすかさずローズが突っ込む。
サラはローズに一瞬遅れて突っ込みを入れる機会を逃した。
(伊達にパーティ組んでないわね……って何を感心してるの私?)
「……よし、依頼完了の報告もしなくてはならないし、一度街に戻るぞ。挑むのはキチンと準備してからだ」
ベルフィに決定に反論する者はいなかった。
 




