717話 ロックとの雑談 その5
「……確かにリオさんの言う通りです。言われてみれば彼らは『あの場に留まる限り』と条件をつけていました。それは船をコントロールする術を得て持ち去ることも含まれていたに違いありません」
ネイコの方舟にまったく興味がなかったロックだったがリオの一言で百八十度考えが変わっていた。
(ネイコの方舟は魔道具だ。何百年も動き続けている……間違いなくマナサプライヤーを積んでいるはず!どうしてその考えに今まで思い至らなかったのか!?)
ロックはネイコの方舟が欲しくなった。
現状、魔力を無限に生むマナサプライヤーを搭載しているとされているのはナンバーズとフラインヘイダイだけだ。
マナサプライヤー作成のヒントになるものはいくらあっても困らない。
遺跡探索者ギルドはネイコの方舟を探索できるだけで独占しているわけではないが、今のロック、いや、サイゼン商会の力を持ってしても彼らを出し抜くことは難しいだろう。
安全にネイコの方舟に向かう手段がないのだ。
ロックはどう考えてもどうしようもないとわかり考えるのをやめた。
話も尽き、サラ達が雑談はもう終わりだろうと思いかけたところでロックが姿勢を改めた。
「皆さんにお願いがあります」
やはり雑談だけでは終わらないわね、とサラは思った。
「そんなに警戒しないでください」
サラの様子を見てロックが苦笑する。
「お願いのことですが皆さんが手に入れたプリミティブを譲っていただけないでしょうか?」
「プリミティブですか」
「はい。皆さんはフェランに来てから一度も冒険者ギルドに寄っていないのですよね?」
「そうですね」
「であればこれまでに倒した魔物のプリミティブを今もお持ちなのでは?」
「ええ」
「やはりそうですか!では是非それらを売って頂けませんか?先ほどお話したウィング・ツーを調整し量産にもっていくためには多くのテストを行う必要があり、それだけプリミティブも必要となります。もちろん、冒険者ギルドより高く買い取らせて頂きます」
リサヴィのメンバーの視線がリオに集中する。
リオはどうでもいいような感じで言った。
「いいんじゃないか」
「ありがとうございます!」
ここでうっかりアリスが口を滑らせる。
「ブラッディクラッケンのものですかっ?」
アリスが口にした魔物の名を聞いてロックが驚愕の表情をする。
「ブラッディクラッケンのを持っているんですか!?倒した証拠になるものは何も持っていないと聞いていたのですが!?」
「あっ」
アリスが慌てて口を手で押さえるが完全に手遅れだ。
「是非見せて頂けませんか!?」
リオはアリスの失言に怒ることなく意見を求めるように顔を向けていたヴィヴィに小さく頷く。
ヴィヴィがリムーバルバインダーの蓋を開け、これまでに倒したプリミティブをテーブルの上に置いていく。
ウォルー、ガルザヘッサ、サーギンなど様々な種類の魔物のプリミティブが並ぶ。
その中に一際大きく異様な光を放つものがあった。
ブラッディクラッケンのプリミティブである。
「……これがブラッディクラッケンのプリミティブ……想像したより小さいですね……」
「偽物かもな」
リオがくすりと笑って言った。
「皆さんが嘘をつくとは思えません」
ロックはそう言い切った。
「少しお待ちください」
ロックは席を立っと部屋を出て行き、その手に魔道具を持って戻ってきた。
それはプリミティブの残存魔力を計測する“魔力測るくん”であった。
測り終えてロックが驚嘆の声を上げる。
「すごい!!これほどの魔力が込められているとは!魔族にも匹敵する魔力量です!!」
「そうか」
リオはどうでもいいように言った。
ロックは困った。
ブラッディクラッケンのプリミティブはどうしても欲しい。
だが、問題は価格だ。
プリミティブだけの話であればロックは裁量でギリギリなんとかなる。
しかし、このプリミティブはブラッディクラッケンを倒した証でもあり、冒険者ギルドに提出すれば懸賞金をかけた者達から莫大な報酬が支払われるはずだ。
これらをプリミティブの価格に上乗せすると考えるまでもなくもロックの裁量を軽く超える。
ロックは一度深呼吸して素朴な質問をリオにする。
「何故ブラッディクラッケンを倒した証拠としてギルドに提出しないのでしょうか?」
「ギルドに行く用事がないからだ」
リオは素っ気なく言った。
(いやいやいや!討伐報酬を貰うことは冒険者として当たり前!行く理由として十分でしょう!!)
ロックはその言葉をなんとか飲み込む。
「このブラッディクラッケンのプリミティブも売っていただけるのでしょうか?」
「ああ」
ロックは興奮を抑えて慎重に言葉を選びながら尋ねる。
「私共で買取を行う場合、プリミティブのみの価格になります。ブラッディクラッケン討伐に関するあらゆる報酬は考慮されませんが、その、よろしいでしょうか?」
「ああ」
リオは全く興味なさそうに言った。
「あ、ありがとうございます!」
ヴィヴィのリムーバルバインダー用に必要な分を除いて全て売り払った。
リオはロックの提示する金額に一度も首を横に振らなかった。




