71話 マドマーシュの遺跡 その3
ナックがみんなにリオとヴィヴィの二人で二体のガドタークを倒したと言うと、ナックと同様に驚いた。
ただ、サラだけはそれほど驚いてはいないようだった。
(驚くと言うより不満、って顔だな、あれは。何が不満なんだ?ヴィヴィに活躍されたからか?ヴィヴィも美少女って話だから実はこいつら三角関係だったり……はないな。うん)
「……どうやらここはリバース率が異様に高いようですね」
「そうなんだ」
「はい。少なくとも同じ場所でリバースが二回、それもこの短時間に起こったという話は聞いたことがありません」
「まあ、大きさも普通じゃないからな」
「もしかしたらここで魔物の研究をしていたのかもしれませんね」
「研究?リバース率を高めるためのか?」
「そこまではわかりませんが。ヴィヴィは何か知らないですか?」
「ぐふ?」
「いえ、いいです」
「詮索は後だ。先へ進むぞ。ローズ、扉の開き閉めは自由に出来るか?」
扉の仕掛けを調べていたローズがベルフィの問いに答える。
「……勝手に閉まるね。何か挟んどく?開け方は同じだから閉まっても問題ないよ」
「いや、その必要はない。まだ奥に魔物がいる可能性が高い。逃げ出されては面倒だ」
「ベルフィ、一度現状をギルドに報告してはどうですか?」
サラの提案に即反応したのはローズだった。
「却下だねっ!」
「ローズに賛成。未探索地域だぜ?そんな事したら冒険者がわんさかやって来て貴重なアイテムを取られる可能性があるぞ」
「サラ!お前はオレ達の力を信じてないのか!?」
更にナック、カリスと反対され、カリスに至っては今にも詰め寄らんばかりの勢いだった。
カリスについては正直、凡ミスを連発してその自信はどこから来るのか、と思わないでもないが、もちろんそんなことを口に出したりはしない。
「そういうわけではありませんが、慎重に行動した方がいいと思っただけです」
「怖いんならとっとと帰んな!このアホを連れてね!」
とローズがリオを小突く。
「ん?僕は帰らないよ」
リオの答えにベルフィが念のため確認する。
「いいのか?この先は今より危険かもしれんぞ」
それに対するリオの答えは意外なものだった。
「こんなチャンスは滅多にないと思うし」
「チャンス?」
「お前、似合わない言葉を使うようになったな。チャンスってどういう意味だ?」
「報告したら依頼ランクが上がると思うんだ。そしたら僕達受けられないでしょ。だからランクが上がる前に進めるだけ進みたいんだ」
リオらしくない発言にウィンドの面々はマジマジとリオを見た。
「ん?」
「いや、変わったなと思ってな」
「そうかな?」
「ヴィヴィ、お前はどうする?」
ベルフィが今まで無言だったヴィヴィに問いかける。
「ぐふ。愚問だ」
「リーダーへの口の聞き方を気をつけな!」
「ぐふ?ベルフィは私のパーティのリーダーではない」
ローズにヴィヴィは素気なく答えた。
「生意気だよっ!あんたうちに入りたくて来たんだろうっ!」
「そこまでだ!ヴィヴィの言うことも一理ある。だが勝手な行動はするなよ」
「ぐふ」
「よし、先に進むぞ」
扉の先はしばらく一本道が続いた。
途中で冒険者の死体がいくつかあったが、どれも食い散らかされており、冒険者カードだけ回収する。
そしてひらけた場所に出た。
「おいおい、本当に街があるじゃないか!」
ナックが興奮気味に叫び、ローズも笑みを浮かべる。
「こりゃ期待できそうだねっ!」
「その前に掃除が必要だがな」
ベルフィはこちらへ向かってくるガドタークの集団を見て言った。
全部で十体で、一体だけ一際大きな奴が一体混じっていた。
「ありゃ、リバースした奴か?」
「いや、おそらくロードだ」
「絶対奴だけはリバースさせちゃマズイな」
ただでさえ強敵のガドターク・ロードだ。リバースしたらどこまで強くなるか想像がつかない。
ベルフィは素早く作戦を立てる。
来た道を戻るのは論外だった。
扉を開けるに時間がかかるし、あの細い道で追いつかれたらパーティの連携も取れないし、一対一の戦いを強いられ不利だ。
ナックの広域魔法で一網打尽に出来ればいいが、失敗して全てがリバースしたら全滅もあり得る。
そんな危険な賭けをする気はなかった。
「ナック!ローズ!先制攻撃だ。無理に倒す必要はない!足止めできればいい!リバースだけはさせるな!」
「任しときなっ!」
「難しいこと言うなぁ」
ナックが魔法のファイアアローを放ち、ローズが弓を構えて矢を放つ。
六体のガドタークが足を貫を貫かれ転倒した。
近づいて来たのはロードを含む三体だった。
「よし、後の奴らが来る前に叩くぞ!俺とカリスがロードだ。サラは援護!残りでガドターク二体を倒せ!」
「ちょっとベルフィ待ちなよっ!こいつらとじゃ無理だよっ!」
もちろん、ローズの抗議は受け入れられない。そんな余裕はないのだ。
リオはすぐにベルフィの命令を行動に移す。
「ヴィヴィ、さっきと同じ要領でやろう」
「ぐふ」
リオがガドタークに向かって駆け出した。
「おいっリオ!」
「ぐふ。ナック、お前はもう一体の足止めをしろ。すぐ済む」
「お?お、おう」
「何命令してんだいっ!」
ローズの抗議を無視してヴィヴィは右肩に装備していたリムーバルバインダーを分離させるとリオの後を追わせる。
リオは左手でベルトから短剣を抜くとガドタークに向かって放った。
短剣はガドタークの右肩の付け根に刺さり悲鳴が上げる。
そこへリオを追い越したリムーバルバインダーがガドタークに体当たりした。
体勢を崩したガドタークに向かってリオがジャンプし、リムーバルバインダーを足場にして剣を一閃させた。
リオが着地すると同時に宙を舞っていたガドタークの頭が地面に落ちた。
「う、嘘だろっ!?」
その動きを見てたローズから驚きの言葉が漏れた。
「ヴィヴィ、次行くよ」
「ぐふ」
ナックがこららに向かって来ようとするガドタークにファイヤアローを放つ。
見事足を貫き転倒させる。
立ち上がったところをリオとヴィヴィが同じ要領で片付けた。
ベルフィ達を見るとロードとの戦いの最中だった。
「さて、どうしようか?」
「ぐふ」
ナックの声が聞こえた。
「リオ、ヴィヴィ!次はこっちだ!」
ナックが指差した先に足止めしていたガドターク達が見え、近づいて来る。
「わかった」
「ぐふ」
リオが走り、ヴィヴィがリムーバルバインダーを向かわせる。
「いやあ、リオも頼もしくなったよな。あの戦いぶりはEどころじゃないぜ、Cでもおかしくないぞ」
「……ふん、無駄口叩いてないで、ほらっ、あそこ!」
「へいへい」
今のリオにはガドタークは敵ではなかった。
転倒しているものは言うまでもなく、立ち上がっているものもナックとローズの攻撃でダメージを負っていたので、首を落とす事はそれほど難しいことではなかった。
ヴィヴィはヴィヴィでリムーバルバインダーの重さを活かし、その重みでもって頭を押し潰していく。
こうして残りのガドタークを全て仕留めたところでベルフィ達とロードの決着もついた。
「よくやったなリオ」
ベルフィが誉めるとリオは微かに表情が変化したように見えた。
「うん。でも腕が疲れたみたいだ」
リオは実際にそう感じているのではなく、腕の動きが鈍くなったのそう思ったのだ。
「よし、少し休憩してから調査を開始するぞ」
「あたいは今からでもいいよっ」
「待て待て。俺も魔法使いすぎて疲れたよ。ちょっと休憩させろよ」
体力が余っているローズにナックが悲鳴を上げる。
「だらしないねっ!」
「無茶言うなよ」
「無理は禁物だ。あれで全部とは限らないんだからな」
「パーティのマナポーション使うぞベルフィ」
「ああ」
アイテムは個人持ちとパーティ共用の二つがある。マナポーションは魔力を回復させるアイテムであるが高価だ。
「サラちゃんとヴィヴィは?」
「私はまだ大丈夫です」
「ぐふ」
「それじゃわからん」
「大丈夫だって」
リオがヴィヴィの代わりに返事をする。
「サラ、無理はするなよ」
「ありがとうございます」
サラは近づき過ぎるカリスと距離をとりつつ返事する。
休憩中にヴィヴィはガドタークからプリミティブを抜き取る。
ローズは再利用出来そうな矢を回収し、リオも短剣を回収した。
ウィンドとリサヴィは探索を再開する。
地下の街はほぼ原型を留めていた。一部壊れていたがそれは最近のものだった。
「さっきのガドタークと先に到着した冒険者達が戦ったとき壊れたんだろう」
「だろうな。で、その冒険者はどこにいるんだ?」
「もう一組いるはずですよね」
「さっきの死体が二つのパーティのものだったんじゃないかな?」
「それにしては少な過ぎる。ま、残りは魔物の腹の中にいたかもしれんがな」
「なるほど」
ベルフィ達は街の中央にある一際大きい建物に向かいながら途中の家を探索するが、大した物はなかった。
中央の建物に到着し、中へ入る。
高さ二メートルはありそうな透明のガラスの筒が左右に二十、合計四十あった。
そのうち、半数以上は内側から割られて中は空だった。残りは無傷だったが、こちらも中身は空だった。
「どうやらサラの予想が当たったようだな」
「魔物の研究なんかして楽しいのかいっ」
「どうだろうな。少なくとも俺は魔物より女の子の研究したいぜ」
「そこは建前でも魔法と言うべきでしょう」
ナックの軽口にサラが割って入る。
「いやあ、俺、正直者だからさぁ」
「「「……」」」
「なんか女子の視線が痛いぞ。どうせなら熱い視線を送ってくれ」
だが、誰もナックの要求に応えてくれなかった。
ガドタークの死体が二体、それに冒険者の死体があった。その数は三人のようだ。
ようだ、というのは冒険者の体は食いちぎられており、正確に数えられなかったからだ。
三人と判断したのは右腕が三本あったからである。
「こりゃ、残りのパーティも全滅だな」
「ぐふ。どうやらこのパーティが実験装置を作動させて魔物を解放してしまったようだな」
「まったく、余計なことしてくれたぜ」
「あそこの扉を開くスイッチでも探してたんだろうねっ」
ローズが奥にある扉を指差す。
扉には鍵穴はなくそれらしい仕掛けもない。
「やっぱ、この装置で開けるってことか」
「ローズ、もう大丈夫だと思うが慎重に頼む。他の者は周囲の警戒だ」
「俺も手伝うぜ。魔法の仕掛けもあるかもしれんからな。ヴィヴィ、お前は知識あるか?」
「ぐふ?」
「いや、いい」
 




