708話 部屋がない
リオはしばらくネイコの方舟を眺めていたが、満足したのか「戻る」と呟いて街へ向かって歩き始めた。
その後をサラ達が追う。
サラはリオが待っていたのはネイコの方舟だと確信する。
どうやってやって来るのを知ったのか、やはり未来予知で見たのか確認したい気持ちが強かったが皆の前なので自重する。
ただ、見るだけで終わったのは少し意外だった。
他の者達ならともかく、リオ一人ならブラッディクラッケンを倒した時のようにヴィヴィの力を借りて、いや、下手したら自分の力だけでネイコの方舟へ向かうことが出来たはずだ。
考えて込んでいるサラに近づき声をかける者がいた。
「サラ!このまま帰っていいのですか!?あそこにはクズらしき者達がいましたよ!クズ!即!斬!はどうしたんですか!?」
サラは声をかけて来た者、ヤーべに顔を向けることなく言った。
「そんなこと言ったこともありません。そもそも“らしき者”であってクズと決まったわけではありません。それに何度も言っていますが私達は目に付くクズを片っ端から始末しているわけではありません」
「建前はいいんです!……いたいです!」
ヤーべはサラにどつかれて頭を抱えた。
リオの隣を歩いていたアリスが思っていた事を口にする。
「わたしはってっきりっリオさんがブレードシャークを倒しに行くのものと思ってましたっ」
「ぐふ、私もだ」
「そうですね」
リサヴィの面々だけでなく、傭兵団の面々も頷く。
リオは不機嫌そうに言った。
「俺は戦バカじゃない。サラと一緒にするな」
「なっ……」
「それはこっちのセリフよ!」とサラは続けたかったが、
「ああっ」
「ぐふ、そうだな」
「そうですね!」
アリス、ヴィヴィが頷き、ヤーべも納得した。
傭兵達は思うところがあったが口に出すことはなかった。
こうして戦バカは民主的に多数決によってサラに決定したのである!
「あなた達ね……」
リオ達は宿屋を引き払い港街を出た。
途中、避難していた住人、主に女性達が兵士達に護衛されながら街へ戻っていくのとすれ違った。
彼らから感謝の声の他にこのまま街に残るよう引き留める声もあったがリオが足を止めることはなかった。
その日の夜にフェランに到着した。
フェランでは港街の情報が錯綜していた。
それも当然のことだろう。
短期間に立て続けにいろんな事が起きたのだから。
フェランにやって来たリオ達だが、問題が一つ起きた。
宿屋がどこも空いていないのである。
その多くはブラッディクラッケンが倒されたことを知り財宝目当てでやって来た者達である。
宿屋の中にはリサヴィだと知り、宣伝効果を期待して泊まっている客を無理矢理追い出そうと無茶する主人もおり思い留まらせるのに苦労した。
四件目を回ったところでサラがリオに問う。
「まだ探しますか?アズズ街道前のキャンプスペースで休むという手もありますが」
アリスがうっと唸る。
「せっかく街に来てるのにっ、キャンプするんですかっ……」
「この様子ですと他も期待できそうにありませんし、さっきの宿屋の主人のように暴走されても困ります」
「そっ、それはそうですけどっ……」
「ぐふ、ダメ元で魔術士ギルドを訪ねてみるか」
「ああ、確かにその手がありましたね」
ヴィヴィの言葉の意味がわからず副団長が首を傾げる。
「なんでそこに魔術士ギルドが出て来るんだ?」
「あっ、はいっ。わたし達っ、ちょっとコネがあるんですっ」
副団長はそのコネとやらについて突っ込んで聞くことはなかった。
「そうか。まあ、お前達ならどこにコネがあってもおかしくはないな。じゃあ一緒に行動するのもここまでだな」
「お元気でお姉様方」
ヤーべが女傭兵達に別れを告げるの見て副団長はコケそうになった。
踏ん張って耐えるとヤーべを怒鳴りつける。
「違うだろ!お前も俺達と一緒だ!」
ヤーべは心底不思議そうな顔をしながら首を傾げる。
「何故です?私はリサヴィの一員ですよ」
「違うだろ!」
「ええ、違います」
「ぐふ、違うな」
「ですねっ」
「酷い!」
「酷くねえ!事実だ事実!」
しかし、ヤーべは納得しない。
言い合いをしているところに声をかけて来る者がいた。
「もしやお嬢様では!?」
ヤーべは声をかけて来た者を見た。
誰かわかり気まずそうな顔をしながらその者の名を呼んだ。
「ロック……」
「やはりお嬢様でしたか!それにリサヴィの皆さん!」
サイゼン商会のロックが笑顔でそばまでやって来た。
アリスが首を傾げる。
「ロックさんはっヤーべさんとお知り合いなんですかっ?」
「はい。私どもサイゼン商会の会長のお嬢様です」
「えっ、そうだったんですかっ」
「ここではなんですので場所を変えませんか?」
「すみませんが私達にはそんな時間はありません。まだ宿を見つけていないのです」
「そういうことですか。水臭いことを言わないでください。こちらでご用意しますよ。そちらも、傭兵団の方達ですよね?」
「俺達もいいのか?」
「当然です。お嬢様を連れ戻す依頼を受けた方達でしょう?お話はお聞きしております。お嬢様を無事連れ戻してくださいましてありがとうございます」
「いや、まあ、依頼だからな」
「ささっ、こちらへ!」
そう言うとロックが先を歩き出す。
リオ達は泊まる場所が見つかってないのでお世話になることにして後に続く。
ただ、ヤーべだけは複雑な表情をしていたが。




