707話 ネイコの方舟
リオの言った通り何もせずに危機は去った。
いや、海に沈んだと言うべきか。
「ほんとに終わっちゃいましたねっ」
海賊達が全滅するのを呆然として見つめていた者達はアリスの言葉で我に返り安堵の表情を見せる。
ただ、サラだけは違った。
(これで終わり?本当に?そんなはずはない。私にはリオがこれが見たくて残ったとは思えない)
サラがそのことをリオに今尋ねるべきかどうか悩んでいると騎士がリオに尋ねていた。
「リオ、さっきお前が言っていたのはこのことだったのか?こうなることがわかっていたのか?」
リオは尋ねて来た騎士に顔を向けて言った。
「ああ」
騎士をはじめ皆が驚いた顔をする。
「そんなこと少し考えればわかるだろ」
リオのどこかバカにしたような態度に騎士達はむっとする。
険悪な雰囲気になりそうなところでサラが間に入る。
「リオ、説明してくれませんか。私もわかりません」
リオは面倒くさそうな顔しながらも話しはじめた。
「あの海賊、海に魔道砲を放っただろ」
「ええ」
「あれが魔物を怒らせた」
「それはどういう意味……」
「ぐふ、そういうことか」
「ヴィヴィ?」
「ぐふ、魔道砲の衝撃が音波となって海に伝わったのだ。よほどその音波が不快だったのだろう。離れた場所にいたブレードシャークを引き寄せるほどにな」
リオは無言だったがヴィヴィの説明を否定しないところを見るとそれで間違いないようだ。
ヴィヴィの説明を証明する手段はないがとりあえず納得は出来る。
だが、疑問が残った。
何故、それをリオはわかったかである。
魔道砲を海に放っても毎回、同じ音波を発生させるとは限らない。
色々な条件が組み合わさった結果なのである。
その音波だが、当然砂浜にいる者達には聞こえなかった。
リオだけ聞こえたとも思えなかった。
仮に聞こえたとしてもそれが何故魔物が嫌がる音だとわかったのか?
疑問だらけでリオの言ったことはハッタリだったのではないか、偶然言った通りになっただけではないか、と思う者も少なくなかった。
その疑問をぶつけようとしたが海を監視していた兵士の叫びが妨げた。
「なんだあれは!?」
彼が指差す方向に皆が目を向ける。
そこは先ほどバルバール海賊団が停泊していた、そして沈んだ場所に近かった。
その場所周辺からぶくぶくと泡が立ち始めていた。
誰かが皆が思ったことを代表したかのように叫んだ。
「まさか新たな魔物か!?」
しばらく様子を見ていると海が盛り上がり、中からマストが出現した。
誰かが叫ぶ。
「マスト!?船が浮上してくるのか!?」
「さっきの海賊船か!?」
先ほど沈んだ海賊船が何らかの拍子で浮上してきたのかと思ったがそうではなかった。
浮上してきたのは確かに船であったが海賊船ではなかった。
それも海賊船とは桁違いの大きさの船だった。
全身を現した巨大な船の姿を見てヴィヴィが驚きの声を上げる。
「ぐふ!?まさかネイコの方舟か!?」
ネイコの方舟。
別名“漂流するダンジョン”とも呼ばれる暗黒大戦時に開発されたとされる巨大な船。
この船が作られた経緯は一切不明であった。
様々な説があるが、魔族に支配されたこの大陸から脱出するために作られたという説がもっとも有力であった。
ネイコの方舟はこれまで何度も現れていた。
一度出現すると一年程度その場所に留まり、その後、姿を消してまた別の場所に出現するのだ。
“漂流するダンジョン”との別名があるように船内には魔物が巣食っている。
と同時に暗黒時代に作られたとされる強力な、サイファのナンバーズに匹敵するともいわれる武具が眠っており、それら目当てにネイコの方舟専門のトレジャーハンターが存在するくらいである。
「方舟がここに現れたのは偶然ですかねっ?」
「現れた場所は海賊船が沈んだ場所じゃなかったか?」
「海賊船が関係しているのか?」
考えたところで答えが出ることはない。
騎士が呟いた。
「サーギン、ブラッディクラッケン、海賊、そしてネイコの方舟。なんでこんなに騒ぎが起きるんだ……」
これまでネイコの方舟が出現すると皆が競って探索に向かったものだが今回は難しそうだった。
ここの海には強力な魔物が棲息しているからだ。
ブラッディクラッケンはいなくなったが、バルバール海賊団がブレードシャークという強力な魔物を呼び寄せてしまった。
少なくとも普通の船ではバルバール海賊団と同じ末路を辿ることになるだろう。
残念ながら今回は遠くから見守るだけで終わることになるかもしれない。
ネイコの方舟の出現で大騒ぎとなり、リオへの質問は有耶無耶になった。




