700話 同情と嘘
「ちょっと待てよリオ!」
リオに反論したのは予想外の人物、男傭兵だった。
「お互い言いたいことあるだろうが今は置いておいてだ。今の発言は流石に酷すぎるぞ」
「……」
「俺はよ、もうすぐ子供が生まれるんだ。もし、俺の子供がそんな目に遭ったらとても耐えられない!だから放って置けないんだ!俺からも頼む!考え直してくれ!」
リオは男傭兵を見て首を傾げた。
「誰?」
「へ……?」
男傭兵は唖然とした顔をしたがすぐに我に返る。
「おいおい!俺だよ俺!お前に短剣投げて反撃食らった!」
男傭兵は自分がリオにあっさり倒されたときの事を話す。
副団長は内心焦った。
リオがその時のことを思い出したらせっかくの良い関係がぶち壊しになるかもしれないと思ったのだ。
だが、その心配は杞憂に終わる。
「そうなんだ」
リオは男傭兵に説明されても彼の事を思い出せなかった。
男傭兵はその事を悟り悲しそうな顔をしながら続ける。
「昨日だって一緒にサーギンと戦っただろ!」
「そうなんだ」
「なんだよ、さっきからその『そうなんだ』はよぉ……」
男傭兵が落ち込んでいるところに空気が読めないことには定評のあるアリスが意図せず更に男傭兵の心を折りにかかる。
「残念でしたねっ。今のあなたの言葉にはっ心を打つものがありましたけどっ、それは信頼できる人が発した言葉ならですっ。名前も知らない人に言われてもっ心には響きませんっ」
「な……、アリス!お前もか!?お前も俺の名前を覚えてないのか!?二度も助けてくれたからてっきり俺に気があるものと……」
「冗談は顔だけにしてくださいっ」
男傭兵が「ぐはっ」と心の中で血を吐く。
「今度からは名前を覚えられてから言うべきですねっ」
「アンリエッタの言う通りだ」
「リオさーん!台無しですっ!」
そう言いながらリオをポカポカ叩くアリスは何かうれしそうだった。
「話を元に戻しましょう」
サラがそう言ってリオを見る。
「リオ、どうしてもダメですか?」
「そもそも何故俺達がやる必要がある?それはフェラン軍がすべき事だろうが」
リオの視線を受け、騎士はうっと唸る。
リオの追求は続く。
「アズズ街道も落ち着いただろうし、こちらに兵を回す余裕はあるはずだ」
「そ、それはそうだが……」
「ここへ来る途中、昨日やって来た援軍、特に騎士達の姿を見かけていないがどうした?」
「う……」
「帰ったか。騎士で残っているのはお前一人か」
「う……」
「えっ?そうなんですかっ?」
騎士の目が泳いでいるのを見るとリオの言ったことは事実のようだった。
「ぐふ、どうやら最初にブラッディクラッケンの報酬の話をしたのは報酬を餌になんだかんだと理由をつけて私達をここに留まらせようと考えていたのだろう」
「そうですね。それをリオがあっさりいらないと言ったので同情を誘うような話を……」
サラが話が途中で止まった。
「どうしたんですかっ?」
アリスの問いには答えず、サラは騎士に厳しい口調で尋ねる。
「もしかして母親が病気で子供が怪我をしたという話は嘘ですか?」
「マジか!?」
その話に同情していた男傭兵がきっと騎士を睨みつける。
いや、男傭兵だけではない。
皆の冷たい視線が騎士に向けられる。
騎士は明らかに動揺した様子で言い訳をする。
「う、嘘ではない!怪我をしたのは本当だ!だ、だが大した怪我ではないと聞いている……」
サラがリオに確認する。
「リオ、あなたは彼の嘘を見抜いてあんなことを言ったのですか?」
「そんなもの考えなくてもわかるだろ」
リオはつまらなそうに答える。
「本当に母親が病気だというならあるかどうかもわからない財宝探しより、まずはお前達神官に助けを求めるはずだ。俺達がいることは街中に知れ渡っているはずだからな」
「あっ、確かにっ」
「そうですね」
そう言いつつサラは心の中で失礼なことを考えていた。
(リオって、こんなに頭が回ったかしら)
いや、それはサラだけではなかった。
リオを妄信するアリスを除く全員がそう思っていた。
もちろん、誰もその事を口にすることはなかった。
誰だってSランクの魔物であるブラッディクラッケンを一人で倒してしまう相手を怒らせたくないだろう。
「何故嘘をついたのですか?」
サラが騎士を問い詰める。
「じ、実は……」
そこから騎士の愚痴が始まった。
彼は平民出の一般兵士だったが、その腕を認められて騎士になった。
ただ、武芸に優れていた反面、要領がよくなかった。
貴族出身の騎士達からは嫌がらせを受け、一般兵士からもコネで騎士になったんだろうと反感を買い孤立していた。
今回の件は先輩騎士に一人残って後処理をするようにと押し付けられたのだ。
そんな中で、彼に嫌がらせをして来た先輩騎士の一人が親切を装いアドバイスして来たのがリサヴィを利用するこの作戦であった。
言うまでもなく、その先輩騎士はこの作戦が成功するなどとは全く思っていなかった。
それどころか失敗を強く願っていた。
サーギン討伐及びブラッディクラッケン討伐の立役者であるリサヴィの反感を買い、その責任を取らされ彼が騎士を辞めさせられる事を期待していたのだ。
そうとも知らず彼は代案が思い浮かばなかったこともあるが、先輩騎士のアドバイスを嬉しく思いその作戦を実行することにしたのだった。
「お前達リサヴィがいれば兵士達も大人しく言うことを聞くと思ったんだ。すまなかった。自分の力不足をお前達を利用してなんとかしようなんて……」
そこで彼に同情する声が上がった。
「わかるぜ!!」
それは副団長であった。
彼は嫌われているわけではないが、団長と団員に挟まれて苦労していた。
今など更にヤーべという問題児まで抱えているのだ。
副団長はリオの言動に思うところはあったものの早くこの依頼(わんぱくお嬢様送還)を終わらせたかったので口出ししなかった。
しかし、この騎士の境遇に同情してしまったのである。
「リオ!ちょっとくらいいいじゃないか!」
「そうですよ!」
ヤーべも副団長に賛成する。
「私もクズ抹殺したいですし!」
……理由は副団長とまったく違った。
「なんだこいつら」
そう言ったリオは無表情だったが、どこか呆れたように見えた。




