69話 マドマーシュの遺跡 その1
マドマーシュの遺跡に到着したが、地上には魔物の存在は認められなかった。
「よし、地下へ向かう。カリス、隊列を崩すなよ」
「おいおいベルフィ、そういう事はリオに言えよ。なあサラ」
隊列を崩してサラの隣に来ていたカリスがそう言ってサラにキメ顔をする。
「「「「「「……」」」」」」
サラが深いため息をつく。
「カリス、有言実行してください」
サラがカリスの本来の隊列の位置を指差す。
「お、おうっ。サラっお前も……」
「私はもとからここです」
「カリス!」
「わ、わかってる!」
カリスが不満顔で本来の位置に戻っていく。
「ぐふ。まるでお笑い要員だな」
そうヴィヴィが呟くのが聞こえた。
ウィンドが遺跡の地下へ向かう階段を進む。その後をリオ達リサヴィが続く。
地下一階は広い空間になっていた。
地下であるにもかかわらず、上から光に照らされ明かるかった。
「地下なのに明るいね」
「ぐふ。おそらく遺跡の仕掛けが起動したのだろう」
「遺跡の仕掛け?」
「ぐふ。かつてこの地にはマドマーシュの街があった。その街は地上だけではなく地下にも広がっていたという」
「なに?それは初耳だぞ。地下に街があるなんて聞いた事ないぞ」
「ぐふ。ではその街への道を誰かが開いたのかもしれないな」
「ヴィヴィ、つまりお前は今回の事はその隠された街への道が開き、そこから魔物が現れたと言いたいのか?」
「ぐふ。可能性の話だ」
「いやいや、その話が本当なら俄然やる気が出てきたぜ!まだ誰も行った事ない場所があるって事だろ?お宝ゲットだぜ!」
「ま、この棺桶持ちの言う事が本当ならねっ!」
ローズは口ではそう言ったものの、この依頼に乗り気ではなかった彼女の表情から不機嫌さが消えていた。
「ぐわーっ!!」
「助けてくれー!!」
しばらく進むと冒険者達の悲鳴が聞こえた。
魔物に襲われているようだが、ベルフィ達の位置からではどんな魔物かまだハッキリわからない。
「なんだなんだ?相手はガドタークじゃないのか?」
「依頼のランクの設定を間違えたのかもしれません」
ナックの疑問にサラが自分の考えを口にする。
依頼書には遺跡を徘徊していた魔物の情報も記載されていた。内容が事実ならDランク以上の冒険者がそうそう苦戦するはずはなかった。
そのためサラはギルドの調査が甘かったのではと疑ったのである。
「気を引き締めろよ」
ベルフィの言葉に皆が頷く。
悲鳴が聞こえなくなっていたので予想はしていたが、そのパーティは全滅していた。
パーティを全滅させた魔物は情報通りガドタークだった。
だが、その大きさが尋常ではなかった。
今までリオ達が遭遇したものより一回り以上大きい。その口には餌食になった冒険者のものらしい血がこびりついていた。
ナックがシールドの魔法を唱える。
この魔法は味方の全身に魔法のシールドを張り攻撃を防ぐことができる。
ちなみにレベルが低いと効果範囲にいるものに敵味方区別なくかけてしまうこともあるが、ナックはそんなヘマはしなかった。女には見境がないが魔法はしっかり区別出来た。
ベルフィが動いた。
カリスがサラに腕を振り上げアピールしながら続く。
ローズが腰からダガーを抜きガドタークに向けて放つ。
戦いはあっさりと片がついた。
リオは剣を抜いただけで戦闘に参加することはなかった。
サラのパーティ(リサヴィだけでなくウィンドを含む)での役割は回復と補助だったが、同じく出番はなかった。
ヴィヴィはといえば戦闘に参加する素振りもみせなかった。
「こんなザコに全滅させられるなんて弱すぎっ」
ローズが全滅したパーティに吐き捨てる。
五体満足な姿をした冒険者の死体は一つもなかった。
サラはそのうちの一人、唯一顔が判別できた冒険者に見覚えがあった。
サラをしつこく勧誘し、依頼を邪魔してきたパーティの盗賊だった。
(という事は残りの人達はあのパーティね)
「どうした?」
サラの様子に気づきカリスが声をかけてきた。
「街で彼らに会った事があったので」
「親しかったのかっ?」
カリスが詰め寄り尋ねる。
「いえ、言葉通り会っただけです」
「そうかっ」
途端、カリスは満面の笑顔に変わる。単純な男であった。
「ベルフィ、こいつらの装備どうする?」
ローズの“どうする”とは漁るか、という意味である。
「やめとけ」
「わかったよ。ま、大したもの持ってなさそうだしね」
「冒険者カードだけでもギルドに届けてやるか」
ナックが冒険者から冒険者カードを回収する。
「手伝います」
「俺もなっ」
サラに続いてカリスも回収を始める。
「じゃあ、あたいはガドタークのプリミティブでも貰っとくかね」
「ぐふ。任せろ」
「はあ?あんた何言って……」
ローズの言葉を最後まで聞かずヴィヴィが行動に移る。
ヴィヴィはいつのまにか手にしていた短剣をガドタークの体に突き刺し、プリミティブを抜き取った。
その手際の良さにウィンドの面々が驚く。
「ヴィヴィ、お前はプリミティブの位置がわかるのか!?」
「ぐふ」
「そうみたいだよ」
「すごい特技じゃないか!それは魔装士の力じゃないよな?」
「ぐふ」
「いや、『ぐふ』じゃわからんから」
しかし、ヴィヴィはナックの問いに答えることなく、淡々と作業を続け、あっという間に全部のプリミティブを抜き取った。
「ふんっ、誰にでも取り柄はあるもんだねっ!」
「よし、これからはプリミティブの抜き取りはヴィヴィに任せる」
「ぐふ」
その後もガドタークに遭遇するもののリオ達の出番はなく、リオは最初こそ剣を抜いていたが今は鞘から抜く事もせずヴィヴィと見学を決め込む始末だった。
そして、
「またかいっ。なんでこんなにガドタークがいるんだい?」
ベルフィ達の前にガドタークが三体現れたが、今回もあっさり方がついた。
と、皆がそう思った時だった。
サラは倒れたガドタークの一体に違和感を覚えた。
(この感じ、どこかで……これはっ!!)
「気をつけてください!一体リバースします!」
「リバースだとっ?!」
リバースとは魔物が突然変異する事である。
今までリバースの場に居合わせた者達の話からリバースのキッカケは瀕死の状態になる事で間違いないが、瀕死になった魔物がすべてリバースするわけではないので他にも条件があるはずだが、その条件はわかっておらず、ランダムというのが有力となっている。
ハッキリしていることはリバースした魔物はそれまでに受けた傷が一瞬で治るだけでなく、以前とは比べ物にならない程の強靭な肉体と特別な能力を身につけるという事だ。
先程、カリスの一撃を受けて倒れたはずのガドタークが立ち上がった。
体は一回り大きくなり、体毛は赤く変色し、腕が左右に一本ずつ増え計四本となっていた。
サラの言う通りガドターク・リバースとなったのだ。
ガドターク・リバースが自分に瀕死の重傷を負わせたカリスに向かって更に太くなった強靭な腕を振るう。
カリスはいつものようにサラへオレオレアピールをしていたため対応が遅れた。
カリスはガドターク・リバースの接近に気づいて慌てて大剣で受け流そうとするが失敗し、その剛腕をモロに受けて後方へ吹き飛ばされた。
骨が何本も折れ、血を吐く。
馬鹿な事をしてなければこれほどの大怪我を負う事はなかっただろう。
カリスに止めをさそうとしたガドターク・リバースにベルフィが剣で斬りかかるがガドターク・リバースはその刃を強靭な腕で受け流して、カリスへ突進する。
ガドターク・リバースが新たに生えた腕を振り上げる。その指には以前よりはるかに凶悪な黒い爪が生えていた。
ガドターク・リバースが腕を振り下ろそうとしたまさにそのときにリオが剣で斬りかかる。
強靭な腕ではね返されダメージこそ与えられなかったもののガドターク・リバースの攻撃を阻止する事には成功した。
ガドターク・リバースがギロリとリオを睨む。
(ベルフィは無視したのにリオの攻撃には反応した!?たまたま?って、今はそんなことより!)
サラはその場から動けないカリスに向かって走り出した。
ナックが唱え終わった魔法を放つ。
「エンチャント!」
ベルフィの剣が黄色い光を帯び、再びガドターク・リバースに斬りかかる。
ガドターク・リバースは先ほどと同じように腕で受け流そうとしたが、ナックの魔法により強化された剣の威力は一味違った。
ガドターク・リバースの腕を難なく切断する。
「ぐががががー!!」
サラはカリスの元に辿り着き、その体に触れるとヒールを発動する。
効果抜群でカリスはすぐに立ち上がると怒りで顔を真っ赤にしてガドターク・リバースに向かって走り出した。
カリスの大剣にもナックの強化魔法がかけられ、刃が黄色く光る。
「邪魔だ!」
カリスは攻撃を仕掛けようとしていたリオを突き飛ばしガドターク・リバースへ攻撃を仕掛ける。
カリスの参戦、ローズによる弓の援護で戦いはウィンドが優勢になった。
「……どうやら大丈夫のようだな」
ナックから安堵の呟きが漏れた。
とはいえ、まだ戦闘態勢を解いたわけではない。
そこへ自分の出番は終わったとばかりに剣を収めたリオがやってくる。
「ナックは攻撃魔法使わないの?」
「ああ。ベルフィ達を巻き込んじまうかもしれないからな」
「そうなんだ」
「それにサラちゃんという回復役もいるしな」
「そうなんだ」
「それよりさっきはナイスフォローだったぜ」
「ん?」
「お前が奴の注意を逸らしてくれたおかげでカリスは助かった。あのままだったらやばかった」
「そうなんだ」
「そうなんだって、てっきりそのつもりで飛び込んだんだと思ってたんだけどな」
「僕はガドタークを倒そうと思っただけだよ。硬くて刃が通らなかったけど」
「そうか」
ガドターク・リバースの首をベルフィが斬り落とした。
流石にもう立ち上がる事はなかった。




