689話 雷の裁き
ブラッディクラッケンの足がリオに迫る。
足先にある口が開き凶悪な牙でリオを噛み砕こうとするが、リオは足場にしたリムーバルダガーを蹴って飛び回避しながら矢を放った。
リムーバルダガーに乗ったまま移動しないのは移動速度が遅くなるからだ。
リオは足元にリムーバルダガーを引き寄せて再び足場とする。
リオが放った矢だが、足先にある口に吸い込まれた直後爆発してその足を吹き飛ばした。
リオの攻撃はそれで終わらない。
更に迫る複数の足に向けて続け様に矢を放ち吹き飛ばす。
この攻撃でブラッディクラッケンの足すべてを破壊した。
攻撃手段がなくなったかに見えたブラッディクラッケンだが、逃げる様子はなくそれどころか怒り心頭のようでもともと赤かった体が更に赤く染まる。
そして体の中央部にある口が開くと黒い墨のようなものを吐いた。
それには猛毒が含まれていたが、リオはリムーバルダガーを巧みに操り、その範囲外へと難なく逃れる。
海へと落ちたそれが海を一瞬黒く染め、その海面に魔物や魚などの死体が浮き上がった。
リオはリムーバルバインダーのところまで戻ってくると上に飛び乗った。
手にしていた弓を踏んでリムーバルバインダーと足で押さえ込むと右手で魔方陣を描き詠唱を始める。
サラ達のところからは遠すぎてリオの行動は正確にはわからない。
サラはただ一人リムーバルバインダーの目を通して状況を把握しているヴィヴィに尋ねる。
「ヴィヴィ!リオは何をしているのですか!?」
ヴィヴィはすぐには返事しなかった。
「ヴィヴィ!」
「ぐふ!?ライトニングボルトか!?」
「ライトニングボルト!?」
サラ達がそんな会話をしているうちにリオの詠唱が終わった。
「ライトニングボルト」
ヴィヴィの推測通りリオが詠唱していたのはライトニングボルトだった。
だが、普通の、ではなかった。
リオの左手から放たれたライトニングボルトに貫かれたブラッディクラッケンが悲鳴を上げた。
遠く離れた海岸にいるサラ達のところまで聞こえるほどの大きさだった。
ライトニングボルトの攻撃はそれで終わりではなかった。
ブラッディクラッケンを貫いた雷撃は海中で軌道を変えると再びその体を下から上へと貫いたのだ。
更に更に何度も何度も軌道を変えてはブラッディクラッケンを貫いていく。
ライトニングボルトの威力は時間とともに水中を走る度に、そしてブラッティクラッケンを貫く度に弱まっていく。
しかし、それでも“最後”までブラッディクラッケンを貫く力は残っていた。
ブラッディクラッケンの悲鳴は徐々に小さくなり、やがて聞こえなくなり身動きもしなくなった。
「お、おいおい……まさか、あのブラッディクラッケンを倒しちまったのか!?」
副団長の問いに答えるものはいない。
誰もが今起きたこと、自分の目で見たものが信じられなかったのだ。
ブラッディクラッケンの巨体はライトニングボルトにより多数の穴が空いていたが沈むことなく海の上をぷかぷか浮いていた。
リオはリムーバルバインダーからジャンプするとリムーバルダガーを足場にしてブラッディクラッケンに近づき、その上に飛び降りた。
「……何やってるんですか。何を」
ヴィヴィから状況を聞いたサラは安堵しながら呟いた。
ヴィヴィのリムーバルバインダーが海上から戻ってきた。
「ヴィヴィさん!?」
そう叫んだアリスの言葉にはリオをブラッディクラッケンの上に残して来たことに対する非難も含まれていた。
ヴィヴィがリムーバルバインダーを戻した理由を説明する。
「ぐふ、リオが『先に戻っていろ』と言ったのだ。リオもあれだけ派手に動いたのだから休息が必要だろう」
ヴィヴィの言う通りリオは相当疲れているはずだ。
サーギン戦に続いてブラッディクラッケンとの戦いを休まず行った。
それも慣れない空中戦に加えて魔法まで使ったのだから精魂尽きていてもおかしくない。
「そうだったんですねっ」
「ぐふ、それに遠距離での精密操作で私も疲れた。リムーバルバインダーのプリミティブを交換する必要もある。リオに付き合ってあの場に待機させていたら途中で魔力が切れて海に落ちる恐れもある」
「なるほどっ。すみませんっ、何も知らなくてっ」
「ぐふ、気にするな」
サラがヴィヴィに確認する。
「ブラッディクラッケンはすぐに沈むことはなさそうなんですね?沖へ流されていることはないですか?」
ヴィヴィが頷く。
「ぐふ、監視は続けるし、何かあっても今のリオならなんとかするだろう」
リオは先ほどの戦闘でリムーバルダガーを足場にして空中を移動していたのでヴィヴィの力を借りずともリオだけで海岸に戻ってこれるかもしれない。
とはいえ、海岸までは相当な距離があり一歩間違えば海へと落ちる。
仮にリオが泳げるとしてもあの装備で泳ぐのはなかなか厳しいものがあるだろう。
ヴィヴィは戻ってきたリムーバルバインダーのプリミティブの交換を始めた。




