681話 傭兵の帰還
副団長がヤーべのリサヴィ入りの真偽をサラに確かめる。
「お、おいおい、今のは本当なのか?」
「嘘です」
サラが彼女の言葉をあっさり否定した。
「そんな!?なんで話を合わせてくれないんですか!?」
「お兄さんが心配しているのですから戻ったらどうですか?」
サラは心配する風を装うが、本音はこの危険人物を傭兵団に押し付けてさっさと別れたかったのだ。
「そんな言葉サラから聞きたくなかったです!道中ではあんなに意気投合したのに!」
「は?」
サラには全くそんな記憶はなかった。
「ほれ、リサヴィもあんたのこと心配して言ってんだからよ。帰ろうぜ」
「……いいでしょう」
「そうか!」
副団長は一瞬笑みを浮かべるがすぐに消えることになる。
「私を連れ戻したいのならリサヴィの皆さんを倒して力づくで連れて行きなさい!」
そう言ったヤーべの顔は何か偉そうだった。
「ぐふ、いい気になるなよ小娘」
「……ヴィヴィ、あなたいくつですか。ヤーべを小娘と呼べるような歳じゃないでしょ」
そこでアリスがあっ、と呟く。
「サラさんっ、もしかしたらっヴィヴィさんの実年齢はっ見た目と違うのかもしれませんよっ」
「ぐふ」
ヴィヴィは鋭い指摘?をしたアリスを讃えた。
拳で。
「痛いですっ」
そのやりとりを見てヤーべが腹を立てる。
「遊ばないでください!」
「別に遊んでいる……」
「私はもう皆さんの仲間ですよ!仲間を守ってくれるのがパーティでしょう!」
「ですからパーティに入れた覚えはありません」
「お嬢ちゃん、我儘言わないで帰ろうぜ。あんたがクズを憎む気持ちはわかるがよ、クズ抹殺はリサヴィ……リサヴィ派に任せてよ」
副団長はサラに睨まれて言い直した。
「嫌です!無理矢理にでも連れ戻すというのなら私は今ここで喉を切り自害します!」
それが本気だと示すように手にしたままだった短剣を自分の喉元に当てる。
「お、おい!ちょっと待ってよ!お嬢ちゃん!」
副団長は心の中で叫んだ。
(こいつら兄妹揃ってめんどくせー!)
その行動を見てリオがくすりと笑った。
「面白い。やってみなよ」
「お、おいリオ、挑発しないでくれよ!」
ヤーべが笑みを浮かべるリオをきっと睨む。
「……わかりました。私の覚悟が本物である事をここで証明します。その代わり私の覚悟が本物とわかったらリサヴィに入れてもらいます!約束ですよ!」
「ちょっと待ちなさい!そんな約束は……」
サラが止める間もなくヤーべは躊躇なく自分の喉をかき切った。
傷は深く、放って置いたら間違いなく死ぬだろう。
血を吹き出し苦しむヤーべにサラがハイヒールをかける。
傷はすっと塞がり綺麗に消えた。
ヤーべはごほごほと咳をして喉に残った血を吐き出す。
口元についた血を乱暴に手で拭うとリオを見た。
「こ、これでわかっていただけましたよね?約束通りリサヴィに入れてもらいますよ」
「そんな約束はしていない」
「そんな!?」
「だが、お前の覚悟はわかった。ついて来たいなら好きにすればいい」
「ありがとうございます!」
「ちょっとリオ!」
サラだけでなく、副団長も話の展開についていけず慌てる。
「待ってくれよ!なんでそうなるんだよ!?」
小躍りして喜ぶヤーべは話を全く聞かず、取り付く島はなかった。
副団長はヤーべの気持ちをすぐ変えるのは無理だと判断し、もう一つの目的を、頭のおかしくなった傭兵の治療の相談をすることにした。
副団長が真剣な表情でアリスに話しかけた。
「なあアリス、うちの団員の怪我を治してくれないか?」
そう言って副団長がおかしな踊りをする傭兵を指差す。
アリスの返事はそっけないものだった。
「嫌ですけどっ」
「そんなこと言わないでよ、頼むよ」
「嫌ですっ。あの人はっリオさんを殺そうとしましたっ。自業自得ですっ」
「そんなこと言わないでよ、あいつさ、もうすぐ父親になるんだ。なあ、残された家族が可哀想だろ?」
「自業自得ですっ」
アリスの頑なな態度に副団長は内心関わりたくなかったが背に腹は代えられぬとリオに助けを求める。
「リオ、頼む!お前から頼んでくれないか?俺にできる事は何でもする!だからよ!」
リオはチラリと副団長を見、そしておかしな踊りをする傭兵を見てからアリスを見た。
「アリエッタ、うるさいから治してやれ」
「でもっ、あの人はっリオさんを殺そうとしましたっ。あとわたしはっアリスですっ」
「知ってた」
リオがサラに声をかける。
「じゃあサラ、治してやってくれ」
サラが返事をする前にアリスが慌てて割って入る。
「ちょっと待って下さいリオさんっ!わたしがやりますっ」
アリスはおかしな踊りをしている傭兵の前に立つと腕を振り上げ、「ハイヒールっ!」と叫びながらその顔を殴りつけた。
豪快にぶっ飛んで倒れる傭兵。
殴られて腫れた頬は直後のハイヒールですぐ回復したが、倒れたときにできた傷は残ったままだ。
「いてっー!?」
傭兵が悲鳴を上げながら地面を転がる。
その後、キョロキョロと辺りを見回して首を傾げた。
「……あれ?ここどこだ?俺、何してたんだ?」
アリスの魔法で脳の損傷が完治したとわかり副団長はその傭兵を抱きしめる。
「よく戻って来た!」
「ふ、副団長!?お、俺、そんな趣味ないです!」
「馬鹿野郎!俺だってないわ!」
副団長は傭兵を抱きしめながらアリスに感謝の言葉を述べる。
「ありがとうなアリス!」
アリスは不機嫌そうな顔で答えた。
「わたしではなくっリオさんの温情に感謝しなさいっ」




