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675話 妹を連れ戻せ

 アズズ街道でリサヴィにちょっかいかけてボコられた傭兵団の副団長はオッフルにある商業ギルドに来ていた。

 大商会であるサイゼン商会は専用の部屋を持っており、彼が部屋に入ると彼の雇い主であった商隊の隊長が机の上に置かれた大きなプリミティブを眺めていた。

 隊長は顔を上げ部屋に入ってきた副団長の顔を見て首を少し傾げる。

 副団長はその意味を理解した。


「団長はまだ回復してないんでな。俺がその代理だ」

「そうか」


 隊長は特に不満はないようだった。

 副団長は内心ほっとしながら尋ねる。


「依頼は完了したはずだが新しい依頼か?」

「ああそうだ」

「話は聞くけどよ、ちょっとガタガタしててな。内容によっては断らせてもらうぞ」

「……」

「それでどんな内容だ?」

「その前にこれは何のプリミティブと思う?」


 そう言って彼は先ほどまで眺めていたプリミティブを指差す。

 そのプリミティブは大きくこれまで見たこともない光り方をしていた。

 基本的にプリミティブの大きさは強さに比例する。

 副団長は少なくともBランク以上の強さをもつ魔物だろうとは思ったが魔物の種類はわからなかった。


(……いや、魔物じゃねえかもな)


「もしかして魔族だったっていうザブワックのか?」

「正解だ」


 そう言って隊長はにっこり笑った。

 その笑みは背筋を凍らせるほど冷たかった。

 彼はそのプリミティブを指で突きながら言った。


「こいつはザブワックを倒したカレン、だったか、から買い取ったんだ。こいつが俺の親友を殺しやがったんだ!こいつが!!」


 隊長がプリミティブを殴りつけるが傷ついたのは殴った彼の手の方だった。

 ファイアボールの直撃を受けても傷一つつかないのだ。

 殴って傷がつくはずがない。


「おいおい、無茶すんなって」


(やべえなこいつ。更にやばくなってないか?こりゃ依頼を断ってさっさとお暇してえなあ……でもできないんだろうな)


「で依頼はなんだ?」

「妹が出て行った」

「は?妹?」


 副団長が首を傾げるのを見て彼は説明を始めた。


「俺の妹はこのザブワックに殺された傭兵団の団長と結婚するはずだったんだ」

「そりゃ災難だったな」

「ああ。その妹がやって来てな。事情を知ったら『世界中のクズを殺してやる』と言って出て行った」


(おいおい、お前の妹もおかしいのかよ!?てか世界中のクズ殺すってリサヴィ派かよ!?)


「か弱い女性がクズを殺すと言っても流石に無理じゃ……」

「妹は冒険者だ」

「……は?」

「昔から冒険者に憧れていてな。その傭兵団に鍛えてもらっていて冒険者入会試験に一発合格していたんだ。これは俺も本人から聞いて初めて知ったんだがな。結婚して家を出た後は傭兵団に入るつもりだったらしい」

「そ、そりゃ、活発な妹だな」


 副団長は控えめに言った。

 商会の会長の娘とは思えない。活発どころかお転婆だ。


「冒険者とはいえ、流石に実戦経験はないはずだ」


 訓練でいくら良い成績を残したとしても実戦になると恐怖で体が動かなくなるという事は珍しくない。

 期待の新人が初戦であっさりと死ぬことも珍しくないのだ。

 逆に訓練の成績は悪くとも実戦で力を発揮するという先ほどとは逆のタイプも存在する。


「確認するぞ。あんたの依頼は妹を連れ戻すことだな?」

「ああ、無事にな」

「妹一人追いかけるのに傭兵団全員は流石に多すぎるな。人数が多いとそれだけ動きも鈍くなるしよ」

「全員で行けとは言っていない。使えない奴らは置いていけばいい」

「はははっ。言ってくれるねえ」

「やってくれるな」


 副団長は思案する。


(もしここで断わればこいつは俺ら傭兵団の失態を大げさに広めるかも知れねえ。いや、それが事実だけだとしても傭兵団は終わりだろう。リサヴィ派にもクズだと認定されるかもしれねえ)


 副団長は考えるまでもなく、受ける以外の選択肢はなかったと悟る。


「わかった。この依頼受けよう」

「そう言ってくれると思っていた。頼んだぞ。無事に妹を連れ戻して来てくれ」

「ああ。全力を尽くす。それで妹の行き先はわかってるのか?」

「フェランだ」

「フェランだと?」


 副団長は気休め程度に聞いたのだがあっさり答えが返って来ただけでなく、向かった先がフェランと聞いて拍子抜けした。

 フェランより先は寂れた港街があるだけだ。

 その港街は海の魔物の脅威で船が出せないので行き止まりと言っていい。

 その妹考えなしだな、と思いながら言った。


「ならほっとけばここに戻ってくるだろう」

「それはどうかな」

「どういう意味だ?」

「妹はリサヴィの後を追ったようなのだ」

「リサヴィ!?」


 その言葉でリオにボコられたときの恐怖が蘇る。

 それに気づかないのか隊長は話を続ける。


「リサヴィは強力なパーティだ。オッフルに戻ってくるとは限らない。海を渡ろうとしても船を出す者はいないだろうが、ハイト山脈越えする可能性はゼロではない」

「いや、ちょっと待ってくれ!」


 隊長の目がすっと細まる。


「……受けた後すぐにキャンセルか?」

「そ、そうは言わねえがよ……」

「ならいい」


 そこで隊長が突然話を変えた。


「そう言えばリサヴィには神官が二人いるんだったな。サラともう一人はアリスだったか」

「あ、ああ。それがどうした?」

「治療魔法はアリスの方が優れていると聞く」

「何が言いたいんだ?」

「うまく頼み込めば戦闘不能になった者達の治療をしてもらえるかもしれないと思ってな」

「……」


 副団長はアリスと会ったときのことを思い出し、それは不可能だと思った。

 不可能というのは治せないという意味ではなく、それ以前の問題なのだ。

 サラはリオにボコられた彼らを治療してくれたが、アリスは一切の治療を拒否したからだ。

 だが、確かに隊長の言う通り可能性はある。

 それに他の手段となるとサラ達より高位の神官、例えば六英雄の一人であるナナルを頼るくらいだが、滅多に会える存在ではないし、治療費にいくら請求されるかわからない。

 それに悩んだところで彼には選択の余地など最初からなかった。

 副団長は報酬を確認して商業ギルドを後にした。



 副団長はアリスに治療を頼む相手を団長と頭のおかしくなった傭兵のどちらにするか悩んでいた。

 隊長の妹の連れ戻しがメインなのでいざという時に戦力にならない者を二人も連れて行くわけにはいかないのだ。

 悩んだ結果、頭のおかしくなった傭兵を連れて行くことにした。

 団長は内面的な問題なのでまだ自力で復活する可能性があるとの判断からだ。

 実際の依頼実行メンバーだが、連れ戻す相手が女性ということで女傭兵(ノーマル趣味)を二人連れて行くことにした。

 頭のおかしくなった傭兵はともかく、女傭兵達はリサヴィとの再会を嫌がると思い説得に時間がかかると思っていたがすんなりOKしたので逆に拍子抜けした。

 こうして副団長と頭のおかしくなった傭兵、そして二人の女傭兵(ノーマル趣味)が隊長の妹を連れ戻しにフェランへ向けて出発した。


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