674話 ロックの夢
リサヴィが去った後、責任者は二階の見学ルームに向かうとロックに今回の試験結果を報告した。
その顔はとても誇らしげだった。
(ウィング・フォーの開発はほとんどクレッジ博士が行っていたはずですが)
ロックは内心そう思っていたものの口にしたのは別のことだ。
「私もここから見ていましたが、ウィング・フォーの性能には満足しています」
「ありがとうございます!」
「しかし、量産は出来ないんですよね?」
ウィング・フォーがナンバーズの部品を流用して作っていることはロックも知らされていた。
というか開発費の多くがその購入費に当てられているのだから当然と言えた。
「そ、それは……」
ロックにアリスと同じ指摘を受けて責任者は一瞬、口籠もる。
「確かにウィング・フォーは素晴らしい出来です。あの魔装具に勝るものはカルハンにすらないでしょう。しかし、私共は商売であなた方に投資しているのです」
「も、もちろん理解しておりますっ、はいっ」
「ではウィング・フォー最大のメリット、使用者の魔力を必要としない件ですが量産時には具体的にどうするのですか?」
「そ、それは……」
「そう言えばフラインヘイダイがナンバーズの劣化版のマナサプライヤーを搭載しているような話をされていたようですが」
「は、はい、それはですね……」
責任者はハンカチを取り出して汗を拭きながら考える。
(ここにいてどうやって私達の会話を知ったのでしょう?)
その疑問はすぐに解けた。
見学ルームにいた試験魔装士と目が合うと彼は素早く目を逸らしたのだ。
(……そういうことですか)
試験場の一階は人数制限したため出番が終わった者やまだ先の試験魔装士は二階のこの見学ルームで待機していた。
その時にロックに聞かれたか自ら話したのだろう。
ロックが試験場での会話を知っていた謎は解けたが問題は解決しない。
「将来的にはフラインヘイダイのものを解析して搭載するとしてもそれはずっと先の事でしょう。当面はどうするつもりですか?」
ロックの催促に責任者は慌てて答える。
「は、はい、その事ですが以前にクレッジ博士に確認したところバックパックにプリミティブをセットすれば代用出来るのではないかという話でした。プリミティブは消耗品ですので定期的に交換する必要がありますが」
ロックが考えながら尋ねる。
「私の記憶ではリムーバルバインダーは使用者の魔力を送ることでコントロールしていたと思うのですが合っていますか?」
「は、はい。その通りです」
「そうなりますとバックパックにプリミティブを搭載しただけでは使用者とリムーバルバインダーとの間にパスが出来ず操作できないと思うのですが。もしかしてクレッジ博士はそこも解決していたのですか?であればリムーバルバインダーの干渉問題解決以上の成果だと思うのですが」
「い、いえ、それはナンバーズのブラックボックスの機能かと……」
「……では量産品はリムーバルバインダーの操作が出来ないということですか?バックパックにプリミティブを積んでも意味がないのではないですか?」
ロックの厳しい視線に晒された責任者は慌てて対応策を説明する。
「さ、流石にウィング・フォーと同じとはいきませんが、手動で操作する方法を導入するつもりですっ、はいっ」
「手動……それはどういうものですか?」
「は、はい。クレッジ博士はカシウスのダンジョンで鹵獲したゴーレムを人が操作できるように改造しその動作実験は成功しております。そのゴーレム操作に操縦者の魔力は必要ないそうで、そのとき使用した術式が応用できるのではないかと考えています」
責任者はバックパックの側面に操縦桿を設けてそれを握ってリムーバルバインダーを操作するのだと説明する。
「もちろん、その場合、手が塞がって他のことが出来ませんが今でも魔装士はリムーバルバインダーを操作しながら何かするということはないのでそれほど問題とは思いませ」
「……なるほど。対策も検討していたのですね」
「は、はい、もちろんですっ」
ロックは責任者の言葉を聞き終えて初めて笑顔を見せた。
「すばらしい!前任者とは大違いですね!」
「は、はは、ありがとうございます」
ロックが笑顔になったのを見て責任者はほっとするものの、予想以上に大喜びしているのを見てすぐ不安になり、今のうちに懸念点を挙げておくことにした。
「これはあくまでも私の個人的な意見なのですが、」
「どうぞ。気になる点があるのでしたら話してください」
「は、はい。ウィング・フォーを最適化した魔装具ですがリムーバルバインダーの制御に高ランクの魔物のプリミティブを必要とすることになるかもしれません」
「確かにそうかもしれませんね」
責任者は販売価格が高額になると知ったロックが「では売り物になりませんね」と不機嫌になることを恐れていたのだが、ロックが笑顔のままあっさり同意したので安堵と共に拍子抜けした。
責任者は素直に疑問を口にする。
「最適化したものが量産出来たとしても非常に高価となり売れないのではないでしょうか?」
「確かに数はそう出ないかもしれません。しかし、売れる、採算はとれると私は思っています」
「そうでしょうか?」
「ええ、何故なら冒険者の素質がない者でもその魔装具を装備すれば“本物の”冒険者になれるのですから」
(そう、この私でも!)
彼は冒険者に憧れたものの運動神経や魔力が冒険者の最低基準すら満たしておらず、断念したという過去があった。
彼が魔装具にこだわっていたのは才能のない彼でも冒険者になれる可能性を見たからだ。
あらゆる機能をオミットした廉価版魔装具を装備したニセモノではなく、ホンモノの冒険者として活躍できる魔装具が開発されることをずっと待っていた。
そしてそれが、ウィング・フォーが誕生したのである。
リムーバルバインダーを使いこなすには高い空間認識能力が必要だが、何もリムーバルバインダー四枚を同時に操らなければならないわけではない。
一枚くらいなら慣れればなんとかなると思っていた。
実際、二枚同時に操作出来る者すらごく僅かなのだ。
「ロックさん?」
突然沈黙したロックに責任者が不安気に声をかける。
「ああ、すみません。少し考えごとをしていました」
「そうですか。それで再度確認ですがロックさんは高価になっても大丈夫だとお考えなのですね?」
「ええ。ターゲットは裕福層です。高くても護身用として購入してくれるでしょう」
「な、なるほど」
「それとは別にウィング・フォーの開発で得られた技術は干渉問題を含め既存製品の改善に役立ちます。それらの効果で従来品の売り上げも期待できます」
「はい、それはお任せください」
ロックが笑顔で言った。
「これらの結果があれば魔装具開発はこのまま継続できるでしょう。いえ、私がなんとしても続けさせます」
「ありがとうございます!魔工所の者達も安心することでしょう」
「ただ、会長を含め上の方達にウィング・フォーのデモをして頂く必要はあります」
「はい、それは当然でしょう」
「ヴィヴィさんが試験魔装士を担当して頂ければ間違いないのですが」
「確かにそうですが、うちの試験魔装士達もヴィヴィさんに刺激されてやる気になっていますので」
「そうですか。いえ、そうですね。これを機に試験魔装士達の技術向上を図ってください」
「はい」
「あとはサラさんの言っていました魔族、ですか」
「はい。ただ、そう言っていましたのはサラさんだけで確証は何もありません」
「そうですね。とはいえ、会長達へのお披露目はもう少し安全確認をしてからがいいでしょう」
「はい。私もそう思います」
「ではそれでよろしくお願いします」
「おまかせ下さい」
責任者はロックとの交渉が無事終わり、ほっと胸を撫で下ろす。
そこへロックが再び声をかけて来た。
「ところで」
「はい?」
「私にも試させてもらえませんか?」
「え?」
ロックが一階の試験場でウィング・フォーを装備した試験魔装士を指差す。
「あ、ああ!もちろんです!しかし、その前に魔装具について説明を受けてくださいね。ロックさんに怪我をされては大変ですので」
「もちろんです」
ロックは魔装具について十分知識を持っていると自負していたがそんな些細なことで口論するのは時間の無駄なので素直に頷いた。




