666話 その名はウィング・フォー
リオ達は責任者に試験場へ案内された。
試験場の奥に倉庫があり、そこには沢山の試作品と思われる魔装具が保管されていた。
その中で一際目立つ魔装具があった。
そのフォルムはどちらかといえばカルハン製を思わせ、明らかにこれまでのフェラン製とは一線を画していた。
一番の特徴は四つもリムーバルバインダーを装備していることだ。
そのリムーバルバインダーだが、バックパックから伸びた四本の細い腕に接続されていた。
リムーバルバインダーの形状は地面に向かって細く尖り、接近戦では刺突武器としても使えそうだ。
ヴィヴィがその魔装具を指差して責任者に確認する。
「ぐふ、これか」
「はい」
ヴィヴィが素朴な疑問を口にする。
それはサラ達も思っていたことだった。
「ぐふ、これは本当に改良品か?見る限りこれの元になった魔装具は見当たらないが」
責任者はしばし沈黙後口を開いた。
「……私達は改良をお願いしました。するとこれが出来ました」
「ぐふ」
「ちなみにこの魔装具の名ですが“ウィング・フォー”といいます。クレッジ博士が名付けました」
四枚のリムーバルバインダーを翼に見立てて名付けたのだと容易に想像がつく。
「名前つけるの好きですね」
以前、鹵獲したゴーレムに“Gガイム”となんだかよくわからない名前をつけていたのをサラは思い出す。
(今回はまとも、と言っていいのかしら)
ヴィヴィが責任者に性能について尋ねる。
「ぐふ、この四つのリムーバルバインダーに武器は収納出来るのか?」
「はい、見た目通り収納スペースは少ないですが」
「ぐふ、武器への魔力供給はどうだ?」
「その機能も一応備わっている、はずです」
どこか歯切れの悪い返事だった。
「ぐふ、私はこれのテストをすればいいんだな?」
「はい、お願いできますか?」
「ぐふ、いいだろう」
ヴィヴィがウィング・フォーを装備をするため他の者は倉庫から出た。
この時、責任者はヴィヴィが女性であることを知った。
試験場内にはヴィヴィがクレッジ博士の開発した魔装具のテストをすると知って多くの技術者や試験魔装士が集まっていた。
その中に先程警備員に連行されて行ったはずのあの元責任者もいた。
「……黒い悪魔のような人ですね」
そう責任者が呟くが幸いにもその声は元責任者には聞こえなかったようで再び言い争いが起こることはなかった。
アリスが試験場内を見渡した後で責任者に尋ねる。
「あのっ、ロックさんがっ見学に来るって言ってましたけどっいませんねっ」
「ああ。ロックさんはですね、どうしても外せない用件が出来たとかで少し遅れるそうです」
「そうですか」
「ただ、ロックさんに何かあってはまずいですのであちらで見学することになっています」
そう言って責任者が二階にある見学ルームを指差す。
「そうなんですねっ」
見学ルームは魔法のシールドで覆われており、何人か見学者がいるようだった。
しばらくして新型を装備したヴィヴィが現れた。
やって来るなりヴィヴィが不機嫌そうな声で言った。
「くれっじ」
アリスが首を傾げる。
「ヴィヴィさんっ、クレッジ博士がどうかしたんですかっ?」
それに答えたのはヴィヴィではなく責任者だった。
「違うんです。あの魔装具の口癖です。カルハンのを真似たみたいで」
「えっとっ、それがくれっじ、なんですかっ?」
「はい……」
「それを設定したのは?」
「……もちろん、クレッジ博士本人です」
「くれっじ、この口癖はオフに出来ないのか?やり難いぞ」
ヴィヴィの不満の声に責任者は申し訳なさそうな表情をしながら言った。
「残念ながらオフには出来ません」
ヴィヴィが新型魔装具ウィング・フォーのテストを開始した。
バックパックに装備された四つのリムーバルバインダーが一斉にパージされ宙に浮いた。
そして空中を自由に動き回る。
その様子を見て技術者達が歓声を上げる。
「すごい!本当に四つ同時に動かせたんだ!」
「しかもこれまでで一番動きがいい!」
「ああ!現状のものよりもだ!カルハンのものよりも反応が速いんじゃないか!?」
数分後、ヴィヴィはリムーバルバインダーを元に戻してから感想を述べた。
それは技術者達とは大きく異なっていた。
「くれっじ、こんなピーキーな動きをするリムーバルバインダーをそれも四つとはとても正気とは思えん。本当にこれを量産する気か?」
「はやりそう思いますよね」
責任者は否定しなかった。
彼はその言葉を試験魔装士達から散々聞かされていたのである。
「しかし、流石ヴィヴィさんです!今までこの魔装具をまともに扱えた者は一人もいなかったのです」
「くれっじ、私もまともに扱えているとは言えんがな」
「いえいえ!それでも四つを同時に操作できたのはヴィヴィさんが初めてです!」
ヴィヴィはくいっと顎を少しあげ、「それほどでもある」と言っているようだった。
「それで性能は如何でしたか?」
「くれっじ、確かにこれはカルハンのものより性能が高いようだ」
クレッジ博士はカルハンのものを凌駕するものを完成させたと断言したが、魔装具のスペックが高い分、使用者への要求スペックも高くなっていた。
これまでこの魔装具をまともに使いこなせる者がおらず、博士の主張するスペックが本当にあるのか確かめることが出来ていなかった。
それが今、ヴィヴィが操作して見せた事で博士の言葉が事実だと証明されたのだ。




