665話 フェラン魔工所
案内人はリオ達を応接室に案内すると去って行った。
しばらくして白衣を着た研究者らしき者がやってきてフェラン魔工所の魔装具開発責任者だと名乗った。
彼はフェランの魔術士ギルドから出向して来ているとのことだった。
彼の他にも魔術士ギルドから何人か出向して来ているらしい。
お互いの挨拶が終わった直後、ノックもせずに一人の男が応接室に入ってきた。
サラ達は後から入って来た男が偉そうな態度をしているので「所長かな」と思っていたが、責任者は彼に一度ちらりと目を向けただけで紹介するどころか彼など存在しないかのようにリオ達に今回の依頼について説明を始めようとする。
それをリオ以外が不思議に思っていると無視された当人が会話に割り込んできた。
「おいこら!なんで俺を紹介しない!?」
責任者は面倒くさそうな顔でその男を見た。
「なんでって、あなたはもう関係ないでしょう。そもそも何でここに来たんですか」
「ざけんな!」
そう言うとその男が偉そうな態度でリオ達に自己紹介を始める。
「俺はこの魔装士開発部門の元責任者だ!よろしくな!」
「ちょっと何勝手なことしてるんですか!?邪魔しないで下さい!」
「何が邪魔だ!?俺はお前の元上司で先輩でもあるんだぞ!」
「元であって現在の上司ではありませんし、今、先輩後輩は関係ありません」
「なんだその言い草は!?あん!?」
「リサヴィの皆さんの前で恥ずかしいですからやめてください!」
「お前が先にケンカ売ってきたんだろうが!」
責任者は相手にしていられないとばかりに応接室のドアを開けると声を上げて警備員達を呼ぶ。
「すみません!こちらに来て部外者を追い出してください!」
「てめえ!誰が部外者だ!?あん!?……って、ちょ待てよ!俺は元責任者だぞ!」
元責任者は警備員達に引きずられて姿を消した。
「すいません、お見苦しいところをお見せしてしまいまして」
「いえ、ああいうのには慣れていますので」
「ですよね」
「……は?」
「い、いえっ、なんでもありませんっ!」
サラは責任者に今の言葉の意味を追求しようとしたがその前にヴィヴィが口を開いた。
「ぐふ、奴か。ホラ吹いてロックを怒らせたというのは」
「その通りです!ご存知でしたか!?」
責任者はサラの追求を逃れるためヴィヴィの質問に飛び乗った。
「何で出しゃばってきたんですかっ?」
アリスの問いに責任者はため息をついてから答えた。
「あの人は人の手柄を横取りするのが得意なんですよ。自分の失敗を他人に押し付けるのも得意ですが」
「はあ」
「今回も皆さんが来るということをどこかで聞きつけて何とか責任者に復帰するチャンスがないかとやってきたのでしょう」
「えっとっ、そんなことっ可能なんですかっ?」
「無理でしょう」
責任者は考える素振りを見せることなく即答した。
「ロックさんは彼の言葉を信じたばかりにお客さんの前で大恥をかかされたと大変ご立腹でした」
サラがちらりとヴィヴィを見るがヴィヴィは仮面が邪魔でどのような表情をしているか不明だ。
その場にいなかったアリスはサラの行動を見てその客がヴィヴィだと珍しく気づいた。
ちなみにリオは無反応だった。
興味がないのか覚えていないのかは不明である。
「彼はロックさんに嘘をついたことを謝罪するどころか丸め込もうとして更にロックさんを怒らせて責任者を解任されたのです」
「ロックさんってそんなに偉い人だったんですかっ?」
「それもありますが、そもそもこのフェラン魔工所はサイゼン商会の資金援助で成り立っていると言っても過言ではないので」
「そうなんですねっ」
「私達は以前からあの人の適当な言動で大迷惑を被っていたので意見を言ってくれた人に大変感謝しています」
責任者がその発言者であるヴィヴィに直接礼を述べなかったことからロックはそこまで詳しく話していなかったとわかる。
当人であるヴィヴィが名乗り出ないのでサラ達も黙っていた。
「実は今、私達は窮地に立たされているのです」
「窮地、ですか」
「はい。このフェラン魔工所が作られた目的は魔装具開発です。しかし、今だカルハンの第二世代にすら追いついていない状況です」
「ぐふ、リムーバルバインダーの混線が解決していないか」
「ご存じでしたか。いえ、ヴィヴィさんなら知っていて当然かも知れませんね」
「確か二つ同時に操作すると互いに干渉してカルハンのほどうまく動作しない、でしたか」
責任者がサラの言葉に驚いた表情をする。
「まさかサラさんまで魔装具に詳しいとは……」
「いえ。以前にヴィヴィが言っていたのを思い出しただけです」
「そうですか。サラさんの言う通りです。実際に二つ同時に操れる者はほとんどいないので実害はないのですが劣っているのは事実です。そんな私達をあざ笑うかのようにカルハンは第三世代の量産を始めたそうで性能差は広がる一方です」
「ぐふ、カルハンは大陸西半分を支配している大国だ。魔法王国を名乗るだけあって魔術士ギルドの数も多い。その中から優秀な人材が集まって魔道具開発をしているのだ。他の国が追いつくのは難しいだろう」
「カルハンの魔装具を調べてもダメなんですかっ?」
アリスの問いに責任者は首を横に振る。
「自壊術式が組み込まれていて魔道具を分解しようとするとその術式が発動して壊れてしまうのです」
「そうなんですねっ」
「はい。そこで私達は苦渋の決断をしました。恥を忍んでマルコの魔術士ギルドのクレッジ博士に協力を求めたのです」
「クレッジ博士はそんなに有名なのですか?」
「ええ。彼は魔道具の改良が非常に得意なのです。それで我々が開発した魔装具の改良をお願いしたのです」
「ぐふ、前から不思議に思っていたのだがクレッジ博士、いや、マルコの魔術士ギルドによく協力を依頼出来たな」
魔術士ギルドは冒険者ギルドやジュアス教団とは異なり国の組織だ。
そのため、各国の魔術士ギルドは一定の協力関係を持っているが国に不利益をもたらすと思われる魔法、術式は国が厳しく管理しているのである。
とりわけ魔道具についての技術は秘匿とされる。
マナランプなどの簡単な構造の魔道具は製法が知れ渡りどの国でも作れるが、その国でなければ作れないという魔道具も少なくない。
これらにもカルハンの魔道具と同様自壊術式あるいは同等のコピー防止対策が講じられている。
責任者がヴィヴィに答える。
「そこはサイゼン商会が仲立ちをしてくれたのですが……」
責任者の歯切れの悪い言葉と表情からどうなったか想像がつく。
「ぐふ、斜め上のものが出来たか?」
「えっと、それはまあ、ヴィヴィさんが実際に試して判断して頂くということで。クレッジ博士は『カルハンを超えた』と豪語しておられました」
責任者はにっこり笑顔で言ったが、顔は引き攣り額から汗が流れ落ちるのをサラ達は見逃さなかった。




