656話 遺跡探索者ギルドの影
冒険者の街ヴェイン。
グラマスであるホスティのもとに補佐官のシージンがやって来た。
「ホスティ様、アズズ街道が解放されたとのことです」
「そうか。一安心だな」
「はい。なお出現した魔物ザブワックですが、そのプリミティブを確認したところ魔族だったと判明しました」
「なんだと!?」
ホスティは思わず立ち上がるが、すぐに座り直した。
「また魔族か。だが倒したんだ。今は喜ぶとしよう」
「はい」
「それで誰がやった?」
「BランクパーティのカレンとCランクパーティのリサヴィとのことです」
リサヴィの名が出てグラマスは複雑な表情をする。
前回、彼らに悪印象を与えてしまったからだ。
「それで被害は?」
「ありません。死者ゼロとのことです」
「やはりあいつらの実力は本物だな」
フルモロ大迷宮でも魔族が見つかっており、そちらも倒すことは出来たが犠牲者を出した。
「まあ、単純に比較はできねえが、リサヴィは金色のガルザヘッサに続いて二体目の魔族撃破だ。その実力はもはや疑いようもないな」
「はい」
実際にはカルハンにあるサイファのラビリンスでも魔族を撃破しているので三体目なのだがこちらは公にされていない。
「あとカレンだったか。そいつらのことは知らんからあとで情報をくれ」
「かしこまりました」
「その二組だが、魔族を倒したとなると特別報酬を与えてやるべきか」
「そのことなのですが、」
「どうした?」
「カレンはともかく、リサヴィは受けとるかわかりません」
「なに?それはどういう意味だ?」
「リサヴィは依頼を受けていたわけではなく、カレンを手伝っただけのようなのです」
シージンの言っている意味が理解出来ずグラマスは首を傾げる。
「手伝っただけだと?なんだそりゃ?」
「詳細はまだ確認中なのですがオッフルのギルマスがリサヴィに高圧的な態度で討伐を命令したために怒りを買い、依頼を断られたらしいのです」
「ギルマスもギルマスだがサラも案外短気だな。いや、あのヴィヴィか」
ホスティは会談したときのことを思い出す。
「いえ、どちらでもありません。リオのようです」
「リオ……あいつか」
「はい。リオはギルマスに依頼を受けないと冒険者ギルドを辞めさせるとの脅しを受けて腹を立ててその場で冒険者カードを投げ捨てたそうです」
「なんだと!?」
「残りのメンバーもリオに倣い脱退の意思を示したそうです。更にリオからは遺跡探索者ギルドへの移籍を示唆する言葉も飛び出したとのことです」
「何やってくれんだ!あのバカギルマスは!?」
グラマスはテーブルを思いっきり叩いた。
このテーブルはよくグラマスの八つ当たりの被害に遭うので頑丈なものを特注したのだが、今の衝撃で亀裂が入った。
シージンは内心「もっと頑丈なものを発注しなければ」と思いながら話を続ける。
「落ち着いてください。ギルド脱退は確定ではありません。去り際にサラに全員分の冒険者カードを渡したところ受け取ったとのことです」
「そうか。しかし、安心はできんな」
「おっしゃる通りです。実際、リサヴィはフェランの冒険者ギルドに一度も顔を出していないそうです」
「フェランギルドに意思確認をさせた方がいいと思うか?」
「一度試みたそうですが拒否されたようですのでしばらくは様子見がよいかと」
「そうだな。フェランギルドにそう伝えてくれ」
「かしこまりました」
「まだお知らせすべき情報があるのですが」
シージンは無表情であったが、彼と長い付き合いのホスティはその顔を見て悪い情報であると察した。
「聞きたくないが言ってみろ」
「オッフルに遺跡探索者ギルドの支部を立ち上げるという話が出ているようです」
「なんだと!?」
「なんでもサイゼン商会が遺跡探索ギルドに働きかけ援助も申し出たそうです」
「サイゼン商会か。クズどものやらかしで最初に被害にあった商会だったな」
「はい。アズズ街道警備を依頼している大商会の一つでもあります。彼らは他の大商会にも話を持ちかけており、今回の件もありどの商会も前向きに検討しているとのことです。支部が出来た際にはアズズ街道警備の依頼を遺跡探索者ギルドに変更するつもりなのでしょう」
「だろうな。それしか遺跡探索者ギルドを誘う理由は思い浮かばん。その情報はどのくらい確かなのだ?」
「ほぼ間違いないかと」
グラマスはシージンの情報収集能力の高さを知っている。
彼がそこまでいうのなら間違いはないのだろうと思った。
「俺が出向いても考えを変えさせるのは無理か?」
「はい、おそらく無理でしょう。今回、サイゼン商会の次期会長と噂されているご子息のご友人が亡くなられたとのことで怒りが凄まじいとのことです。その亡くなった者はご子息の妹の婚約者でもあったそうです」
「私情を挟むなと言いたいところだが無理だろうな」
シージンは静かに頷いたあと続ける。
「遺跡探索者ギルド支部ができた際にはオッフル所属の冒険者達の多くが遺跡探索者ギルドへ入会すると予想されます。最悪、冒険者ギルドを脱退しての完全移籍もあり得るかと」
「……カルハンの再来か」
「はい」
当時のことを思い出してホスティの表情が歪む。
冒険者の魔装士は廉価版魔装具を装備した魔装士のせいで魔装士自体の評価が非常に低い。
優れた魔装士の多くはカルハン出身の者であり、低い評価と“棺桶持ち”や“荷物持ち”などと蔑称で呼ばれるのに腹を立て活動範囲をカルハン国内に限定している者が多かったが、カルハンで冒険者ギルドの対抗組織ともいえる遺跡探索者ギルドが設立されるとこぞって移籍してしまった。
冒険者ギルドと同時に加入することができるにも拘らずである。
それも彼らだけでなく、パーティごと移籍したにだ。
その中にほんの一握りしかいないSランクの冒険者パーティが含まれていたので大騒ぎになったものである。
ちなみにその時ホスティはまだグラマスではなく、その時のグラマスの失態を指を咥えて見てるしかなかった。
「オッフルギルドの廃止とまではいかなくとも縮小は避けられねえな。アズズ街道警備の依頼が無くなったらあのギルドの存在価値はねえ」
「はい」
「だからと言って手をこまねいて見てるわけにもいかねえ。最低でも冒険者の流出だけは止めねえとな。中でもリサヴィは絶対だ!」
「はい。遺跡探索者ギルドの入会試験は厳しいと聞きます。最悪、引き抜かれた結果、冒険者ギルドには、」
そこでシージンは一旦言葉を止めてから続けた。
「あえて汚い言葉を使わせていただきますが、クズ冒険者しか残らない可能性もございます」
クズ冒険者という言葉でホスティが爆発する。
「なんでクズ冒険者が減らねえんだ!?どっから湧いて来やがるんだ奴らは!?」
その怒りを一身に受けたテーブルが真っ二つになった。




