65話 ストーカー対策会議
サラはリオから予めウィンドのメンバーの事を聞いていたが、実際に共に行動することで彼らの事をよく知ることができた。
まず、リーダーの戦士であるベルフィはBランクにふさわしい腕前で人柄もいい。ただ、金色のガルザヘッサの事となると人が変わるのでここは注意が必要だ。
魔術士のナックは女好きでサラも口説かれた事があるがすぐ冗談だとわかり、パーティ内恋愛をしないというのは本当のようだ。リオにおかしな事ばかり教えることを除けば悪い人間ではない。魔術の腕だが、強敵と出会っていないのでまだはっきりわからないがリオの話を聞くかぎり中級以上の魔法を使いこなすみたいなのでBランクに相応しい腕を持っているはずだ。
盗賊のローズは会った瞬間から嫌われているとわかった。事ある毎に食ってかかってくるが神殿にもそういう人はいたし、それほど気にしていない。肝心の腕だが、まだ盗賊としての技術は見ていないが、弓や短剣の扱いは大したものだ。
問題は副リーダーのストーカー、もとい、戦士のカリスだった。
彼は完全にダークホースだった。
サラは最初、カリスの事をなんとも思っていなかったが、数々のストーカー行為から今は嫌悪しており、会話どころか顔も見たくない。
今までの行動を振り返って見てもカリスを特別扱いした覚えは一度もないのだが、カリスはサラを彼女だと思い込んでいる節がある。
サラはカリスを素気なく扱い興味がないことを態度で示しているのだが全く効果がないどころか、逆にその行為をツンデレと勘違いしている気がしていた。
サラがカリスにデレた事など一度もないのだが。
サラは神殿にいる時、様々な冒険者に会ったが、ストーカーには出会った事がなく、どう対応していいのかさっぱり分からず、ほとほと参っていた。
一番困るのはサラがリオと一緒にいると、カリスはリオに嫉妬して強引に引き離しにかかったりして、サラの本来の目的であるリオの魔王化阻止に支障が出ている事だった。
ウィンドとリサヴィは手頃なDランクの魔物討伐依頼を受けた。
依頼は達成したが内容がよくなかった。
ウィンドとリサヴィの混合パーティの隊列は、パーティメンバーを入れ替える事はせず、前衛ウィンド、後衛リサヴィとした。
細かく言えば、隊列は二列で、前からベルフィとカリス、ナックとローズ、サラは一人で最後がリオとヴィヴィという組み合わせだった。
ローズは変則的で偵察で別行動を取ったり、ダンジョンなどでは先頭に立つ事になる。
その際にはナックとサラの組みとなる手筈だ。
しかし、この隊列を乱す者がいた。
カリスである。
サラにいいところを見せようと戦いでは一人飛び出したり、移動時は勝手に後ろに下がってサラと並んだり、とやりたい放題であった。
ベルフィは注意するものの自分の力に自信があるためか、前衛が自分一人になってもあまり気にしていないようだった。
そんなわけで依頼は達成したものの、カリスの相手をさせられたサラのストレスは溜まる一方であった。
肝心のリオの監視もカリスに邪魔されて思うようにいかず本当に参っていた。
依頼を受けた街に到着後、ギルドに依頼達成報告をすると宿屋に向かった。
部屋の取り方でカリスが一人騒いだが皆無視し、今まで通りパーティ毎に部屋を取った。
ウィンドが泊まる部屋のドアをノックする音に即座に反応したのはカリスだった。
相手が名乗る前にドアを開けた。
「どうしたサラ……って、何しに来やがった?」
相手がサラではなくリオとわかりカリスは途端に不機嫌になる。
「ナックいる?」
「どうしたリオ」
中からナックがやって来た。
「ナックに相談があるんだ」
「ほうっ。それは女の事だな!?」
「どうだろう?」
リオは自分から相談があると言っておいて用件を聞かれると首を傾げた。
おかしな話だがリオだからと皆納得し、当のナックも突っ込んだりしない。
ナックの背後でチッ、と大きな舌打ちがした。
「ナック!話すんなら外でやりなっ」
「へいへい。よしっ、飯屋に行くか。ちょうどこの街にはお前に覚えて欲しい料理があったんだ」
「わかった」
「おい、リオ」
カリスが不機嫌な表情のままリオに声をかける。
「ん?」
「サラはどうした?俺を待ってんじゃないのか?」
「さあ?」
「俺にサラからの言伝があるんじゃないか?」
「ないよ」
「お前にホントに役に立たねえなぁ」
「そうなんだ」
カリスがいい事思いついたとでもいうように笑顔になる。
「よしっ、俺も出てくるぜ!今日、俺とサラは宿屋に帰ってこないと思うが気にするな!明日の朝には戻ってくるからよ!」
「「「……」」」
カリスは皆が唖然とする中でウキウキと出かける準備を始める。
カリスの言葉に驚き、動きが止まっていたナックは我に返り、先に準備を整えるとリオと共に出かけた。
ナックとリオが宿屋から出るとサラを呼ぶカリスの声が宿屋の外まで聞こえて来た。
宿からしばらく離れたところで二人の前にサラとヴィヴィが現れた。
実は二人が宿屋を出たところからずっと付けていて姿を現す機会を窺っていたのだった。
「あれ?サラちゃんにヴィヴィ?」
「上手くナックだけ呼び出せたようですね」
その言葉でナックは本当はサラが自分に用事があったのだと悟る。
リオが能動的だったことに違和感を覚えていたナックはそういう事だったのかと納得する。
「まあ、ローズが睨んでたからな。あれじゃ本当にリオに相談があっても部屋では話せないぜ」
「なるほど。ローズがリオを嫌っていてよかったです」
「おいおい」
「それでどこへ行くつもりだったのですか?」
「ああ、飯屋だ。リオに料理を覚えてもらおうと思ってな」
「そうですか。ですが、それは今度にして下さい。邪魔が入るかもしれません」
邪魔とは言うまでもなくストーカーカリスである。
サラが部屋にいない事に気づき、ナックと一緒に出かけたと思って追って来るかもしれないからだ。
「わかった。サラちゃんの話が本題なんだよな?」
「はい」
「まあ、内容は見当がつくがな」
「それは話が早くて助かります。ではギルドへ向かいましょう」
「わかった」
ギルドで打ち合わせに使う部屋を借り、部屋に入るなり早速本題に入った。
内容は言うまでもなくカリスの事である。
「カリスはどうしたら諦めてくれるのでしょうか?」
「一応確認だけどよ、百パーセントない?」
「ないです」
「そっかぁ」
ナックは少し寂しそうな表情をしたが、すぐにいつもの陽気な笑顔に戻る。
「サラちゃんはどんなタイプが好きなんだ?」
「私はそういう事考えた事ありませんがカリスが無理なのは確かです」
「体格?性格?」
「全部ですね」
「全部かぁ。じゃあ、どうしようもないなぁ」
「それで何かいいアイデアはないですか?」
「そうだなぁ……」
意地が悪い事には定評のあるヴィヴィが面白そうに言った。
「ぐふ。正直に言ったらいいではないか。お前はショタコンだからカリスは全くタイプではないと」
「な……」
「やっぱそれかなぁ」
ナックがヴィヴィの案に同意する。
「なんですかっ『やっぱそれかなぁ』って!なんでそうなるんですか!?」
「いや、それなら不自然じゃないし、色々納得すると思うんだ」
「ぐふぐふ」
明らかにこの状況を楽しんでいるヴィヴィをサラが睨みつける。
「私は全く納得できません!」
「ぐふ。しかし、リオを見る目がな、野獣のようだからな」
「ヴィヴィ!」
「まあまあ」
「私はショタコンではありません!」
サラがハッキリ断言するが、同意は得られず沈黙が返ってきた。
「あのっ、聞いてますか?そ、それにリオはショタと呼ばれる歳じゃないです!」
「「……」」
「そうなんだ」
サラは空気を読まないリオの頭を無意識にグリグリしながら尋ねる。
「あの、聞いてます?」
「……」
「……まあなんだ、ヴィヴィの案は最後の手段だな。サラちゃん、カリスの相手するのはそこまでキツいのか?」
「最後の手段て……」
「どうなんだ?」
サラはため息をつく。
「……ナック、あなたはストーカー被害にあったことはないのですか?色々あちこちでところ構わずやりたい放題してるのですから一回や二回はあるでしょ?」
「ストーカーって、カリスもひでえ言われようだな」
「事実です。それでどうなんですか?」
「……まあ、ないとは言わないが」
「ではどれだけ苦痛かわかるでしょう?私の場合はそのストーカーと一緒に行動しないといけないのですよ!しかも冒険者の先輩で、今後一緒のパーティになるかもしれないからそのストーカーに気を使わないといけないんですよ!」
「わかったから落ち着けって!」
「もうはっきりストーカー行為をやめろと本人に言っていいですか?」
「それは流石に待ってくれ!」
興奮したサラをナックがどうどうと落ち着かせる。
「……すみません、私らしくないところを見せてしまって」
「ぐふ。気にするな。通常運転だ」
「そうなんだ」
サラがリオを殴りつけてヴィヴィを睨みつける。
「わかったから!今夜それとなく話しておくからっ」
「……お願いします」
リオが「あっ」と声を上げた。
「どうしました?」
「そういえばカリス、今日サラと出かけるって言ってた気がするけどサラはここにいていいの?」
「は?」
「おう、そう言えばそんな事言ってたな。一応確認だが……」
「妄想です」
「だよな」
この後、サラは宿屋の前でカリスの待ち伏せを受けた。
サラはカリスの待ち伏せを予想していたので今日は教会に泊まろうかとも考えたのだが、リオとヴィヴィを二人っきりにするのが不安だったので諦めた。
サラはカリスから意味不明な文句を言われたが無視し、彼を振り払うと部屋に閉じこもった。
リサヴィの部屋の前で喚き立てるカリスだったが、ベルフィとナックに説得されて納得したかはともかく彼らと部屋に戻っていった。
サラはナックの説得がうまく行くことを願って眠りについた。
で、翌日。
「さらぁ!」
カリスの顔に似合わぬ甘ったるい声にみんなが引き攣った表情で何事かとカリスを見る。
名前を呼ばれたサラは悪寒が走り、全身の毛穴が開いたかと思うほど嫌悪感を抱いた。
ナックはカリスの説得が上手くいかず、最後の手段「サラはショタコンだから諦めろ」と話した結果がこれであった。
ストーカーランキング一位の座は伊達ではないのだ。
タイプではないと言われたくらいで諦めるはずはなく、出来る範囲でショタになり切ろうと考えた結果、甘えたような呼び方をすることにしたらしい。
「さらぁ、よんでんだろっ」
カリスは自分ではかわいいと思っている声に加えて幼い(と自分で思っているが客観的に見れば情けない)顔をしてサラを見る。
「気持ち悪いっ!」
サラは感想をオブラートに包む事なく、顔も引き攣り気味に叫んだあと、カリスから距離をとる。
自信満々の演技に思いっきり引かれ、流石のカリスも少し落ち込んだ。
「な……お前がショタコンだって言うから頑張ったんだぞ!」
努力を認めろ、とでも言うようなカリスの口調にサラは腹が立つ。
「頑張ってもショタにはなれません。気持ち悪いっ!」
「何度も気持ち悪いなんて言うな。凹むだろ。さらぁ」
「ホントやめてください!気持ち悪いっ!」
「なっ……こっちはお前の我儘聞いてやってんだぞ!」
まるで自分の彼女の我儘に付き合っている彼氏のようなカリスの口振りにサラは怒りで頭の血管が切れそうになる。
「意味不明な事言ってないでもう私の事は放っておいてくださいっ!」
「はははっ、俺はお前の勇者だぞ。そんな冷たい事出来るかよ」
サラの正直な気持ちはカリスに軽く聞き流れ、またも出てきた妄想話に頭痛が酷くなる。
「私はそんな事言った事も思った事もありません」
「わかったわかった。みんなの前だもんな」
カリスは自分に都合の悪い言葉は全て冗談に聞こえるようだった。
サラがベルフィではなく自分を選んだ優越感(カリスの思い込み)からチラリと勝ち誇った顔をベルフィに向けるが、幸いにもベルフィは気づかなかった。
もし気づいたらしなくてもいい争いが起きたかもしれなかった。
カリスはサラに”気持ち悪い“を連呼されながらもその甘えた声が気に入ったらしく、たまにその口調で話すようになった。
「ナック、悪化してませんか?」
「……悪い。俺もまさかああなるとは思わなかった」
サラのジト目を受け、ナックは素直に謝罪した。
「あの努力に感動とかは……」
「しません、気持ち悪い」
「だよなぁ」
サラはため息をついてカリスの口調について尋ねる。
「あれは誰かの真似ですか?気持ち悪い。リオはあんな情けない声出しませんよ。気持ち悪い」
「俺も知らん。たぶん、自分で考えたんじゃないかと思う」
「気持ち悪い」
「いや、ホントすまん。これじゃ、サラちゃんの性癖だけが広がっちまったみたいだ」
「本当です……え?広がった?どういう意味です?」
「あっ、いやっなんでもない!今の言葉は忘れてくれ!」
ナックは慌てて誤魔化そうとする。
「ナック……あなた、まさか……」
「いやぁ!カリスの奴にも困ったな!」
ナックは逃げるようにサラから離れていった。
代わりにカリスがキメ顔をしながらやってきた。
「俺がどうかしたかサラ?」
サラは深いため息をついた。




