63話 ストーカーの追跡 その4
深夜を過ぎた頃、リッキーが姿を現した。
「では今まで通り行きましょう」
「わかった」
「ぐふ」
「任せろ!」
サラはカリスの意気込みに不安を感じながらもスリングを構える。
リオがゆっくりとリッキーに向かって歩いていく。
カリスはその姿を見て、リオへの対抗心からサラとの約束を忘れた。
「馬鹿野郎!そんなノンビリじゃ逃げられるだろっ!」
「カリス!?ちょっと待っ……」
カリスはサラの制止を無視してリッキーに向かって走り出す。
カリスはリオに背後から不要なタックルを食らわして転倒させ、満足げな表情をしながらリッキーに迫る。
リッキー達はカリスがやって来るのに気づき逃走を図った。
「逃すかよ!」
カリスは畑を踏み荒らしながらリッキーを追う。
サラが呆然としていると、
「ぐふ。これは依頼失敗かもな」
ヴィヴィの呟きで我に返り、スリングの射程圏内にいたリッキーへ弾を放つ。
スリングの弾はリッキーの頭部に命中し、ゴンっ、と鈍い音を立ててリッキーがその場に倒れた。
続けてもう一体仕留めるが、それ以上は無理だった。
「ははっ、リッキーの野郎、意外とやるじゃねえか」
この時のカリスは自分の失態に気づいておらずリッキーを誉める余裕すらあった。
しかめっ面で待っていたサラの顔を見てもまだ頭をポリポリかいて笑う余裕があった。
「サラ、お前スリング使えたんだな。なかなかやるじゃないか」
カリスが上から目線で誉めるが、サラは無反応だった。
「サラ?」
「カリス」
サラの声の低さにカリスはやっと自分がミスした事に気づいた。
「あ、ああ、悪いな。俺に恐れをなして逃げやがったから倒せなかったが、畑からは追い払ってやったぜ!俺にかかればこんなもんだ!」
カリスが自分の行動を自画自賛する。
サラが深いため息をつく。
「この依頼はただ追い払うのではなく、二度と近づかないように一定数倒す必要があったのですが」
「おう、そうだったか。悪いな」
まだカリスは自分の失敗が致命的であると気づいていない。
「ぐふ。カリス、どう責任を取るつもりだ?」
「なんだと!?」
カリスはサラの時とは態度を百八十度変えてヴィヴィを睨みつける。
「ぐふ。気づいていないのか?お前はサラとの約束を破って畑を荒らし、指示を無視した結果、リッキーを取り逃した」
カリスはヴィヴィの指摘に反論しようとするが、すべて事実でありすぐには言葉が出てこない。
「そ、それは……リオ!そう、リオもだ!」
カリスは視界にリオを収めるとすぐさま責任をリオに押し付けようとする。
「リオは畑を荒らしていません。畑を荒らしたのはカリス、あなただけです。リッキーを逃したのもあなたです」
サラの容赦ない指摘にカリスはうっ、と唸る。
「い、いやっ奴も畑に入っていただろう!」
「ええ。作物を踏まないように注意を払いながら」
「う……」
「ぐふ。お前の無策、無謀な特攻のおかげでリッキーに逃げられた。お前のせいでもうしばらくこの村に留まらないとダメになった」
「そ、それはリオもだろ!確かにリオは畑に注意を払っていたかもしれねえが、結局、リッキーに逃げられたはずだ!そうに決まってる。だよなサラ!」
何故かカリスはサラが自分の意見に賛成してくれると思い、助けを求めるが、サラは冷ややか目をしたまま首を横に振る。
「お、俺と奴で何が違うっていうんだ!」
「先ほど自分で言っていたではないですか。経験の差です」
「な……」
「私達はリッキー退治に慣れています。リッキー退治においてはカリス、あなたよりもずっと上手くやれます」
カリスはこのままでは終われなかった。
サラに活躍するところを見せに来たのに邪魔したとしか思われていないのだ。
「確かに今回は失敗した。認める!だが、それは俺に適していない依頼だったからだ!こんな雑魚じゃなくもっと強い魔物だったら、逃げ回る敵じゃなく向かってくる敵だったら俺の方がリオよりうまくやれる!俺の方が強い!」
「ぐふ、脳筋が」とヴィヴィが呟くがカリスの目にはサラしか入っておらず聞こえなかったようだ。
「そうでしょうね」
サラはカリスの意見に感情なく頷く。
「な!だろ!」
ここがアピールチャンスだと思ったのも束の間、
「ぐふ。だからどうした?」
とヴィヴィのツッコミにカリスが今度は反応した。
「なんだと!」
カリスがさっきから鬱陶しいヴィヴィに我慢できず、大剣に手をかけた時だった。
「カリス」
サラの呼ぶ声にカリスは我に返り、笑顔をサラに向ける。
「なんだサラっ!」
カリスが何かを期待した目でサラを見る。
「今更そんな事を言われても困ります。今回の魔物は最初からあなたのいう雑魚とわかっていたはずです。問題ないと言って無理矢理参加したのはあなたです」
カリスはサラの言葉に自分を擁護する言葉が一つもない事にショックを受ける。
「サ、サラァ……」
カリスの同情を誘うような情けない声を出すがサラには通じなかった。
「ともかく、あなたはもう宿で休んで朝にヴェインへ帰ってください」
だが、ストーカーランク一位の座は伊達ではない。
このままで終わるものかと少しでもサラと一緒にいようと必死に食い下がる。
「し、しかし、このままでは終われんっ」
「ぐふ。当然だ。畑を荒らした弁償はしてもらう」
「てめえっ!」
「そうですね。あと、このまま依頼が長引いて赤字になるようでしたらそちらも補填してもらいます」
サラにまで言われてガックリと肩を落とすカリス。
「サラァ……」
「いいですね?」
「……わかった」
カリスは渋々頷く。
「ぐふ。あと、依頼の邪魔をされた事をベルフィに報告する」
「なっ……テメエ!言ってみろ!パーティ追い出すぞ!」
「ぐふ。私はウィンドのメンバーではない」
「カリス、ヴィヴィの肩を持つわけではありませんが、私もベルフィに報告します」
「サラ、お前まで……」
「私達は一刻も早くランクアップしなければならないのです。その邪魔を二度としてほしくありません」
「邪魔って……流石に言いすぎだろサラ?俺はお前の事を思って……」
「……」
「わ、わかった!もうしない!だから頼む!ベルフィには言わないでくれ!なっ?」
カリスの慌てようからカリスは前もってベルフィにサラ達に関わるな、とでも釘を刺されていたのだと察する。
「……わかりました。次はないです」
「お、おうっ」
カリスが笑顔で頷く。
しかし、サラはその笑顔を見飽きており、全く信用していなかった。




