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61話 ストーカーの追跡 その2

 ところで、

 サラ達は小声で話している訳ではないので、会話の内容は他の客達にもバッチリ聞こえていた。

 他の客達はサラがカリスに“からまれて迷惑している“事に気づいていたが、他人事であるし、下手に口を出してカリスの怒りを買いたくなかったので誰も注意する者はいなかった。

 それどころか、いつも他人を見下すカリスがサラに相手にされていないことに気づかず一人空回りしているのが面白く、その様子を酒の肴にして楽しんでいたのだった。

 そのため、酒場は人数のわりに静かだった。



 サラは周囲の雰囲気がおかしいのに気づいた。静かすぎるのだ。

 原因が自分達の会話に聞き耳を立てているからだと気づく。

 いつもなら周囲の異変にすぐ気づくのだが、頭に血が上っていて気づくのに遅れたのだ。


(ナナル様、私はまだまだ未熟です)


 サラはリオが食事を食べ終わろうとしているのに気づく。

 それにカリスが気づいている事も。

 サラはカリスの次の一手がわかり、残りを一気に片づけにかかる。

 リオとサラはほぼ同時に食事を終えた。


「よしっ、リオ、飯食い終わったならどけっ」


 カリスがリオを無理矢理立たせるのと同時にサラも立ち上がる。


「ではリオ、部屋に戻りましょうか。それではカリス、お休みなさい」

「ちょっと待てサラ。俺はまだ飯を食ってないんだ。なんせ街中走り回ってたからな!」


 カリスは暗にサラを探してたからだとストーキング自慢をする。

 サラがその言葉を聞いて感激して涙を流して喜ぶ、なんて事はなく、行動を取り消す事もなかった。


「では席をあけますのでごゆっくり。行きましょうリオ」

「ちょ、ちょ待てよ!サラ!」


 カリスが慌ててサラの腕を掴む。

 

「なんですか?」

「すぐ飯食うから待っててくれよ。なっ」


 カリスがキメ顔で言うが、サラには全く効果はない。


「すみません。この後ヴィヴィと明日以降の事について打ち合わせをする事になっているのですが、思った以上に食事に時間をとられて既に約束の時間を過ぎているのです」


 嘘である。

 言うまでもなく、カリスから逃げるために嘘をついたのだ。

 それも仕返しとばかりに暗にカリスのせいだと付け加えて。

 サラは空気を読まない事には定評のあるリオが余計な事を言わないかとビクビクしていたが、


「そうなんだ」


 とリオは呟くのみだった。

 サラが内心ホッとしたのも束の間、


「さっきの奴らだな!」


 とカリスは自分の事を棚に上げ、逃げ去った冒険者達にすべての責任を押し付ける。

 サラは頬をぴくぴくさせながらもどうにか表情に出さないように努力しながら言った。


「では失礼します」


 だが、そこでカリスは終わらない。

 ストーカーの名は伊達ではない。


「ちょっと待て」

「はい?」


 サラは階段へ向かいかけた足を嫌々止めて振り返る。

 

「俺は腹ペコだが、サラも時間がないんだよな?」

「ええ」

「じゃあ仕方ない」

「ええ、それでは……」

「お前らの部屋に飯を運んでもらうぜ」

「はあ?」


 サラは思わず素の感情が表に出たが慌てて平静を装う。


「あの、意味がわかりませんが?」

「これから打ち合わせをするんだろ。だから俺がアドバイスしてやろうって言うんだ」

「いえ、必要ありません」


 サラは少しきつめの口調で即答したが、カリスに効果はなかった。


「はははっ、お前は本当に遠慮深いな」

「いえ、本当に必要ありませんので」

「気にするな。俺のような経験豊かな冒険者のアドバイスは役に立つぞ」


 サラは我慢の限界で本音を口にする。


「はっきり言って迷惑です」

「なに?」


 サラはすぐにしまった、と思い、頭をフル回転してそれらしい理由を考える。

 

「……最初から頼っていては成長できません。失敗したとしてもその経験は決して無駄にはなりません」

「うむ、確かに一理あるが……」


 それでもカリスはなんとかサラと一緒にいる時間を作ろうと必死に考えるが、サラがその時間を与えなかった。


「ともかく、私達は自分達でやってみたいのです。それで失敗した時に頼らせてください」

「そ、そうか?」

「はい」


 カリスは渋々不満たらたらの顔でやっと引き下がった、かに見えた。

 しかし、「まだ終わらんよ」とでもいうようにカリスが今まで眼中になかったリオに顔を向ける。


「おい、リオ、お前はそれでいいのか?ど素人のお前は俺のアドバイスが欲しいだろ?なあ?」


 カリスは今までリオに見せた事もない笑顔を向ける。


「ん?」


 サラは内心、やばいっ、と思った。

 何も考えていないリオはカリスの提案にあっさり頷くかもしれない。

 だが、リオはサラの想像を超えた。


「要らないよ。必要になったらナックに聞くから」


 流石、空気が読めない事には定評のあるリオである。

 カリスの神経を逆撫でする答えを返したのだった。


「……てめえ!俺よりナックの方が役に立つってか!」


 リオの襟を掴んで睨みつけるカリス。

 しかし、リオの表情に恐怖はまるでない。

 リオは更にカリスを逆撫でする発言をする。


「いつも作戦を考えてるのはベルフィとナックじゃないか」


 カリスが怒りで顔を真っ赤にしてリオに殴りつける。

 リオは他の客のテーブルにぶつかり、皿が派手な音をして割れ、料理が床にぶち撒かれる。

 静かだった酒場が一気に騒然となる。


「カリス!」


 更にリオに殴り掛かろうとしていたカリスはサラの制止の声で我に返る。

 サラはリオに駆け寄り怪我の具合を診る。

 今すぐ治療しなければならない程の怪我ではないので、この場で治療魔法を使うのをやめる。

 サラが神官である事はまだバレていないはずで、客の注目を浴びている今使うべきではないとの判断からだ。


「……カリス、帰ってください」


 カリスはサラの冷めた表情を見て流石にまずい事をしたと気づき、慌てて言い訳を始める。


「いやっ、今のは俺は悪く……」

「空腹で気が立っていたのでしょう?」


 カリスが話している途中にサラが割り込む。


「そ、そうだっ。流石サラだな!俺のことをよく……」


 サラは早くカリスから離れたかったのでまたもや言葉に割り込む。


「しかし、こうなった以上、お互い冷却期間が必要でしょう」

「いやっ、俺は全然大丈夫だ!安心しろ!」


 カリスがそう言ってキメ顔をする。

 サラは「誰もあなたのことなんか気にしてしません!!」と心の中で叫ぶ。


「……“お互い”冷却期間が必要でしょう」


 サラは“お互い”を強調して再度同じ言葉を言った。


「サ、サラァ……」


 カリスは情けない声を出すが、サラの心には全く響かない。


「どうぞお帰りください」


 カリスは本当の本当に今度こそ諦めた。


「……確かに今の俺は冷静じゃないかもな。……今日は帰るぜ」

「待ってください」


 サラに呼び止められ満面の笑みで振り返るカリス。

 

「やっぱり俺が必……」

「弁償してください」


 サラがカリスが暴れて床に落ちた料理を指差す。

 カリスの表情に失望が浮かび、不貞腐れた表情になって銀貨一枚をそのテーブルに叩きつけた。


「これで足りるだろう!」


 そのテーブルの客がビクビクしながらうんうん、と頷く。


「ではお休みなさい」

「あ、ああ」


 カリスはまだ未練がましい表情をしていたが、サラの冷めた目を受け、諦めて店の外に向かう。

 だが、これでカリスは終わらない。

 酒場の出口でカリスは立ち止まると振り返ってサラにキメ顔をする。


「だがなサラ!いつでも俺を頼って……っていねえ!」


 そう、サラは怪我したリオを連れてさっさと二階へ上がっていたのだった。

 あちこちでクスクスと笑いが漏れる。

 カリスは睨みをきかせて黙らせると、不機嫌な顔で酒場を出て行った。

 しばらくして、酒場中に笑いが起こり、しばらく収まらなかった。

 

 

 サラはリオの怪我を魔法で治療しながら心の中で感謝した。

 あの勢いのままだったらカリスが食事を持ち込むのは阻止できても部屋にはやって来そうだったからだ。

 しかし、これで流石のカリスも来る事はないだろう。

 仮に来たとしても正当な理由があるので堂々と追い返せるのである。



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