600話 アズズ街道警備のクズ冒険者達
大陸南東に鉄の街フェランはあった。
そこは北から東にかけてハイト山脈が連なり、南は海、西はアズズ樹海と四方を自然の要塞で囲まれていた。
なぜこんな場所に街を作ったのかといえばもともとはハイト山脈に住むドワーフ族との交易のためだった。
ドワーフ族がハイト山脈に住み着いたのは希少金属ミスリルが採れるからである。
ドワーフ族はハイト山脈の洞窟に工房と住居を構えていたが、中には変わり者のドワーフもおり、山を下りてフェランの街に住み着きその技術を人間に教える者が現れた。
そこからドワーフの技術を学ぼうとフェランに職人が集まり、優れた武器や道具を作り出すようになって交易のために生まれた街が鉄の街と呼ばれるようになったのだ。
以前はフェランとの交易に主に海路が使われていた。
しかし、魔族が海に強力な魔物を放ち、その事に気づいた時にはフェランの港周辺に強力な魔物が棲みついてしまった後だった。
海に棲む魔物を退治するのは非常に難しく、海路を使うのは非常に困難となってしまった。
残る道はハイト山脈やアズズ樹海にある細々とした道を通るかであるが、どちらも大量の荷を運ぶのは難しく、更には凶悪な魔物が棲みついており現実的ではなかった。
そこで、大商会が集まり、資金を出し合ってアズズ樹海に街道を通すことになった。
それがアズズ街道である。
アズズ街道は多くの犠牲を払って完成した。
とはいえ、アズズ樹海の魔物を一掃できるわけはなく、魔物の襲撃に備えて街道に魔道具の結界装置を一定間隔で配置して安全を確保した。
この結界装置は完全に魔物の侵入を防ぐものではない。
例えるなら目の荒い網で街道を覆っているようなものである。
そのため、網の穴より小さい魔物の侵入は防げない。
また、一つの結界装置で街道すべてを覆うことは出来ず複数設置しているのだが、隙間が出来てそこから魔物が侵入することもある。
そのため大商会は冒険者ギルドに街道警備依頼を出し常に安全に通れるようにしていた。
更にはアズズ街道を通る者達は最初から魔物の襲撃に備えていたので大きな問題が起こる事はなかった。
そうこれまでは。
アズズ街道警備依頼はアズズ街道の中間地点にあるキャンプスペースを境にして東側にあるフェランの街と西側にあるオッフルの街で別々に依頼されていた。
これまで警備依頼を受けた冒険者達は街道の重要性を理解し依頼を忠実に行なっていたが、最近になって西側を警備する冒険者達に変化が起きた。
始まりは長年西側の警備依頼を請け負っていた優秀なBランクパーティがフルモロ大迷宮攻略に参加することになったことだった。
この警備依頼はこれまで四組のパーティがローテーションを組んで行なっており、その一組が抜けた事になる。
他の三組のパーティは皆Cランクだったが、実力はBランクに近く抜けたBランクパーティに劣らぬ真面目な冒険者達だった。
ギルドはBランクパーティの抜けた穴を埋めるため新たに警備依頼を受けるパーティを募集したのだが、やって来たのはクズ冒険者からなるクズパーティだった。
そのクズパーティのクズリーダーはイケメンで爽やかそうな雰囲気を醸し出していたことに加えて口がうまかった。
まさに口から生まれてきたような人間であった。
それはメンバー全員にも言えることであった。
人を騙すことを目的に結成されたようなパーティであった。
そのため多くの者達が彼の爽やかな笑顔と言葉にころっと騙された。
受付嬢やギルド職員も例外ではなかった。
そのクズ冒険者達だが警備依頼を受ける事に成功すると以前から担当していた冒険者達にだけ本性を現した。
偉そうな態度で何かと理由をつけて彼らに依頼を押し付けたのだ。
腹を立てた元からいたパーティがギルドに文句を言ったが受け入れられなかった。
そのときには受付嬢はイケメンのクズリーダーに、その上司は娼婦まがいのクズ女冒険者に籠絡されていたのだ。
自分達の話を全く信じないことに腹を立てた元からいた真面目な冒険者達は警備期間が満了すると再依頼を受ける事なく街を出て行った。
その入れ替わりにやって来たのはまたもクズ冒険者達だった。
最初にやって来たクズ冒険者達が仲間を呼んだわけではない。
クズ冒険者達の嗅覚は鋭く、楽して儲けられる場所に自然と集まってくるのだ。
このとき担当したギルド職員はクズ冒険者達のクズ根性が感染していて何も考えず新たなクズ冒険者達を採用した。
こうして西側のアズズ街道警備依頼を受ける冒険者はクズ冒険者と入れ替わっていった。
真面目な冒険者が依頼を受けることもあったが、一緒に依頼を受けるクズ冒険者達のクズっぷりとその事をギルドに抗議してもまったく対処しない事に腹を立ててすぐに出て行ってしまった。
こうして西側のアズズ街道警備依頼を受けた冒険者はクズだけになってしまったのである。
クズ冒険者達は警備を押し付ける相手がいなくなったので仕方なく嫌々街道を警備していた。
街道に張られた結界は完全ではなく、ウォルー程度の大きさの魔物ならその隙間から侵入することが出来る。
この侵入した魔物を退治するのが彼らの仕事のひとつだった。
しかし、彼らは侵入した魔物を見つけても倒せそうな魔物のみ倒し、無理だと思った時は戦う事なく逃げ出した。
放置した魔物達だが、その後に通りかかった商隊の護衛や冒険者が退治していた。
魔物を退治した者達はたまたま運が悪く魔物が侵入した直後に遭遇したのだろうと思ってギルドには報告しなかった。
これまで東側と西側の街道警備依頼を受けた冒険者達は中間地点のキャンプスペースで情報交換を行なっていた。
西側の街道警備依頼を受けた冒険者達と全く会わなくなった事を不審に思った東側の街道警備依頼を受けた冒険者達はフェランギルドにそのことを報告した。
フェランギルドは何度もオッフルギルドに問い合わせたが、クズと化した受付嬢やギルド職員が「たまたま会わないだけだ」とクズ冒険者達の言葉をそのまま伝え、上に報告されることはなかった。
あるとき、クズ冒険者達は倒せる魔物だと思い戦いを仕掛けたが、予想以上に強く追い詰められて後悔した。
「魔物退治なんか真面目にやるんじゃなかったぜ!」
と。
そんな絶体絶命のところに商隊が通りかかり、その護衛達によって魔物は一層されて彼らは救われた。
魔物を倒し終わった護衛達は彼らを怒鳴りつけた。
「この程度の魔物も倒せないなら街道警備依頼を受けるな!」
と。
しかし、クズ冒険者達は護衛達の言葉を右から左へと聞き流しこんなことを考えていた。
「なんだ。俺らが無理して倒さなくてもあいつら勝手に倒すじゃないか」
と。
商隊を見送りながら彼らは思った。
「俺達、戦わなくても大丈夫だぜ!アズズ街道警備うまうま!」
彼らは調子に乗った。
クズは調子に乗ると際限がない。
彼らはやってはいけない事をしてしまう。
街道に設置された魔道具の結界装置は定期的にエネルギー源であるプリミティブを交換する必要があり、これもアズズ街道警備の仕事の一つなのだがクズ冒険者達はその交換を怠った。
ギルドから交換用にと渡された高ランクの魔物のプリミティブの代わりに自分達で手に入れたリッキーやウォルーなど低ランクの魔物から抜き取ったプリミティブをセットした。
それで結界が消えなかったので全て安物と交換し、ギルドから支給された高価なプリミティブは売り払って自分達の懐に入れた。
高ランクと低ランクの魔物のプリミティブでは効果も持続時間も当然異なるのだが、彼らの足りない頭ではそこまで思い至らなかったのだ。
「アズズ街道警備、超うまうま!」
こうしてアズズ街道西側の結界は弱まり、あちこちで結界が消滅し始めた。
最初に消えたのが中間地点と西側入口の真ん中付近だった。
その頃にはクズ冒険者達は街道の見回りをまともにしていなかった。
街道にやって来るのさえ稀であった。
やって来たかと思えば入口から十分ほど歩いてUターンするという、まるで散歩に来たかのような適当さだった。
当然、彼らは結界が消滅したことに気づかなかった。




