59話 嫌がらせ
パーティ登録後の最初の依頼は……なかった。
ヴェインには高ランクの冒険者が多い。
低ランク、Eランク以下の冒険者が少ないのはヴェインでの入会試験に合格するとDランクとなることが影響している。
ただし、ヴェインで入会試験を受けるためにはその者にDランク以上の実力があることを保証する推薦状が必要だ。
また、Bランク以上の昇格試験がこのヴェインでしか受けられないため、試験を受けるためにCランク以上の冒険者が集まって来ることも挙げられる。
故に低ランク冒険者が一時的にヴェインに来ることはあったてもすぐに他の街へ移動するのがほとんどだ。
リオ達のように低ランクで留まっている方が珍しいのだ。
そのようなわけで低ランクの依頼はヴェインに回って来ることは少なく、日によっては依頼が一つもないことも珍しくなかった。
リオ達が来たとき、依頼掲示板にはDランク以上の依頼しか貼られてなかったので、カウンターへ向かい、受付嬢にEランク以下の依頼がないか直接聞いてみた。
「さっきまでEランクの依頼あったのですが、丁度今なくなってしまったんですよ」
受付嬢がすまなそうな顔をするが、どこか白々しく、本気でそう思っていないことは丸わかりだった。
ヴェインの冒険者ギルドは全冒険者ギルドの頂点であり、ヴェインのギルド職員は皆自分が優秀だと自負しておりプライドが高い。
彼らは冒険者の扱いをランクで変える傾向が強く、最低ランクであるサラ達はヴェインには不釣り合いだと見下していたのである。
サラはその事に気付いたが、気づかない振りをする。
「そうなんだ」
リオが感情のこもっていない言葉を発する。
「“あの人達も”自分のランクに合った依頼を受ければいいのに」と受付嬢が呟くのが聞こえた。
「それはどう言う意味ですか?」
「あ、いえ、なんでもないです。ここヴェインで皆さんのランクに見合った依頼を探すのは厳しいと思いますよ。隣の街へは徒歩で半日程度ですからそちらに活動拠点を移した方がよろしいか思いますが」
受付嬢は親切に言ってるように見えるが、実のところ「見栄を張らずに自分の実力にあった街へとっとと行け」と遠回しに言っているのだ。
「はあ」
サラは余計なお世話だと思いながらも曖昧な返事をしたが、ヴィヴィは違った。
「ぐふ。余計なお世話だ」
ヴィヴィの言葉にプライドの高そうな受付嬢は一瞬むっとしたが、すぐに営業スマイルに戻った。
「差し出がましい事を言いまして申し訳ありません」
受付嬢からまったく心のこもっていない謝罪を受けてリサヴィはカウンターから離れる。
「どうしますか?待っていれば新しい依頼が入るかもしれませんが?」
受付嬢から提案された他の街へ活動拠点を移す案はリオが難色を示したので一旦諦めた。
とはいえ、来るかどうかもわからない依頼をギルドで待つことはせず、森で素材集めをする事にした。
ヴェインの物価は高く、駆け出し冒険者に休んでいる余裕はないのだ。
何もせず過ごせばあっという間に金がなくなる。
特にリオは剣を購入したり、宿の前払いで結構お金を使った。
出来ればリオには予備の剣や防具も整えるべきとサラは思っている。
本当ならリオ自身が考えるべき事であるが、サラは半分諦めていた。
森に入ると所々にウォルーの死骸が散乱していた。
「私達が来る前に依頼を受けたという人達でしょうか」
ウォルーの死体の処理が雑でプリミティブだけ抜き取ったようだった。
持ち帰れば毛皮などの素材も金になる。
高ランク冒険者ならともかく、低ランク冒険者がこのような事をするとは思えない。
「ぐふ。処理する余裕がなかったか。それとも……」
ヴィヴィもサラと同じ事を思ったようだが、リオは別段何も感じた様子はなかった。
「先に行こうよ」
「そうですね」
リオ達は死骸を放置して先に進む。
下手にさわって獲物の横取りとか言われても面倒だからだ。
「この辺りには薬草が生えていますね。リオ、採取しましょう」
「わかった」
「ヴィヴィは警戒をお願いします」
「ぐふ」
この森の薬草はなかなか質がよく、神殿で品種改良したものには劣るが野生でもこれ程のものがあるのね、とサラは少し感動していた。
「ぐふ。誰か来る」
薬草を採取し始めてしばらく経ってからである。
サラもその気配に気付いていた。
サラは採取を中断して立ち上がると気配が近づいてくる方へと視線を向ける。
それに倣うリオ。
やがて冒険者の一団が姿を現した。
それは先日、サラをしつこく勧誘してきたパーティだった。
その姿を見て、サラは受付嬢が呟いた言葉を思い出す。
(まさかとは思うけど……)
「よう、奇遇だなサラ」
「そうですね」
相手はサラの名を呼ぶが、サラは彼らの名前を覚えていなかった。
「何やってんのかと思えば薬草採取?こりゃまた地味な依頼、いや、依頼じゃねえか、小遣い稼ぎか!低ランク冒険者は大変だな!」
ぎゃはは、と下品な笑いをする盗賊。
盗賊の言葉を聞いてサラは確信した。
低ランクの依頼を受けた冒険者は彼らなのだと。
「な?ランクが低いと依頼が受けられねえだろ?生活苦しいだろう?」
「まさか私達への嫌がらせでランクの低い依頼を受けたのですか?」
「酷い言い方だな。言ってもわからねえから親切に行動でわからせてやったんだろうが」
「はい、神もそう望んでいるのです」
サラには彼らの行動が理解できなかった。
何故、嫌がらせをするパーティに入る気になると思うのだろうかと。
空気の読めないリオがサラに尋ねる。
「この人達、サラの知り合い?」
(……はあ、名前を覚えていない私がいうのもなんですけど、なんで会った人の、それも嫌がらせをした人の事をこうも簡単に忘れられるのでしょう?)
サラはちょっとだけ、ほんのちょっとだけリオを羨ましく思ってしまった。
対する彼らはリオにバカにされたと思い、怒りの表情を露わにする。
「てめえ、FランクがCランクの俺達に喧嘩を売るってか?いい度胸じゃねえか!」
「ん?」
リオは意味がわからないというように首を傾げる。
「てめえ」
「まあまあ。落ち着きなさい。彼は少し頭が弱いようです」
「何が少しだ!バカなんだよバカ!」
神官のリオを貶す言葉で少し落ち着きを取り戻す戦士と盗賊。
「まあいい。今回の事でわかっただろ、サラ。俺達のパーティに入れば今よりずっと楽させてやるぜ」
盗賊の言葉に答えたのはヴィヴィだった。
「ぐふ。サラ、短い付き合いだったな」
「何を言ってるのかしら?」
「あれ?サラ、パーティ抜けるの?」
「抜けませんよ!ヴィヴィ!あなた、本当にいい加減にしなさい!」
「ぐふ」
ヴィヴィの顔が微かに動いた。そっぽを向いたともいう。
「なんだなんだサラ!仲間と上手くいってないんじゃないか!」
「あなた方には関係ありません」
「なんだと!?」
「まあまあ。もう日が暮れます。依頼も達成したことですし、今回はこれくらいにしませんか」
神官の提案に不満そうな顔をしながらも戦士と盗賊は従った。
「ちっ。サラ、ちゃんと考えておけよ!」
そういうと彼らは去っていった。
「……たく。考える必要なんて全くありません」
深くため息をついたサラにリオが声をかける。
「サラ、彼らは敵?」
「え?」
そう尋ねてきたリオの顔をサラはマジマジと見つめた。
その表情はいつも通りで特に何も感じられない。
「敵、とは言いませんが、もう会いたくない相手ではありますね」
「そうなんだ」
「ぐふ。敵だったらどうするつもりだ?」
「え?殺すんじゃないの?」
その言葉を聞いてサラは背筋に悪寒が走った。
今までリオが殺してきたのは魔物だ。
人を殺したことはないはずだ。
「リオ、あなたは人を殺した事があるのですか?」
「ないと思うよ」
その言葉で、リオは記憶が欠落していたことを思い出す。
「人は魔物とは違います。あなたに人が殺せますか?」
「殺せるんじゃないかな」
深く考えた様子もなく答えるリオにとても不安を覚えるサラ。
更に質問しようとしたところで、ヴィヴィが話に割って入ってきた。
「ぐふ。それはそれとしてだ。パーティ組んでも誘われたな。パーティ組んだ意味はあったのか?」
「くっ」
「ああ、そうだね。でも彼ら僕らがパーティ組んだの知らなかったんじゃないのかな?」
珍しくリオが助け船を出したのでそれに乗ることにしたサラ。
「恐らくそうです。ええ、間違いありません」
「じゃ、今度はっきり言わないとね」
「そうですね」
「ぐふ」
サラはヴィヴィが笑ったような気がした。サラがヴィヴィを睨むとヴィヴィはそっぽをむいた。




