589話 襲撃される新米盗賊
夕方、輸送隊がキャンプスペースに停車した。
これが本日最後の休憩であとはこの先にある街で一泊することになっていた。
周囲を警戒していたヴェイグは街道から少し離れたところにある森から殺気を感じた。
「イーダ、お客さんだぞ」
「わかったわ」
「おいお前ら準備しろ」
ヴェイグ達冒険者の護衛と輸送隊専属の護衛の役割ははっきり分けられていた。
冒険者達がオフェンスで専属護衛がディフェンスだ。
休憩していたもうひと組の護衛達が慌てて立ち上がるとヴェイグのそばにやってきた。
輸送隊の専属護衛達はヴェイグ達が慌しく動き始めたことで連絡を受ける前に危険が迫っていることに気づき、外で休んでいた乗客を馬車の中へ避難させる。
リオ達も馬車に避難した。
自称劇作家の双璧の男は戦いを見学しようとしたが、専属護衛に半ば強引に馬車へ押し込まれた。
専属護衛達は全員が馬車に乗ったのを確認してから馬車の守りについた。
まもなくして森から何かが飛び出してきた。
真っ先に飛び出したのは口元を黒い布で覆い顔を半分隠した盗賊だった。
その後を追ってウォルーが現れる。
彼らは不正合格がバレて冒険者をクビになり盗賊に転職した者達であった。
盗賊となって最初の獲物がヴェイグ達の護衛する輸送隊となるはずだった。
しかし、彼らの人数では襲撃しても返り討ちに遭う可能性が高いと判断し見送る事にした。
それで次の獲物が来るまでこのまま森の中で待機することにしたのだが、そこを背後からウォルーに襲われた。
彼らが獲物を狙う側から狙われる側に変わった瞬間であった。
彼らは完全に油断しており、戦闘する準備ができていなかった。
それでも迎え撃とうとする者もいたが、大半が逃走を選択した。
背後で仲間の悲鳴が聞こえたが、助けに行くものは一人もいなかった。
森を抜けた盗賊達が武器を持って構えるヴェイグ達に向かって叫ぶ。
「魔物が来くるぞ!」
「迎え撃て!」
「急げよ!」
彼らは自分達が盗賊の格好をしているのをすっかり忘れているようだった。
冒険者だった頃の癖が抜けないようで高圧的な態度で命令するが、必死の形相で逃げながらでは滑稽なだけだった。
護衛達は彼らの態度に呆れながらヴェイグを見た。
彼らはリオとの模擬戦を見て、実力はヴェイグのほうが上だとわかっていたので冒険者ランクにこだわらず彼の指示に従うつもりだった。
彼らはプライドよりも依頼を無事達成することを第一に考えたのだ。
わざわざ言わなくても依頼達成第一は当たり前なのだが、これがクズ達だと当たり前ではなくなる。
クズ達は自分ファーストなのでこの優先順位が変動することも珍しくないのだ。
ヴェイグは盗賊とウォルーの死の追いかけっこをじっと観察しながら言った。
「こちらにまで向かってくるようなら遠距離攻撃で数を減らしてくれ」
「あいつらはほっといていいのか?」
護衛パーティのリーダーが念の為に確認する。
ヴェイグは冷めた声で言った。
「俺達は輸送隊の護衛だ。助ける義務はない。それにありゃクズだ」
「正しくは盗賊でしょ。ここを通る商隊を襲おうと潜んでいたら自分達が魔物に襲われたってところでしょ」
イーダの意見に護衛達が頷く。
「だな」
「襲う相手の俺らに助けを求めるとかどういう神経してんだあいつら」
盗賊達はヴェイグ達が一向に助けに来ないことに腹を立て更に大声で喚くが、やっぱり誰も助けに来ない。
ヴェイグ達のところまであと半分くらいの距離となったところで彼らはウォルーに追いつかれた。
ウォルー達が盗賊達に次々と襲いかかる。
ウォルー達は狩りに慣れたもので、盗賊達を押し倒すとすぐさまその喉を食い千切って息の根を止める。
あっという間に盗賊達は全滅した。
彼らはまだ姿を見せただけましな方であった。
森の中で魔物に襲われて誰にも知られることなく退場していった盗賊達もいたのだ。
ウォルー達はまだ獲物が足りないと考えたらしく狩った獲物をそのまま放置してヴェイグ達に向かっていく。
その中には一回り大きく、赤に変色したリバース体が混じっていた。
ヴェイグの指示で護衛の盗賊が矢を放ち、魔術士とイーダが攻撃魔法を放った。
五体ほど倒されるとリバース体以外はUターンして森の奥へと逃げていった。
狩った獲物は放置されたままだ。
ウォルー・リバースは遠距離攻撃を尽く回避しヴェイグ達に迫る。
「俺が差しでやる。手を出すなよ」
そう言ってヴェイグが前に出るとウォルー・リバースに向かってダッシュした。
ヴェイグとリバース体との戦いはあっけなく終わった。
ヴェイグの一振りでリバース体の首が宙を舞う。
ヴェイグが舌打ちした後でつまらなそうに呟いた。
「もうちょっと八つ当たりさせろよ」
これはリバース体が弱かったと言うわけではなく、ヴェイグが強すぎたのだ。
護衛達は今の戦いを見て「流石だな」と感心するだけだったが、長年共に戦ってきたイーダは違った。
(あれ?更に強くなってない?)
リサヴィの研修を受けた者は強くなると評判であったが、それはあくまで初心者だから学ぶことが多かったのだろうと思っていた。
だが、ヴェイグはランクこそEと低いがBランク以上の強さがある。
そのヴェイグが強くなっている気がしたのだ。
ただ、一瞬でケリがついたので確信は持てなかったし、当のヴェイグ自身はなんとも思っていないようだったのでそのことをヴェイグに尋ねることはしなかった。
ヴェイグ達は森を警戒しながら倒した魔物の素材回収と死んだ盗賊の持ち物を調べた。
彼らは大したものを持っていなかった。
盗賊の持ち物を調べ終えた護衛パーティのリーダーが笑顔で言った。
「冒険者カードを持ってなくてほっとしたぜ」
「だな」
「最近クズ冒険者の悪行が目立って俺達冒険者の評判を落としてるからな」
「全くな」
そんな護衛達にヴェイグが水を差す。
「クビになった元冒険者かもしれんぞ」
ヴェイグの指摘は正しかったがそれを証明する方法はない。
複雑な表情する護衛達の顔を見てイーダがヴェイグを怒鳴りつける。
「ヴェイグ!あんたはいつも一言余計なのよっ!」
ヴェイグ達は森へ逃げたウォルー達を追撃することなくキャンプスペースに戻った。




