586話 双璧の男
追加された乗合馬車に乗っていた客はリサヴィだけではなかった。
急遽追加されたためその存在は周知されていなかったのだが、出発直前に一人の男が飛び込んできた。
彼は乗った時にリサヴィに軽い挨拶をして以来、ずっと窓の外の景色を眺めていた。
ただ、時折鋭い視線をサラ達に向けては手にしたメモ帳に何か書き込んでいた。
サラはその姿を見て、かつて一緒に冒険した劇作家兼冒険者のぽんぽんことイスティのことを思い出した。
サラがその男と目が合った。
男は一瞬びくっとしたが、ちょっと強張った笑みを向ける。
サラは彼とは初対面ではないことに気づいた。
家賃踏み倒しクズ捕獲作戦の時にも何やらメモをとっている者の姿を見かけており、その者と同一人物だと気づいたのだ。
サラは彼の不審な行動が気になり話しかけることにした。
「あなたはもしかして劇作家ですか?」
「ええ!?何故わかったんですか!?」
「なんとなく」
嘘ではない。
彼がぽんぽんと同じような行動をとっていたからそう尋ねたら図星だったのだ。
「流石ですね。ですがぽんぽんを知っているあなた達なら私を知っていても全然不思議ではありません。いえ、当然ともいえます」
その男はとても気持ちよさそうに語るので「いえ、あなたのことは知りませんでした」とはちょっと言い難い雰囲気になったので「そうですか」と曖昧に答えた。
ぽんぽんがリサヴィと接触したことを知っていたことで彼はぽんぽんと親しいのかもしれないとサラは思った。
彼は卑下した笑みを浮かべながら寂しそうに言った。
「笑ってやってください。かつてはぽんぽんと共に劇作家の双璧と謳われたこの私が今やぽっと出のパンパンに遅れを取る始末です」
「いえ、私は演劇には詳しくないので」
「だから双璧と言われてもあなたのこと知りませんよ」と心の中で付け加える。
「しかしっ、聞けばぱんぱんはぽんぽんにハニートラップを仕掛けてアイデアを盗み取ったそうではないですか!?許せません!」
「はあ」
「私は仕掛けられていないのに!」
「そっちがですか」
「ぱんぱんは大層美人だそうですが私はぽんぽんと違いそんなハニートラップなどに引っかかったりはしません!それどころか引っかかったりフリをして返り討ちにしてやります!」
そう言った彼の鼻の下は伸びきっていた。
「そうですか」
「それで私の番はいつ来るのでしょう?」
「知りません」
自称劇作家の双璧の男が話を変えた。
「ところであなた方はあの演劇を観ましたか?」
「え、それは……」
彼はサラの返事を期待していなかったのか、サラが話している途中に割り込んで続ける。
「もちろん、あの演劇とは“鉄拳制裁”そして“世直し冒険者達”のことです。私は二つとも観ましたよ。どちらも素晴らしかった!え?ライバルをそんなに絶賛していいのかですって?」
「いえ、何も……」
「当たり前ではないですか!いいものはいいのです!私は私情を挟まず客観的に物事を判断することが出来るのですから!」
「そ、そうですか」
「私はこの二つの演劇の共通点を二つ発見しました。一つはどちらとも皆さん、リサヴィを主人公としていることです。そしてもう一つは……クズです!」
自称劇作家の双璧の男はぐっと拳を力強く握りしめる。
「一般ぴーぷーはリサヴィに目が行きがちですが、私はこれら劇の主役はクズだと思っています。ぽんぽんが今執筆中の作品の主役はクズ冒険者だといいます。そこで私は確信しました!時代はクズなのだと!」
「嫌な時代になりましたね」
サラは変な奴に話しかけてしまったと後悔していたが、後悔先に立たずである。
助けを求めようとしたが、リオは話を聞いておらず窓の外の景色を眺めており、アリスはそのリオをうっとり眺めてこれまた話を聞いていないようだった。
ヴィヴィに至っては微動だにせず、仮面のせいで聞いている以前に起きているのかもわからない。
彼の話は止まらない。
「私もこのビックウェーブに乗るべきだと考えました。流行に逆らってはどんなに素晴らしいものを作っても正しく評価されません!流行補正がかかってしまうからです!わかりますか流行補正?」
「いえ」
「そうでしょう!私も知りません!」
「おいこら!」
「そこで私もクズを学ぶために皆さんがクズをマルコに呼び寄せているという噂を聞きつけて駆けつけてきたというわけです!」
「そんなことはしてません」
そこで今まで無言だったヴィヴィとアリスが反応した。
「ぐふ、私とリオはな」
「ヴィヴィさんっ!わたしもしてませんよっ」
「おいこら」
しかし、自分の世界に入り込んだ彼にその声は届かなかったようだ。
「あのクズ捕獲作戦を見て自分の考えが正しかったと確信しました!知っていますか皆さん」
サラ達が答える前に自称劇作家の双璧の男がまたも先に話し出す。
「あの時、中央広場に旅芸人がいたじゃないですか。彼らは旅芸人でありながらクズ捕獲作戦にも参加していました。皆とても強かったですが、彼らの本業はあくまで旅芸人だそうです」
サラも彼らが戦う姿をエリアシールドを張りながら見ていた。
彼のいう通り彼らはとても強くクズ冒険者達を一方的に叩きのめしていた。
おそらく彼らも冒険者か、そうでなくても元傭兵などであろうと思われた。
「彼らは今まではどこにでもいる平凡な芸人でした。しかし、あの時、クズの行動にインスピレーションを受けて即興で作り上げたクズダンスで芸人として一皮剥けたのです。あのクズダンスは子供達に大人気だそうですよ。皆さんのおかげです」
「全く違います」
「ただ、母親は良く思っていないようです。皆さんに抗議は来ませんでしたか?」
「知りません。関係ありませんし」
「私もあのクズダンスを自分の劇に取り入れたかったのですが二番煎じになってしまうので断念せざるを得ませんでした。あそこまで昇華させたのは彼らの手柄ですし。ですから私は新たなアイディアを求めて皆さんに同行しようと考えて……いえ、違いますね。気づいたらこの乗合馬車に飛び乗っていたのです。お陰で手ぶらですよ。ははは」
「私達はクズの専門家ではありません」
「皆さんがどう思っていようが関係ありません。自然に普段通りやって頂ければ向こうから勝手にやって来ますから。ええ、そんな皆さんのやりとりを参考に私もライバルのぽんぽんに負けない傑作を作ってやりますよ!!」
そう言った自称劇作家の双璧の男の顔は自信に満ちていた。




