585話 不機嫌なヴェイグ
輸送隊の構成は次の通りである。
まず先頭が輸送隊専属の護衛達が乗る馬車、
次に隊長とその部下、そして料理人が乗る馬車、
続いて商品を載せた馬車、
その後に乗合馬車が二台続き(後ろがリサヴィの乗る乗合馬車)、最後にヴェイグ達雇われた護衛が乗る馬車の計六台からなる。
前回、ヴェイグ達が護衛した時には商品を載せた馬車と専属の護衛はいなかった。
護衛の数を増やしたのは商品を運んでいることもあるが、魔物の活性化に加えて途中でアズズ樹海を通るからであろう。
更にリサヴィにもいざという時の助力を求めたことから隊長は今回の旅に相当慎重になっているようだった。
後ろの窓から外を見ていたイーダが後方から迫る馬車に気づいた。
「あの馬車、スピード出し過ぎじゃない?」
イーダの言葉に反応して他の護衛達も窓から顔を出して後ろを見る。
「あれは個人でやってる商人ぽいな」
「確かに飛ばしすぎだな」
「きっと納期が迫ってんだろ」
輸送隊の乗合馬車は乗客のことを考えて乗り心地を第一に考えて作られており振動も少ない。
更に乗客が酔わないようにとスピードは控えめだった。
輸送隊の馬車はこの乗合馬車のスピードに合わせているため、後ろからやって来た馬車は最後尾のヴェイグ達が乗る護衛用の馬車に容易に追いついた。
この辺りは街道の幅が広く馬車が二台並んで走ることが出来るがそれほど余裕があるわけではない。
スピードの出し過ぎで追い抜く際に誤ってぶつかることを心配していたが、それは杞憂に終わる。
その馬車は徐々にスピードを落としながら護衛の馬車の後ろにつくとスピードを合わせた。
その馬車の御者は顔を出していた護衛と目が合うと固い笑顔をしながらぺこりと頭を下げてきた。
その行動で護衛は後ろについた馬車の意図を悟った。
護衛は車内に顔を戻してからみんなに言った。
「どうやら俺らの輸送隊にくっついて行く気のようだ」
イーダが首を傾げながら尋ねる。
「それってもしもの時にはあたいらに守ってもらおうと考えてるってこと?」
「そこまで図々しいことを考えてるかはわからないが単独で行動するよりは魔物や盗賊に襲われる可能性は少ないくらいは考えてるだろうな」
「確かにね」
「……って、ちょっと待て。その馬車の後ろにもなんかいるみたいだぞ」
外を見ていた護衛が呆れた顔で言った。
「……少なくとも後一台はいるな」
結局、輸送隊の後について来た馬車は合計三台だった。
イーダも呆れ顔をしながら護衛達に尋ねる。
「あたいら馬車の護衛の経験あんまりないんだけど、こういうのよくあることなの?」
「よくはないし、こんなにくっついて来るのは俺らも初めてだ」
「まあ、見当はつくけどな」
「ほう、教えてくれよ」
ヴェイグが不機嫌な顔で言った。
「それはリサヴィ……いや、何でもない。やっぱわからん」
護衛達はヴェイグがリサヴィの名が出たところで更に不機嫌になったのに気づき言葉を取り消した。
彼らは皆Cランクでヴェイグ達がEランクであることを知っている。
そして輸送隊の隊長自らギルド経由ではなく直接ヴェイグ達に護衛を依頼したと聞いているため相当腕が立つのだろうと思っていた。
それでもランクが下であるヴェイグの生意気な態度を許せるのだから相当人間が出来ていると言えるだろう。
彼らの代わりにイーダがヴェイグに態度の悪さを注意する。
「八つ当たりはやめなって。いい加減機嫌直しなよ」
「何他人事みたいに言ってんだ。お前がリオの野郎に余計なこと言ったからだろうが」
「え、えヘヘ」
イーダは笑って誤魔化そうとしたが、ヴェイグはジト目でイーダを睨んだままだった。
(こりゃダメだわ。当分機嫌直りそうにないわ)
イーダは長い付き合いからそう察し、時間が解決するのを待つことにした。
しばし沈黙の後、護衛達が控えめにイーダに尋ねて来た。
「なあ、お前達ってリサヴィの知り合いなのか?」
「そうね。まあ、仲は悪くないと思うよ」
「そうなのか?」
護衛の一人がヴェイグをチラッと見てから尋ねる。
その視線にイーダは気づいた。
「ああ、ヴェイグはリオと戦ってね、負けたから機嫌が悪いのよ」
「何!?リオと戦った!?」
護衛達はリオと戦ったことに食いついて来た。
「イーダ、余計なこと言うな」
ヴェイグが不機嫌さを隠さず言ったがイーダは首を横に振る。
「何言ってんのよ。あんたがそうやって生意気な態度をとってるからあたいがフォローしてやってんじゃないのよ」
ヴェイグが舌打ちをしてソッポを向いた。
イーダが話を続ける。
「知ってるかな。リサヴィが新米冒険者研修してたんだけど」
そこで護衛の一人があっと、声を上げた。
「もしかしてあれか!飛び入りでリオと戦ったEランク冒険者がリオと互角に渡り合ったって」
「ああ!そうなのか!?」
「そう、それ。勝つ気満々で出て行って負けたから機嫌悪いのよ」
「そうだったのか」
「でもよ、リオってCランクだけど実力はB以上だって噂だぜ。そのリオと互角に渡り合っただけでも大したもんじゃないか」
ヴェイグが不機嫌そうに呟いた。
「何が互角だ。あの野郎、遊んでやがった。本気を出してなかったんだ。あんな屈辱味わったのは初めてだぜ」
そう言ったものの何か思いついたらしくニヤリ、と笑った。
「でもまあ考えようによっちゃリベンジするチャンスが出来たってわけだ」
「ヴェイグ、変なこと考えるんじゃないよ。相手は客だからね」
「わかってる」
そう言ったヴェイグの顔を見てイーダは思った。
(絶対わかってないでしょその顔は……。でもまあ、機嫌が思ったより早く直ってよかったわ)




