574話 リムーバルダガー その2
お菓子を食べ終わった後でリオが口を開く。
「博士、ヴィヴィがやらないなら僕が試してもいいかな」
クレッジ博士がリオを見て首を傾げる。
「お前、魔術士だったか?」
「どうだろう?」
「いや、そこは『どうだろう?』じゃないだろ」
「そうなんだ」
「だが、まあ好きにするがいい」
リオはサークレットを額に装着し、リムーバルダガーを無造作に放つ。
何も考えずに放ったリムーバルダガーはドアに向かってまっすぐ飛ぶ。
その時、丁度ドアが開いた。
「危ない!!」
思わずサラが叫ぶ。
入って来た研究員の足元で、がつっ、と音がした。
研究員はそこに短剣が突き刺さっているのを見て、「ひっ」と驚いて腰を抜かした。
クレッジ博士がリオに厳しい顔を向ける。
もう少しで研究員に当たるところだったので注意するためだろう。
「今のはお前がコントロールして落としたのか?」
……違った。
クレッジ博士に他人を思いやる気持ちなどなかった。
リオだって負けてはいない。
腰を抜かした研究員を気にする様子を全く見せずにクレッジ博士の質問に答える。
「たぶん。でも、うまくコントロール出来ないね」
「まあ、お前は戦士だ。ちょっとだけでも動かせただけ上出来だ」
何事もなかったかのように話を続ける非常識二人組をサラが注意する。
「議論する前にする事があるでしょう!」
「ん?」
「なに?」
二人に不思議そうな顔をされ、もしかして自分がおかしいのか、と一瞬だけ思ったが、その考えを頭を振って追い払うとメアリーに助け起こされた研究員を指差す。
「まず彼に謝るのが先でしょう」
「そうなんだ」
「『そうなんだ』ではあ……」
「それは違うぞ!」
「はあ?」
「ノックもなしに勝手に入ってくる方が悪い!もし、さっきので奴が死んだとしてもだ!“俺は”悪くない!」
そう言ったクレッジ博士の顔はなんか偉そうだった。
「……だめだこりゃ」
「ですねっ」
クレッジ博士のことは諦め、リオにはその研究員に謝罪させる。
その研究員はクレッジ博士が言ったようにノックしなかった自分も悪いと謝罪を受け入れた。
戻ってきたメアリーは回収したリムーバルダガーをリオに渡す。
その際、額のサークレットが目に入り、あれっ?と首を傾げる。
「あの、リオさん……」
「ん?」
「その、もしかして、それ、スイッチ入ってないんじゃないですか?」
そう言ってメアリーは自分のこめかみ付近を指差す。
「そうなんだ」
リオはサークレットのメアリーが指差した辺りを触れるとボタンがあったので押した。
そして、リムーバルダガーを再び放つ。
すると、リムーバルタガーは明らかに人為的と思える不規則な軌道を描きながら宙を舞った。
そしてリオは手元に戻ってきたリムーバルダガーを難なくキャッチする。
適当に掴んだように見えたが、しっかりとダガーの柄を握っていた。
「あー、ほんとだ。今度は思い通りに動いたよ」
リオはなんでもないように呟くが、クレッジ博士は今までの横柄な態度が消え、驚愕の表情をしてリオに詰め寄る。
「いやいやいや!ちょっと待て!ってことはだ!お前は最初どうやって動かしたんだ!?」
リオが首を傾げる。
「……さあ?」
「お前が動かしたんだろう!?」
「どうだろう?」
「だからそこは『どうだろう?』じゃないだろ!」
そんなやり取りを見てメアリーは驚きを隠せず呟いた。
「やはりリオさんはすごいですね。いつも突っ込まれ役の博士にツッコミ役をさせるなんて」
「え?驚くとこそこ?」
リオはスイッチを切り、再びリムーバルダガーを放ったが今度は軌道を変えることなく真っ直ぐに飛び壁に突き刺さった。
「いうことを聞かないね」
「うむ、さっきのは偶然たまたまか。まあ、そうだろうな」
リオはその後、クレッジ博士の指示に従い、リムーバルダガーを操作した。
「……見事だ。まさかアパラパより上手く使いこなす奴がいるとは思わなかったぞ。お前、魔術士の才能があるかもしれんぞ」
「そうなんだ」
リオはどうでもいいように言った。
「あっ、そう言えばっ、そのアパラパさんっ今日はいませんねっ」
アリスの言葉にクレッジ博士が不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「奴は寝込んでいる。たった五、六日徹夜したくらいで倒れるとは情けない」
「無茶させ過ぎです!」
「ですねっ!」
「何を言うか!アパラパの力はあんなものではない!」
サラは早々にクレッジ博士に常識を語るのを諦め、メアリーに尋ねる。
「メアリー、魔術士ギルドの労働環境はこれが普通なのですか?」
「そんなわけないですよ!ここが特に異常なんです!」
「それを聞いて少し安心しました」
リオはリムーバルダガーが気に入ったようだった。
「博士、これちょうだい」
メアリーが申し訳なさそうな顔をリオに向ける。
「リオさん、それは……」
人の気持ちも開発費も考えないクレッジ博士が笑いながら言った。
「ああ、持ってけ持ってけ」
「ありがとう」
「ちょ、ちょっと博士!?」
「安心しろ。暇つぶしで作ったおもちゃだし、十分データも取れた」
「何が安心なんですか!?博士にとってはおもちゃかもしれませんが魔術士ギルドの資産ですよ!!」
「うるさい奴だ」
クレッジ博士がメアリーを指差して言った。
「リオ、そいつが意地悪するからダメだ」
「……」
リオの視線を受けてメアリーが喚いた。
「い、意地悪じゃないですう!!」
メアリーは泣きそうだった。
いや、泣いてた。
結局、リムーバルダガーはリオが購入することで落ち着いた。
こうしてリオは新たな武器、リムーバルダガーを手に入れたのだった。
泣き止んだメアリーがクレッジ博士に尋ねる。
「あの博士」
「ん?」
「カルハンの新型の動作確認はお願いしないのですか?」
「おお、確かにな。よく思いついたな。褒めてやる」
「ありがとうございます……って、いいますか、私はそのためにヴィヴィさん達を呼んだと思っていたのですが……」
「うむ、そうかもしれん」
「そうかもしれんって、この解析が終わらないとゴーレムの解析はお預けなんですよ」
「「「「……」」」」
「お預けって、おもちゃ取り上げられた子供か!?」とリオを除くリサヴィのメンバーは心の中で叫んだ。
「うるさい、わかっている。こっちだ。ついて来い」
クレッジ博士に案内された研究室にその魔装具は保管されていた。
「こいつがカルハンで開発されたっていう新型だ」
「あ、スカート付きだ」
それは以前、カルハンの砂漠で乗船した観光船ヘイダイン三世号で見た魔装士が装備していた魔装具だった。
「ぐふ……」
「これ、どうしたのですか?」
「フェランの魔術士ギルドが俺様に解析しろって送って来やがった。ったく、全く役に立たない奴らだぜ」
そう言いつつも頼られて満更でもない顔をするクレッジ博士だった。
「よく手に入れられましたね。従来のものならともかくこれは新型、それも新品に見えますが」
「知らん。入手の経緯なんてどうでもいい」
「ぐふ、それで解析は進んでいるのか?従来型とどう違うのだ?」
「まだ解析を始めたばかりでな。とりあえず追加装備のスカートを解析中だ」
そう言ってクレッジ博士が腰部分に追加されたスカート型の魔道具を指差す。
「といっても、こいつは見た目通り空中移動用の魔道具だな。魔装士の移動速度が遅いから追加したんだろうな。その分重量も増すがそれ以上のメリットがあるんだろう。知らんけど」
クレッジ博士はその魔装具に興味がないのか適当だった。
「ぐふ、確かに魔装士は移動が苦手だからな」
クレッジ博士が思い出したかのように尋ねる。
「そういえば、急ぐときは自分のリムーバルバインダーの上に乗って移動するって聞いたんだが本当か?」
「ぐふ、そうだな。だが制御が難しい」
「なるほどな。俺が開発したヤツならそんな事しなくて済むんだがな!」
そう言ったクレッジ博士の顔はとっても誇らしげだった。
「ぐふ?お前が開発した?スローランスとは別なのか?」
「うむ。それはだな、……いや、やめておこう。ここにないからな。フェラン魔術士ギルドの馬鹿どもが未完成だと言っているのに持って行きやがったのだ!」
その時の状況を思い出したらしく博士の愚痴が始まる。
終わりが見えそうにないのでメアリーが割り込む。
「博士、それよりテストですよ」
「ああ、そうだったな。で、ヴィヴィ、この新型のテストだがやってくれるな?」
クレッジ博士はデカい態度でヴィヴィに尋ねる。
今度は拒否しなかった。
「ぐふ、いいだろう」
ヴィヴィはこの新型をとても気に入り欲しくなったが、借り物なのでリムーバルダガーと違い、購入することは出来なかった。




