572話 クレッジ博士の依頼
サラは自分の絶叫と何かが顔に当たる衝撃で目が覚めた。
先ほどの出来事が現実ではないとわかりほっとすると何かをぶつけられた事を思い出して辺りを見回す。
窓から月明かりが差し込んでおり、そのお陰で部屋の様子が確認できた。
飛んできたのは枕だった。
サラは迷わずヴィヴィを睨む。
「うむ、睡眠妨害の抗議だ」
「……」
サラのベッドの上にはもう一つ自分のものではない枕があった。
サラがヴィヴィの上のベッドからこちらを見ていたアリスに目を向けると「えへへっ」と笑って誤魔化した。
サラはヴィヴィの言う通り自分が一方的に悪かったので謝った。
なお、サラの上のベッドにいるリオは無反応だった。
サラの絶叫で起きなかったのか、気にしなかったのかわからない。
他の部屋までは聞こえなかったのか抗議は来なかった。
サラは先ほど見た未来予知について考える。
(あの未来で私はリオを裏切っていなかった、はず)
それでも未来は変わらなかった。
サラが裏切ろうと裏切るまいとリオが魔王になる結末は変わらなかった。
(あの時、リオが言ったことが正しく、リオが魔王になることが運命だったら、既に決められていることだったら……って、絶対そんな事はないわ!!世界が滅びる事をこの世界を創造した六大神が望むわけないじゃない!!そうよ!絶対リオを魔王にしない世界を救う方法はあるはずよ!!)
サラは頭を強く振って不安を強引に追い払った。
(リオにマグを渡さない。それが私のすべき事よ)
そう思うが、再び不安が込み上げてくる。
(今回、未来予知を見たのはリオの新しい剣を探そうという話をした後だった。……これは偶然?これからの行動がマグを手に入れる未来へ繋がっている?)
だが、例えそうだとしても反対することは出来ない。
反対するための、皆を納得させる理由が見つからなかったからだ。
(幸いにもマグはどこにあるかわかっていな……あれ?)
サラはユーフィとヴィヴィの会話を思い出した。
(フルモロ大迷宮での戦いで魔王が出現し、その魔王がマグを持っていた、と言っていた……つまり、マグの在処をユーフィ様は、いえ、もしかしたらナナル様、そして生きているというファーフィリア様も知っている!?リオがこの三人に会ったらマグを手に入れてしまうかもしれない!?)
「……サラさんっ、ご飯行きませんかっ?」
アリスの声がサラの思考を中断した。
いつの間にか外は明るくなっていた。
「サラさんっ?」
「あ、ごめんなさい」
「ぐふ、夢がよほど心地よかったので余韻に浸っていたのだろう」
「なるほどっ」
「違うわ!!」
「僕思ったんだけど武器ってさ、マグがいいんじゃないかな」
食事が終わり、部屋に戻ってくるなりリオがそう言った。
「ダメです!!」
サラは咄嗟に叫んでいた。
それに皆が驚いた表情を向ける。
「……大声を出してすみません。でもマグはダメです」
「そうですねっ」
「そうなんだ?」
「はいっ。マグを扱えるのは魔族だけと言われていますっ。人は触れるだけで呪いがかかるとも魂を吸い取られるとも言われていますっ。それほど危険なものなんですよっ」
「そうなんだ」
リオはその説明で納得したのか、それ以降、マグの話をすることはなかった。
「それでリオさんっ、どうやってフェランに行きますっ?」
「ぐふ、確かに歩いてだと結構かかるな」
「そうですね」
「そうだね。まずギルドに行ってみよう。その後でどうやって行くか考えよう」
「ギルド、ということはフェランまでの護衛依頼がないか探すのですか?」
「違うよ」
リオはなんでもないように続けた。
「まだリッキー退治の依頼が残ってたと思うんだ」
「「「……」」」
冒険者ギルドは活気があり、明るい雰囲気だった。
クズ達が去っていった(捕獲された)からであろう。
リサヴィが泊まっている宿でもクズ臭はしなかったし、クズも見かけなかった。
だが安心は出来ない。
クズは突然、どこにでも現れるからだ。
それはともかく、
リッキー退治の依頼だが、残念ながらなかった。
モモに尋ねると他のパーティが受けたとのことだった。
「皆さんが強い理由がリッキー退治にあるのではと思う方が少なからずいるのです」
「そうですか」
「さらばマルコ!」となるかと思われたが、モモから指名依頼が来ていると言われた。
目に見えて不機嫌な顔をするサラに気付かぬようにモモはその相手の名を告げる。
「皆さんよくご存知の魔術士ギルドのクレッジ博士からです」
モモから依頼書を受け取り目を通す。
「「「「……」」」」
「是非に、とのことです」
誰も返事しないのでサラが仕方なく尋ねる。
「内容は?」
モモが首を傾げる。
「その依頼書に書いてある通り新型魔道具のテストの立ち会いだそうです」
「ぐふ、どんな魔道具なのだ?」
「見てのお楽しみだそうですよ」
「あなた、よくこんないい加減な依頼を受領しましたね」
「そもそもっ、この報酬が銀貨一枚って安すぎませんかっ?」
モモはなんでもないように言った。
「親友価格とのことでした」
「誰のよ!?誰の!?」
「ぐふ、サラ」
ヴィヴィが困った目をサラに向ける。
と言っても仮面で見えないが。
「サラさんの親友にも困ったものですねっ」
「そうなんだ」
「おいこら!」
非常に怪しい依頼ではあったが、魔道具ということでヴィヴィが興味を示したのでこの依頼を受けることにした。




