566話 お婆さんとの旅
翌日、サラ達はお婆さんの別荘へ向かって出発した。
お婆さんの孫は男の子で見た目五、六歳だった。
冒険者に憧れているというその子は戦士の格好をしていた。
冒険者に憧れる子供は多く、子供用の装備を扱っている店もあるが、その子が着ていた服は既製品ではないとすぐにわかる。
服だけでなく、装備すべてが全てオーダーメイドのようで相当金をかけていた。
更に装備のいくつかは魔道具でもあった。
今回、依頼に参加するどの冒険者よりも金がかかっているだろう。
それだけでこの子がお婆さんに溺愛されていることがわかる。
孫はお婆さんに似ず、とても素直で旅を楽しんでいた。
旅の間、冒険者達にいろいろな質問をした。
しかし、サラにだけには話しかけてくることはなかった。
いや、サラに話しかけようとするとお婆さんが注意して止めるのだ。
「その女はやめておきな!食べられちゃうよ!」
「おいこら!」
それだけではなく、サラの視界に彼女の孫が入るたびに、
「孫に手を出すんじゃないよ!」
と怒鳴りつけるのだ。
サラが投げやりに、
「はいはい」
と適当に返事すると、
「“はい”は一回でいいんだよ!」
と再び怒鳴る。
こんなやりとりが旅の間中ずっと続いた。
サラは何度お婆さんを鉄拳で黙らせようかと思ったことか。
その欲求を抑えるために精神力をげっそりと削られた。
最初、リサヴィと一緒の依頼を受けた冒険者達は二人のやり取りにびくびくしていたが、そのうち気にならなくなった。
ちなみに孫はそのやりとりを見ても平然としていたので、家でよく見る光景なのかもしれない。
幸いにも魔物や盗賊に襲われる事はなかった。
時折、遠くから何者かがこちらの様子を探っている気配を感じたが、それらが接触してくる事はなかった。
結局、この依頼中、一度も実戦をすることはなかった。
この依頼を勝ち取った二組の低ランクパーティは何もせずに依頼が終わったが満足していた。
実は彼らは楽して儲けることに心血を注ぐクズ冒険者だったのだ、
なんてわけではなく、先輩冒険者であるリサヴィの旅の間の何気ない行動も見るだけで勉強になったし、休憩中にリオやヴィヴィに稽古をつけてもらえたからだ。
リオの口数は少なかったが、自分の弱点(低ランクなので弱点ばかりだが)を気付かされることも多かった。
この稽古にサラが参加しなかったのは何かにつけてお婆さんがいちゃもんをつけて来るのでそれどころではなかったからだ。
ちなみにアリスは手加減できないという理由で治療担当だった。
お婆さんの孫はリオ達が稽古をしているのを最初こそワクワクした目で見ていたが、それだけでは我慢できなくなり、リオに自分も稽古したいとお願いしてきた。
孫の装備は実際に冒険できるほど実用的で優れたものであったが、武器だけは例外だった。
流石に刃物は危険と判断して腰に吊るしていた剣はおもちゃであった。
お婆さんの孫がおもちゃの剣をリオに向けるのを見て、皆に緊張が走った。
リオは無表情で全く感情が読めない。
サラが孫に怪我をさせないように注意しようとするとお婆さんが割り込んできた。
「リオ、怪我はさ……」
「孫に近づくんじゃないよ!!何度言ったらわかるんだいこのショタコン神官は!!」
「私はショタコンではありません」
「言い訳を聞いてんじゃないんだよ!」
「……はいはい」
「“はい”は一回でいいんだよ!」
サラが「もう勝手すれば」とお婆さんを無視してその場から去るが、まだ言い足りなかったらしいお婆さんがサラの後を追いかけて行った。
その様子を見て一緒に依頼を受けた冒険者の一人がぼそりと呟いた。
「……なんか、うちの母さんとばあちゃんのやりとりを見てるようだ」
肝心のリオとお婆さんの孫の稽古であるが、皆の不安は杞憂に終わった。
予想に反してリオは子供の扱いが上手かった。
剣を収めると焚き火用に集めた枝の一つを拾い、それで孫の相手をした。
あまりの手際の良さに子供相手に稽古をつけるのは今回が初めてではないように見えた。
稽古が終わった後に冒険者の一人がそのこと尋ねたが「さあ?」と首を傾げるだけだった。
いつのまにか戻って来ていたお婆さんが稽古の様子を見て、少し頬を染めながら言った。
「ほんとにいい男だねえ。あたしがあと十年若ければねえ……」
そう呟いたお婆さんの目はなんか本気だった。
その日の晩。
何故か危機感を覚えてしまったアリスがサラに相談をもちかける。
「サラさんっ、いざとなったらどさくさ紛れにあのお婆さんをっ……ってっ、痛いですっ」
サラにどつかれ頭を押さえるアリス。
その威力は八つ当たり補正がかかり、通常より強めだった。
サラのストレスが少し発散した。
そして、サラ達がマルコに帰って来た。
依頼が完了し、冒険者達が依頼完了報告にギルドへ戻ろうとしたところでサラはお婆さんに呼び止められた。
サラがうんざりした顔で尋ねる。
「まだ何か?」
「なんだい!その言い草は!?あん!?」
「……」
しばし、睨み合う二人。
お婆さんがふっ、と笑った。
「あんた、ほんといい根性してるよ。このあたしとこれだけ対等に渡りあえる相手に会ったのは何十年ぶりかねえ。流石ナナルが選んだ事はあるね」
「それはどうも」
「だからっていい気になって孫に近づくんじゃないよ!」
「はいはい」
「“はい”は一回でいいんだよ!」




