563話 リサヴィの罠
お婆さんは集まったクズ達を睨みつけるととても高齢とは思えない元気いっぱいの声で叫んだ。
「アンタら!よくもまあ、のこのことあたしの前に姿を現せたもんだね!家賃踏み倒したクズどもが!!」
もうおわかりであろう、この噂を流したのはマルコの有力者であるこのお婆さんである。
彼女は家賃を踏み倒した、自分をコケにしたクズ達が許せず、復讐する機会を待っていたのだ。
そこへちょうどリサヴィがやって来たことでこの作戦を思いついたのである。
この作戦が無事成功し、彼らの資産を全て没収したところでこの作戦に要した費用すら回収する事はできないだろう。
それをわかっていながら実行したのはお婆さんの面子の問題である。
クズ達が怯える中でお婆さんが首を少し傾げる。
「……なんか多過ぎやしないかい?」
それはお婆さんの勘違いではなかった。
狙い通り、家賃踏み倒しクズはやって来たが、それとは別にお婆さんと無関係のクズも集まって来てしまっていたのである。
流した噂とサラとアリスの持つ?クズコレクター能力の相乗効果である!
との説を唱える専門家(なんの?)もいた。
クズ達がお婆さんに卑屈な笑みを浮かべながら状況を確認する。
「ちょ、ちょ待てよ!リサヴィと一緒の依頼を受ければ家賃を踏み倒した件は帳消しになるんだろ!?」
「そんでマルコ所属に復帰できんだろ!?」
お婆さんは尋ねたクズを鼻で笑った。
「はっ、そんな都合のいい話、本当に信じたのかい?てか、そのマルコ所属に復帰てのはなんだい?あたしゃ知らないよ」
「な、なんだと!?」
「ともかく、そんなもん嘘に決まってんだろ!!」
「なっ!?俺らを騙したのか!?」
「卑怯者め!」
「家賃を踏み倒しておいてどの口が言ってんだい!?」
お婆さんが元気いっぱいに叫ぶ。
「あたしをコケにした落とし前をつけてもらうよ!!さあ!お前達!そのクズども捕まえな!」
いつの間にか中央広場の出入口にはお婆さんに雇われたらしい黒服を着た者達が集まっており、お婆さんの号令で一斉にクズ達に襲いかかる。
お婆さんは号令を発した後、護衛と共に中央広場を後にする。
それを見てアリスが首を傾げる。
「あれっ?依頼はっ?」
「それどころではないでしょう」
「あっ、それもそうですねっ」
突然の騒ぎに屋台で商売していた者達やその客達が悲鳴を上げた、
りはしなかった。
それどころか、お婆さんの叫び声に呼応して武器を手にしたのだ。
そう、ここにいた者達は、皆、家賃踏み倒しクズを捕えるためにお婆さんが集めた者達だったのだ。
当初、一般客もいたが、彼らはクズ達がクズダンス?を踊っている間に避難させていた。
お婆さんが去るのと入れ替わるように先ほど逃げた大道芸人達が戻ってきた。
彼らも各々武器を手にしてクズを捕らえにかかる。
先の演奏は当初の予定にはなかった。
クズの奇行を目の当たりにして芸人魂が揺さぶられて体が勝手に動いてしまったアドリブであったが、そのおかげで一般客の避難がスムーズに行えたので結果オーライであった。
クズ達が悲鳴を上げて逃げ回る。
武器を手にして身を守ろうとする者は少数だった。
ほとんどの者が腕に自信がない証拠であった。
「ひいいっ!」
「くそっ、これも“リサヴィの罠”だったか!!」
その様子を眺めながらアリスが首を傾げる。
「……リサヴィの罠って、なんですかねっ?わたし達っ、何もしてませんけどっ?」
「ぐふ、お前達がクズを呼び寄せた事以外はな」
「そんな能力ないと言ってるでしょうが!」
「ヴィヴィさんっ!本当にわたしにはないですからねっ!わ、た、しっ、にはっ!」
「おいこら!」
「えへへっ」
お婆さんに雇われた者達は逃げようとする者達を誰彼構わず捕らえ始める。
お婆さんとは無関係のクズ達もだ。
彼らは「集まったクズを捕えろ」という命令しか受けていなかったし、そもそも区別がつかない。
「ちょ、ちょ待てよ!俺は無関……ぐえっ!?」
お婆さんが雇った者達は全員がCランク以上の実力を持っており、抵抗されても苦戦する者はいなかった。
しかも、魔術士も相当数揃えており、逃げようとしたクズを麻痺魔法で拘束する。
その様子を見ながらアリスがサラ達に尋ねる。
「この作戦っ、結構お金かかってるんじゃないですかねっ?」
「そうですね。この日のために嘘の情報を流したりしていたようですし」
「ぐふ、あの黒服、戦い慣れているな。傭兵を雇ったのなら結構な出費だろう」
「ですよねっ。クズから家賃回収してもっ、回収できたとしてもっ赤字になりませんかっ?」
「ぐふ、そこは問題ではないのだろう」
「そうですね、プライドの問題なのでしょう」
「なるほどっ」
いきなりの展開にリサヴィと一緒の依頼を受けた低ランク冒険者達は頭が追いつかない。
動揺している彼らにヴィヴィが気づき、また叱咤する。
「ぐふ!落ち着け!下手に動くとクズと間違えられるぞ」
ヴィヴィにサラも続く。
「そうですね。落ち着くまでここでじっとしていましょう」
低ランク冒険者達の「はいっ」という返事の他に「おう!」と聞き慣れない声も返って来た。
誰かと思ってみればそれは見覚えのない冒険者達、つまりクズであった。
彼らは堂々とした態度でサラ達の元へやって来た。
「ったく、ひでえ目に遭ったぜ!クズなんかと間違えられるなんてな!」
「「「「だな!」」」」
「「「「……」」」」
彼らの“多く”はリサヴィと一緒の依頼を受けたくてやって来た、お婆さんとは無関係のクズ達であった。
”この件に関して“は無実であることを首謀者の一人である?リサヴィはわかっていると思っており、そのそばにいる方が安全だと思ってやって来たのだった。
先ほど“多く“と言ったようにリサヴィのもとにやって来たクズが全てお婆さんと無関係だったわけではない。
中央広場からの脱出が困難と見て、どうすればこの危機から脱することができるかと必死に”ク頭脳“を働かせているところにお婆さんと無関係のクズ達がリサヴィのもとへ向かったのが目に入り、「俺らも無関係を装って逃げればいいんじゃね?」との考えに至ったのだった。
ただ、そう考えたのは彼らだけではなかった。
クズ達の思考は皆同じなのだ。
一人がそう考えれば十人は同じ考えを持っていると考えていい。
そしてその行動を見た者もすぐにその考えに至り、あっという間にクズ達に伝わるのだ。
こうして残存クズがリサヴィの元に集結し始めた。
当時、その光景を目にした者達は皆口を揃えてこう語った。
「サラ達がクズコレクター能力を発動しているのをこの目で見た!」
「クズコレクター能力は本当にあったんだ!」
と。
サラは集まってくるクズ達に向かって不機嫌である事を隠さず言った。
「邪魔です」
「そう言ってやるなって」
自分の事なのに他人を庇うかのような口振りで話すクズ。
「こういう時は助け合うもんだぞ!」
そのクズの言葉に集まったクズ達の「だな!」の大合唱が起きた。
「「「「……」」」」




