560話 クズ達の事情
お婆さんの依頼を行う日の朝になった。
この日も店主が部屋まで食事を持って来てくれたので部屋でとった。
そして出発の時間になり、部屋を出て一階へ下りる。
酒場は昨日までのキメ顔クズで満席だったのが嘘にように客は少なく、その中にクズはいなかった。
サラ達はそれを見てほっとした、
なんてことはなく、非常に嫌な予感がした。
ただ、リオは例外で、そんなサラ達の気持ちに全く気づかぬようでスタスタと歩いて行く。
依頼をやめる、という選択肢はないのでサラ達も重い足を動かして後に続いた。
サラ達が集合場所の中央広場に着くと既に依頼選別に受かった二組のパーティが来ていたが、依頼主のお婆さん達の姿はなかった。
その二組のパーティがサラ達の姿に気づき、駆け寄って来ると緊張した表情で挨拶をする。
「きょ、今日はよろしくお願いします!」
一組目のパーティのリーダーの後にメンバーも挨拶し、続いてもう一組目のパーティも挨拶をする。
彼らにサラが笑顔で答える。
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」
「ぐふ、そんなに緊張しなくていいぞ」
「ですねっ」
「「「「「「は、はいっ」」」」」」
中央広場ではいつも通り、いろんな屋台が立ち並び、大道芸人達が芸を披露していた。
それらが目当ての者達もいたが、そうでない冒険者達がたくさんいた。
彼らは明らかにサラ達目当てと思われる。
何故そう思うのかといえば、サラ達が来るまで彼らは屋台にいちゃもんをつけたり、大道芸人の芸にヤジを飛ばしていたのにサラ達が来た途端、そのクズ行為をやめ、腕を組んで仁王立ちしてキメ顔を向けてきたからだ。
タイミングがバッチリだったので前もって打ち合わせをしていたようにも見えた。
彼らは上級クズ冒険者達だった。
中央広場に集まっていたクズ冒険者達の目的は有力者のお婆さんの依頼を受けるためであった。
その依頼に参加できる権利をリサヴィが持っている、という噂を信じてやって来たのである。
この噂の出所は不明であったが彼らは気にしなかった。
彼らの中にはパーティメンバー補充のために先日の低ランク冒険者研修を強引に見学しようとした者達もいたが、そちらはあくまでもついでであり、こちらが本命であった。
何故、彼らはわざわざマルコにやって来てまでこの依頼を受けたいのか?
それは、今回の依頼を受けることが出来れば、お婆さんが経営しているアパートの家賃を踏み倒した事を帳消しに出来るという条件がついていたからだ。
更に希望すればマルコ所属に戻れると。
彼らの多くは元マルコ所属の冒険者で家賃を踏み倒した者達だったのだ。
補足すると、もとの噂にはマルコ所属に戻れる、なんて話は含まれていなかった。
だが、上級クズともなると現実を妄想で上書きする能力があり(もちろん、彼らの頭の中だけ)、彼らの多くがそう改変したため、それが事実であるかのように広まったのだ。
ただ、集まって来たクズ達の中には家賃踏み倒しとは無関係のクズもいた。
クズ達がまだ“まともな”冒険者をやっていた頃は一ランクでも差があればその冒険者に敬意を払っていた。
ところが最近はリサヴィの影響を受けてランクを軽視する者達が増え、上の者に敬意を払わなくなった、
と彼らは思っているが、実際はそんなことはなく、クズには敬意を払わないだけである。
理由はともかく、
ランク(や冒険者年数)が自分達より下の者に言うことを聞かせようとしても全く聞かないし、聞いたと思って意気揚々と後をついていったら実はリサヴィ派だった、なんてことも珍しくなく、まともにクズスキル?が使えず、全く稼げなくなっていた。
気の弱いクズなどは昔の真面目だった頃の冒険者に逆戻りし、自分達の力だけで依頼をこなす始末である!
このままでは楽して儲けることが出来ないと焦ったクズ達は先の噂を耳にしてリサヴィを味方につけるチャンスだと考えてマルコにやって来たのである。
あくまでも彼らクズ達だけの話であるが、一度でも一緒に依頼を受ければ、その者達は大親友なのである。
実際にその者達が彼らのことをどう思っているかは関係ない。
その相手がリサヴィとなれば彼らにとってこれ以上ない相手である。
今後、クズスキル?を使用して文句を言われても大親友であるリサヴィの名を出して相手を黙らせる事ができる、そう本気で考えていたのである!
ここでいくつか疑問が浮かぶかもしれない。
一緒の依頼を受けてなくてもクズの十八番のホラで言いくるめればいいんじゃね?
実際、クズ達の中には「俺らはリサヴィの大親友だぜ!」と言う者達もいたがすぐに嘘(妄想)だとバレた。
理由は明快である。
クズ達はリサヴィを大親友と言いながら、「じゃあメンバーの名前は?」と尋ねるとほとんどの者がサラの名前しか正しく答えられなかったのである。
ちなみに他のメンバーのことをなんと呼んだかといえば、
リオはほとんどがリッキーキラーと蔑称で呼び、リオの名を言えたのは数えるほどしかいない。
アリスはほとんどが間違って広がった名前のアリエッタと答え、正しく名を言えたのはリオより少ない。
ヴィヴィに至っては皆が棺桶持ち(あるいは荷物持ち)と蔑称で呼び、名を言えた者は一人もいなかった。
メンバーを蔑称や間違った名で呼ぶ者が大親友なわけがない。
有力なパーティは他にも存在するのに何故リサヴィなのか?
他の有力なパーティはどれも彼らより上のBランク以上で彼らの十八番である威張り散らすことが出来ない。
リサヴィの実力はAランク以上と噂されるほどであるが、Cランクであり、冒険者年数で言えばクズ達の方が圧倒的に長いので言う事を聞かせられる、と信じて疑わない者達がまだ多くいたのだ。
あれ?でもリサヴィは死神パーティと呼ばれて恐れられていたのでは?
クズは自分達のことをクズだと思っていない。
上級クズなどは現実を妄想で上書きする能力があるので、“要領がいいだけ”なのに“何故かクズと勘違いされる”と思っている。
だから実際に会えば“誤解”は解ける、などと本気で考えているのだ。
先日のオールレンジクズがいい例である。
自分達にちょー甘く、客観的に見ることが出来ないのだ。
ヴィヴィは以前指導したEランク冒険者達からクズ達をマルコに集結させた噂のことを聞いていたが、サラ達に話しておらず、素知らぬふりをしてサラを責める。
「ぐふ。何故能力を発動した?」
「何を言っているのか分かりません」
「ぐふ、では……」
ヴィヴィがアリスに顔を向ける。
「ヴィヴィさんっ、わたしにはそんな能力ないですからねっ。わたしにはっ!」
「アリス、私にはあるような言い方しないで」
「ぐふ。ではサラが無意識に能力を発動したということだな」
「まだ言うか。いい加減にしなさいよ!」
サラ達はキメ顔で依頼参加をアピールするクズ達を無視した。
というか、ヴィヴィ以外は彼らが何をしたいのか理解していなかった。
理解したいとも思わなかったが。




