56話 エルフのファフ
装備を新調したリオ達は再びギルドに戻って来た。
リオは一直線に依頼掲示板に向かい、しばらく依頼掲示板を眺めていたが、手に依頼書を持って戻ってきた。
「よさそうなものがありましたか?」
「これどうかな?」
そう言ってリオが持ってきた依頼はリッキー退治だった。
「またリッキー退治ですか。好きですね、リッキー」
サラは呆れ顔で言う。
「リベンジしないと」
「リベンジ、ですか」
(ベルフィはランク上げを優先と言ってたのにこんな依頼ポイントの低いのを選んできて。まったく……あれ?リオがベルフィの言う事を聞かなくなった?ただ忘れただけかしら?忘れただけね)
サラの思考を中断させる言葉がリオの口から飛び出した。
「あと、彼女がね、一緒に依頼を受けたいって」
「……え?彼女?」
「初めまして。わたしはファフといいます」
リオに紹介された冒険者は深く被っていたフードをサラ達にだけ顔が見えるようにそっと脱いだ。その顔を見てサラは一瞬言葉を失った。
彼女は人間ではなかった。
華奢な体つきに肩まで伸びた金髪から飛び出した長く尖った特徴的な耳。
エルフ族だった。
エルフは人間より長寿で一説には不老不死とも言われている。
今でも暗黒大戦を生き抜いたエルフがいるという噂だ。
サラはその美しい姿に同性にも関わらず思わず見惚れてしまった。
「ぐふ。ヴィヴィだ」
ヴィヴィの挨拶でサラは我にかえった。
「失礼しましたファフさん。サラです」
「よろしくヴィヴィさん、サラさん」
「私達のことは呼び捨てでいいですよ」
「ぐふ」
「ありがとう。わたしの事も呼び捨てでお願いします」
「僕も呼び捨てでいいよ」
「はい」
ヴィヴィはともかくリオまでエルフに対して平然と対応しているのを見てサラは自分の行動が恥ずかしくなった。
(って、リオはエルフだという事に気づいてないだけよね。ね!?)
「ん?サラどうしたの?」
「いえ、なんでもありません」
(なんでこんなときだけ鋭いのよ!)
「ではファフ、失礼な事を聞きますが、あなたも冒険者なのですか?」
「ええ。まだ冒険者になったばかりでランクはリオと同じFです」
(冒険者になったばかりって事は見た目通りに若いのかしら?)
ファフは笑顔を見せながら「失礼します」といってまたフードを深々と被る。
「やはり不思議に思いますか?」
「すみません。今までエルフ族の冒険者には会った事がありませんでしたので」
「いいんですよ。よくその質問を受けます。数は少ないですがわたしのような変わり者は他にもいますよ」
「あ、いえ、そんなことは……」
「大丈夫です。慣れてますので」
「すみません」
「ぐふ。ファフ、お前もリッキー退治をしたいのか?」
「ええ。リッキーに畑を荒らされて困っているのでしょう?ぜひ力になりたいと思いまして一緒に依頼を受けてくれる方を探していたのですが、皆さんランクが高いようでこの依頼に見向きもしないのです」
「確かにここヴェインは私達のような駆け出し冒険者は少ないようです」
「そこに丁度リオが現れまして。どうでしょうか、わたしも加えていただけないですか?」
「ファフ、リッキーは素早いよ。弓とか使える?」
「リオ!」
「ん?」
エルフが弓の名手である事は誰でも知ってることである。
ファフは笑いながら肯定した。
「リオ、わたしは剣より弓の方が得意です」
そう言って背中にかけた弓を軽く触る。
「じゃあ、大丈夫だね」
「大丈夫じゃないのはあなたです。あなたは遠距離攻撃の手段がないでしょう。またヴィヴィに頼るつもりですか?」
と、リオは不思議そうな顔でとんでもないことを言った。
「スリングがあるじゃないか」
「「……」」
リオのスリングの腕前を知っているサラとヴィヴィは唖然とした。
ヴィヴィの表情は仮面で見えなかったが。
もちろん、ファフはリオの壊滅的な腕前を知らないので「それは頼もしいですね」と本心から言った。
「ファフ、すみません。リオのスリングは期待しないでください」
「そうなんですか?」
「そうなんだ」
「あなたの事です!あなたの!」
サラがリオの頭を両手でぐりぐりする。
「サラ、痛いよ。多分」
「……」
「あの、サラ、リオが痛がってますよ」
リオの事を全く知らないファフはリオに同情し、サラに対してちょっと不快な表情を見せる。
(はっ!?私がリオをいじめてるみたいに見える!?)
「す、すみません」
「わたしよりリオに謝ったほうがいいですね」
ファフは冷やかな目をサラに向ける。
(第一印象最悪だわ私……)
更にヴィヴィが追い討ちをかける。
「ぐふ。コイツはいつもこうだ」
「ちょ、ちょっとヴィヴィ!」
「ぐふ?」
ファフはリオに尋ねる。
「スリングは誰に教わったのですか?」
「ん?サラだよ」
「……なるほど」
(あー、その目、私がワザと手を抜いて教えて文句付けてると思ったわね……)
「それで一緒に依頼を受けていただけますか?」
とファフはリオとヴィヴィに尋ねる。
「いいんじゃないかな」
「ぐふ」
「あの、私も……」
「ではよろしくお願います。そうだ。リオ、良ければ私が弓を教えましょうか?」
「本当?」
「ええ」
「じゃあ、よろしくね」
「ええ。わたしはキチンと教えますよ」
ファフの引っかかる言い方にサラは一人傷ついた。
(素顔を見せない魔装士にすら劣る信頼度……でも、すぐにリオのダメさを思い知る事になるわ!今は我慢よ!)
だが、サラの期待は見事に裏切られることになる。
「スゴイですね!リオ!」
「そうかな?」
「……何故?」
「ぐふ」
リオはほんの少しファフの手解きを受けただけですぐにコツを掴み、何と二射目でリッキーに命中させたのだ。
「そんな馬鹿な!」と一瞬思ったものの、そもそもその考えが間違っている事に気づく。
(日頃のリオを見ているとつい忘れてしまうことがあるけれど、リオは将来勇者になる、そして魔王に!そんな彼が武術の才能がないわけないじゃない!本人は弓の才能がないと言ってたけど教えてた相手ってローズよね?今ならはっきりわかるわ!彼女が真面目に教えるわけないじゃない!……でも)
「リオ、あなたは弓の才能がありますよ。何故ないと思ったのですか?」
「以前に習ったんだけど才能ないって言われたんだ」
「そうですか……」
ちらっとサラを見るファフ。
(……あー、あの目は弓を教えたのも私だと思ってるわ。リオ、早く勘違いを正して!弓を教えたのは私じゃないって!……ってダメよね、リオにそんな気遣いあるわけないわ……)
リオの弓を構えはとても綺麗だった。指導したファフの構えも美しかったがリオもそれに劣らない。
美しいフォームから放たれた矢が逃走をはかるリッキーを射抜く。
致命傷だったらしくそのままピクリとも動かなくなる。
「見事です、リオ」
ファフがリオを褒めながらチラリとサラを見る。
(わ、私は何も悪い事はしてないです!)
今回の依頼はファフとリオの二人で達成した。
サラとヴィヴィの出番はなかった。
ヴィヴィはプリミティブの抜き取りを行い、サラは仕留めたリッキーの解体を行うことになった。
一人黙々と仕留めたリッキーの解体をしているサラの前にファフがやって来た。
「サラ」
「ああ、ファフ、どうしました?」
「わたしはあなたに謝らなければと思いまして」
「何の事です?」
「リオに聞きました。弓を教えたのはあなたではなかったのですね」
「ああ、その事ですか」
「すみません、わたしは思い込みが少し強いようです」
「いいんですよ。スリングを上手く教えられなかったのは事実ですし」
ファフはちょっと躊躇したあと言った。
「先程、リオと剣の稽古をして確信しました」
「はい?確信?何をです?」
「リオはわたしが少し剣を指導しただけで目に見えて上達しました」
「え?」
「リオはスゴイですね。弓の才能だけでなく、いえ、弓よりも剣の方が才能があるように思えました。わたしは自分の剣の未熟さをこんなに悔しいと思った事はありません。こんな事ならもっと剣の腕を磨いておくべきでした。それだけの時間はあったというのに……わたしはなんであんな無駄な時間を過ごしてしまったのでしょう!」
ファフは短時間ではっきりわかる程上達したリオを見て指導者に目覚めたようだ。心底悔しそうな表情をする。
ファフの見た目は人間でいえば二十歳そこらであるが、先程の言葉から見た目以上であることが察せられた。
もちろんサラは確認したりしない。
エルフの女性が自分の歳を気にするかわからないが、これ以上、印象を悪くする危険を犯す気はなかったのだ。
「ファフ?」
自分の世界に入り込んでしまったファフにサラは控えめに声をかけた。
「すみません、つい。話がそれましたね。わたしはあなたがリオを虐待するためにワザと手を抜いて教えていると思ったのですが、そうじゃない事はリオからこれまでの話を聞いてわかりました」
「それはありがとうございま……」
「ただあなたに指導者としての才能がなかっただけなのですね」
「……」
「あ、ですが気にする事はありませんよ。人には向き不向きというものがあるのですから」
ファフはサラを元気付けたつもりのようだったが、ファフの言葉はサラの心をひどく抉った。
帰り道。
リオが突然とんでもないことを言い出した。
「そうだファフ」
「はい?どうしましたリオ」
「ちょっと聞きたい事があるんだ」
「三連射のコツですか?」
「ん?違うよ。もしかしてだけどファフって僕の母さん?」
「……はい?」
「「!?」」
リオの問いに呆然となったのはファフだけではなかった。
サラとヴィヴィも同様だった。
最初に我に返ったのはサラだった。
「リオ!いきなり何を言い出すんです!?」
「ファフにあなたくらいの子供がいるように見えますか!」とサラは言いかけてエルフであるファフが見た目通りの年齢ではないことを思い出し、言葉を飲み込む。
(もし、リオがファフの子供なら、ハーフエルフなら体に多少なりともエルフの特徴があるはず。でも私の知る限りリオにエルフの特徴はなかったわ)
そう思ったのサラだけではなかった。
「ぐふ。お前にエルフの特徴はないようだが」
「特徴?」
ファフがリオの正面に立ち、じっとリオを見た。
「リオ、あなたの母親はエルフだったのですか?」
「さあ?」
ファフの問いにリオは首を傾げる。
「では何故わたしがあなたの母だと思ったのですか?」
「僕さ、昔の記憶がないんだ。母さんの事も覚えていない。だけどファフには前に会ったことがある気がしたんだ。だからもしかして母さんかなって」
「……」
「ぐふ。飛躍し過ぎだな」
「リオ、それはあなたが村にいた時の事ですか?」
「さあ?」
リオは首を傾げる。
「ぐふ。ファフ、お前はどうなんだ?リオと会ったことがあるのか?」
「……どうでしょう。わたしは色々なところを旅して来ましたので会った事がない、とは言えません。ただ、少なくともあなたの母親ではないですよ」
「そうなんだ」
「……でも、そうですね。リオが望むのでしたらわたしのことをお母さん、と呼んでもいいですよ?」
ファフは冗談でも言うように笑いながら言った。
「違うならいいよ」
リオがそう言った次の瞬間、ファフがぎゅっとリオを抱きしめた。
「なっ……」
「ぐふ……」
「……ファフ、どうしたの?」
リオの問いにファフは答えない。
ファフはしばらくしてから「ごめんなさい」と一言謝ってリオを離した。
それからファフは街に着くまで一言も喋らなかった。
街に着くとファフは普通に話し始めたが、リオに抱きついた理由は語らなかったし、当のリオが全く気にしていなかったのでサラ達もその話をする事はなかった。
ファフは報酬を受け取るとリオ達と別れ、街を出て行った。
 




