552話 覗きクズ
今の騒ぎでクズ臭をぷんぷんさせたクズ冒険者達がその場に集まっていた。
次にリサヴィに声をかけるのはオレ達だ!
そう思っているパーティも一組や二組ではなかった。
彼らはオールレンジクズ達の交渉が終わるのを行儀良く順番待ちしていたわけではない。
リサヴィの出方を見ていたのである。
オールレンジクズ達の交渉が上手くいきそうになったら邪魔しに割って入る気満々であった。
しかし、オールレンジクズ達が交渉に失敗して退場しても次の挑戦者?は現れなかった。
(あほ面晒して気絶した)オールレンジクズ達が兵士達に連行されるのを目の当たりにしたからだ。
彼らはクズである。
軽くでも叩けば埃が出まくるのである。
どんな理由にせよ、兵士に捕まるのはまずい。
それがキッカケでどんな悪事が露呈するかわからない。
だから彼らは交渉を断念した。
もちろん、ここでの交渉を、である。
リサヴィがお婆さんの依頼を行う当日、“本番”に備えることにしたのだ。
とはいえ、このまま何もしないで帰るのはクズとしてのプライドが許さなかった。
だから、彼らは少しでもリサヴィに好印象を持ってもらおうと腕を組んで仁王立ちしてキメ顔で見送ったのである!
彼らの行動は全く効果なかった。
いや、逆効果だった。
アリスは偉そうな態度でキメ顔を向けるクズ達に不快感を示しながら呟く。
「なんかっ、気持ち悪いですっ。無言で不気味顔を向けて来てっ」
彼らのキメ顔はキメ顔だと思われていなかったようである。
そう思ったのはアリスだけではなかった。
「そうですね」
「ぐふ、奴らもさっきのクズ達と同じで茶番劇役者に転向する気ではないのか」
「ああっ」
ヴィヴィの言葉にアリスが納得顔で頷く。
「あの人達っ、変顔の練習してるんですねっ!でもっ、なんでっ、わたし達に評価させるんですかねっ?わたし達っ、演技に詳しいわけじゃないのにっ」
「アリス、クズのことは考えるだけ無駄です」
「確かにっ」
「ぐふ、しかし、先ほど兵士が言っていた“アレ”とやらが気になるな」
「ですねっ」
「どうやら私達の知らないところで私達を巻き込んだ何かが行われているようですね」
「ぐふ、まあ、見当はつくがな」
「ええ。間違いなくマルコギルドが絡んでいます」
「ぐふ、お前の大親友にも困ったものだな」
「誰がよっ!?」
クズパーティはリサヴィの後を追って来なかった。
だが、リサヴィ加入を企てるソロ冒険者は別であった。
サラとアリスがポーションと聖水を作成をしている間、リオはすることがないので教会の敷地を散歩していた。
それに飽きたのか、立ち止まり、ぼーと空を眺めていた。
そこへ敷地を囲む塀の上からひょっこり顔を出した不審者が声をかけてきた。
「おい、リッキーキラー」
他の者に聞こえるのを警戒しているのだろう、その声は控えめだった。
「こっちだ、こっち。ちょっと相談があってよ。いや何、お前らにとっても悪い話じゃないんだ。すっげー素晴らしい提案を持って来てやったんだ。ほんとだぜ。聞かないと一生後悔すっからよ、早くこっち来いよ」
「……」
「なあ、わかんだろ?」
「……」
しかし、リオが一向に返事どころか反応もしないので彼は聞こえていないと思った。
その声は徐々に大きくなり、やがて怒鳴り声に変わった。
「おい!リッキーキラー!呼んでんだろうが!無視すんじゃねえ!ってか、お前は彫像か!?」
リオは最初からその声が聞こえていたが、自分がリッキーキラーだと思っていないので反応しなかった。
その大声を耳にした神官見習いが慌てた様子でリオの元にやって来た。
「リオさん!どうかしましたか!?」
「ん?」
リオは空を見るのをやめて自分の名を呼んだ神官見習いに顔を向けると首を傾げた。
リオの態度に唖然としたものの、すぐに塀の上からひょっこり顔を覗かせている不審者に気づく。
「なんですかあなたは!?」
神官見習いの詰問は不審者を動揺させることはできなかった。
それどころか、不審者は神官見習いに偉そうに命令する。
「おい!見習い!そこの難聴野郎をここへ連れてこい!急げよ!!」
神官見習いはリオに声をかける、
ことはなく、リオの代わりに自分が不届者のそばにやってくると彼に注意をする。
「ここは教会の敷地ですのでやめてください!兵士を呼びますよ!」
不審者は自分の愚かな行動に気づき、素直に謝罪した、
なんてわけはなく、逆に怒り出した。
「ざけんな!俺は悪くねえ!俺を無視したリッキーキラーが悪い!」
「そんなところから覗かないで下さいと言っているのです!御用がありましたら正面から入って用件を告げて下さい」
「ざけんな!ダメだったからこうやってわざわざ俺がこっちに来てやって声をかけてやってんだろうが!」
不審者の口振りから、自分の行動を微塵も間違っているとは思っていないとわかる。
不審者は神官見習いを無視してリオに再び話しかける。
「なあ、聞けって。本当にいい話があんだよ」
リオは相変わらず無反応だったが不審者は構わず話を始める。
「なあリッキーキラー、お前のパーティよ、盗賊がいなくて困ってんだろ?いや、皆まで言うな。全てわかってんだ」
「リオさんは話を聞いていませんよ」
不審者は神官見習いの言葉を無視して続ける。
「お前らが前によ、一人試験して落としたことも知ってるんだぜ!はあ?どうしてそれを知ってるかって?それはな……俺が超優秀な盗賊だからだ!」
そう叫んだ不審者、いや、クズ盗賊の顔はなんか誇らしげだった。
「何?本当かって?」
念のため言っておくとリオは一度もクズ盗賊の相手をしていない。
つまり、クズ盗賊は一人で話をしているのだ。
それを見ていた神官見習いはクズ盗賊が何か見えない相手と会話しているようで気味が悪かった。
ただ、不思議と恐怖は感じなかった。
(リオさんがそばにいるからかな?)
誰もクズ盗賊の話を聞いていないが、彼は構わず続ける。
自分に酔ってそのことに気づいていないようだった。
塀に掴まり、ひょっこり顔だけ出している姿はとても滑稽なのだが。
「安心しろ!俺の腕はホンモンだ!俺が保証するぜ!」
クズ盗賊は顎をクイっと上げて更に偉そうな顔をした。
やっぱりその格好では何をやっても滑稽だった。
そんなクズ盗賊に声をかける者がいた。
もちろん、リオではない。
「そこで何をしているのですか!?」
教会の神官だ。
教会の通りを歩いていた通行人が「不審者が塀をよじ登って喚いているぞ!」と知らせて来たのだった。
クズ盗賊は神官の姿を見ても慌てるどころか、待っていたかのような口振りで妄想を垂れ流し始める。
「おう、いいところに来たな。今な、リッキーキラーによ、『パーティに入ってくれ』って頼まれたんだ!」
クズ盗賊はそう言うと「へへっ」と照れくさそうに鼻の頭をかいてリオに声をかける。
「だよな!リッキー……って、ちょ待てよ!!」
クズ盗賊はリオが神官見習いと去っていく姿を見て慌てて塀をよじ登る。
「あっ、こら待ちなさい!不法侵入ですよ!!」
神官が止めるのも聞かず、クズ盗賊は塀を乗り越えた。
「ひゃっはー!今日から俺もリサヴィの一員だぜーっ!!」
そこでクズ盗賊の記憶は途切れた。
「……ん?ここは……」
クズ盗賊の目に最初に飛び込んできたのは見慣れた天井だった。
「って、ここ牢屋じゃねえか!!」
そう、クズ盗賊の言う通りそこはマルコの兵士の詰所にある地下牢であった。
彼が見慣れていたのはよく街中でケンカしては牢屋にぶち込まれていたからだった。
「なんで俺がこんなとこにいんだよー!?」
クズ盗賊は覚えていなかったが、彼が教会の敷地に侵入した時、“不法侵入”の叫びを聞いたリオが素早く動き、彼が着地したのと同時に顎を蹴り飛ばしたのだ。
宙をくるくるくる、と三回転してあほ面晒して気絶したクズ盗賊はやって来た兵士に不法侵入の現行犯で連行されていったと言うわけである。
「おい、出してくれ!これはなんかの間違いだ!!そ、そうだ!リサヴィを呼んでくれ!俺はリサヴィの一員になったんだ!!」
しかし、誰もやって来ない。
「頼むぜ!パーティに入ったばっかなんだ!無実なんだ!誤解でパーティ追放されたらどうすんだよ!?お前ら責任取れんのか!?なあ!わかんだろ!?」
しかし、やっぱり誰もやって来ない。
他の牢屋から「うるせい!」と怒鳴り声がしたが彼は気にしない。
彼はずっと妄想を吐き続けたのだった。




