547話 クズ達の不穏な動き
研修を終えたサラ達は他の審査員達と共にギルド二階にある会議室に場を移してどのパーティに依頼を受けさせるか話し合った。
リサヴィで積極的に参加していたのはサラだけである。
ヴィヴィは意見を求められれば答えたので最低限の役割を果たしたが、あと二人はダメだった。
リオに意見を求めると「さあ」としか言わないのだ。
アリスに至っては自信過剰冒険者の悪口しか出てこない。
そんなわけで参加パーティの選定はリオとアリスを除いた形で進んだ。
二時間ほどでどのパーティを選ぶかまとまった。
「リオ、いいですか?」
サラはあくまでもリサヴィのリーダーであるリオに形式的に確認をとったに過ぎない。
「いいんじゃない」
リオから予想通りの答えが返って来た。
こうしてパーティ選抜は終了した。
サラは会議室を出てすぐにギルド内の雰囲気が研修を受ける前と異なっていることに気づいた。
それはサラだけではなかった。
「……なんかクズ臭がぷんぷんしますっ」
アリスが言った通り、かつてのマルコが戻って来たかと思うほどにクズ臭を放つ冒険者が多い。
彼らの中には研修の邪魔をしようとした者達も含まれていた。
研修を終えた冒険者達を自分のパーティに勧誘している者達がおり、至る所で「Cラーンク!」とか「俺らの腕は俺らが保証する!」と言ったクズお決まりの定型文が聞こえる。
ただ、彼らはサラ達に気づいても声をかけてこなかった。
“死神パーティ”の名が知れ渡ったから、というわけでもなさそうだった。
その証拠にサラ達が通りかかると、勧誘を中断してキメ顔を向けてくるのだ。
もちろん、サラ達は無視した。
「ぐふ、また何か企んでいるようだな」
「懲りない人達ですねっ。カシウスのダンジョンでやらかした失敗をもう忘れたんですかねっ?」
「ぐふ、それもあるだろうが、奴らは自分達をクズだと認識していない可能性もある」
「あっ、確かにっ」
「考えるだけ無駄ですからさっさと出ましょう」
サラは早く宿屋に行き、リオにヴェイグ達との関係を聞きたかった。
すぐに聞かなかったのは周りの目があるからだ。
リオが過去の記憶を失っている事を無闇に広める気はなかった。
その事をクズが知ったらまたくだらない事を考えるに決まっているからだ。
サラ達は足早にギルドを後にした。
ギルドを出る時、強引な勧誘をするクズ達を注意するギルド職員の叫び声が聞こえた。
いつもの宿屋に着くとその酒場は満席で、その客達はサラ達の姿を見て一斉にキメ顔を向けた。
言うまでもなく、全員クズ臭がぷんぷんするクズである。
クズ臭に気分を悪くしたサラ達は無言で二階の部屋に向かう。
以前、ここの宿屋の主人が「リサヴィからの勧誘以外は禁止」と言っていたのを守っているのか、声をかけてくる者は一人もいなかったが、ギルドにいたクズと同様にキメ顔を向けてくるのは不気味だった。
夕飯は一階の酒場でとる(ヴィヴィは席を埋めるだけ)つもりだったが、満席だったこともあり、今夜は携帯食で済ます事にした。
満席でなかったとしてもクズ臭が充満した場所で食事をする気は起きなかっただろう。
しかし、携帯食を食べる必要はなかった。
宿屋の主人が気を利かせて食事を部屋まで運んで来てくれたのだ。
しかも、タダとのことだった。
その理由は宿屋の主人のニコニコ顔から容易に想像出来る。
クズ臭をぷんぷん放つクズとはいえ、客である。
クズ大集合により部屋が全て埋まり、酒場も繁盛して相当儲かっているのだろう。
宿屋の主人によれば他の宿屋も賑わっているそうだ。
「前払いできない者は追い出した方がいいですよ」
サラが念のため宿屋の主人にアドバイスすると彼は笑って答えた。
「お気遣いありがとうございます。しかし、皆さんほどではありませんが私もクズの扱いには慣れております。前払いを拒否する者は宿泊させませんし、食事も出していません」
「クズの扱いに慣れている」と言われたときサラは思わず反論しようとしたが、今はもっと重要なことがあったので聞き流すことにした。
食事が終わった後でサラはずっとリオに聞きたくて仕方がなかった事を尋ねた。
「リオ、あのヴェイグとイーダ、でしたか。彼らは以前にあなたが守った護衛だと聞いていますが何か思い出しましたか?」
「どうだろう?」
「そこは『どうだろう』じゃないでしょう」
「ぐふ、向こうはお前を知らない、は正しくないな、面識はなかったようだが」
「ですねっ」
リオは考えながら答える。
「……僕は知っていたんだろうね。彼らの名前も知っていたから。でも、それだけだ。ヴィヴィの言う通り、向こうは僕と会ったことないみたいだったから、僕が一方的に知ってたんだろうけど何故知っているのかわからない。でも……」
「でもなんです?」
「強いて言うなら……」
そう言ってリオは自分のこめかみ辺りを指差す。
「記憶を失う前の僕だけが知っている」
リオがくすり、と笑った。
「「「……」」」
「……表情が豊かになりましたね」
「そうなんだ」
そう言った途端、リオの表情がもとの無表情に戻った。
「ぐふ、サラのせいで元に戻ったな」
「ですねっ」
「ひ、人のせいにするなっ!」
サラは気を取り直して更に尋ねる。
「では、あの剣術はどこで、いつ、学んだのですか?」
リオは首を傾げる。
「さあ」
「「「……」」」
「ただ、ヴェイグを見たら思い出した」
「思い出した、ですか?」
「うん」
「ぐふ、お前はもとは村人だったのだろう?」
「確かに不思議ですねっ」
「それなんだけどね」
「ぐふ?」
「僕は本当に村人だったのかな?」
リオに尋ねられたサラは困惑した表情をする。
「私に聞かれても困ります。聞くならベルフィ達でしょう」
「そうだった」
「ぐふ、そう言えばサラ、お前は以前から執念深くナックにリオの村の場所を尋ねていたのではないか?」
「執念深くは余計です!」
「ぐふ、それで?」
「……連絡がありません。先日ヴェインに行った時は留守でしたし」
「そうでしたねっ」
「そうなんだ」
「「「……」」」
「ともかく、もう一度手紙を出してみますが、やはり直接会って話した方がいいと思いますから今度の依頼が終わったらまたヴェインに向かいませんか?」
「そうなんだ」
「いえ、そこは『そうなんだ』ではありません!あなたのことですよ!」
「そうだね」
「わかってるなら……」
「だからサラには関係ないことでしょ」
「そ、それはそうですけど、あなたは気にならないのですか?」
「気にはなるけどサラには関係ないよね」
うっ、と唸るサラにヴィヴィが珍しく助け舟を出す。
「ぐふ、鬼嫁としては……」
「そこうるさい!」
「……」
サラはヴィヴィをひと睨みした後でリオに尋ねる。
「つまり、行かないと?」
「そこまでする必要性を感じないね」
「……まあ、あなたがそれでいいのなら」
「ぐふ、そのうちベルフィ達から返事が来るかもしれないしな」
「ですねっ」
「……だといいですけど」




