545話 リオとヴェイグ その1
元傭兵のFランク冒険者の怪我は完治したものの、気を失ったままだ。
その彼をギルド警備員が乱暴に引きずって訓練場を後にする。
それを見送ったモモが研修生達に向けて言った。
「皆さん、お疲れ様でした。研修は以上となります。なお、依頼選抜の結果は後日お知らせします」
モモが今後のことについて話している時だった。
「なあ、研修終わったんならよ、俺の相手もしてくれよ」
そう言って一人の冒険者がやって来た。
その後から申し訳なさそうな顔をした女魔術士が続く。
「俺はEランク冒険者だから問題ないだろ」
今し方、リオに自信過剰な冒険者が一方的にボコられて退場したばかりだというのに、よほど自分の力に自信があるらしく、彼は挑戦的な目をリオに向ける。
モモは彼を見て首を傾げる。
「……私はあなたに見覚えがありませんが、あなたはマルコ所属ですか?」
「違う。マルコ所属じゃないとダメなのか?」
「はい、そういうことになっています」
「そう堅いこと言うなよ」
そう言うとその冒険者、ヴェイグがヴィヴィに目を向ける。
「ぐふ?」
「なあ、“返り討ちの”ヴィヴィ、同じユダス出身のよしみでお前からも頼んでくれよ!」
「……」
ユダスにいた頃、ヴィヴィの事を“返り討ち”の二つ名で呼ぶ者もいたが、それが定着する前にヴィヴィはユダスを出て行った。
ヴィヴィは自分を知っているらしいヴェイグをじっと見る。
どこかで見たような気がしないでもないが、それがユダスだったかは自信がない。
それはヴェイグに限ったことではない。
ユダスにいた頃のヴィヴィはほとんど一人で行動していたので知り合いなど一人もいないのだ。
ギルド警備員が遅ればせながら部外者のヴェイグを追い出そうとやって来た。
「おい!お前達!何勝手に入って来てるんだ!?」
「まあまあ」
「まあまあじゃ……」
「いいよ」
そう返事をしたのはヴィヴィではなく、リオだった。
「リオさん?でも……」
「サンキュ!ほれっ、本人がいいって言ってんだからよ」
そう言ってヴェイグはギルド警備員の手を振り解く。
ヴィヴィはヴェイグをどこで見たのか思い出した。
それはユダスではない。
ヴェイグについて来た女魔術士のイーダを見て、以前に助けた輸送隊の護衛がこの男だと気づいのだ。
「……ぐふ。モモ、もう研修は終わったのだ。それにこいつはただリオと戦いたいだけだ。違うか?」
ヴィヴィに問われてヴェイグは笑いながら言う。
「おう。俺は依頼なんてどうでもいい」
「ま、まあ、それでしたら……」
「サンキュ!」
「ぐふ、名前くらい名乗ったらどうだ?」
「ああ、そういやまだ名乗ってなかったか。俺の名はヴェイグだ」
「ぐふ」
モモがリオとヴェイグの試合をOKするのを見て、「俺も!」「私も!」と騒ぎ出す者達がいた。
ただ、彼らはヴェイグとは異なり、リオに勝てるとは少しも思っていなかった。
純粋にリオ、あるいはサラに稽古をつけてもらいたいと思っていたのだ。
しかし、彼らはギルド警備員によって押し止められる。
ギルド警備員は研修生の邪魔をしないようにと見学者達を見張っていたのだが、先のリオの戦いに気を取られてヴェイグ達の侵入を許してしまった。
後で隊長に怒られることは確実であり、これ以上の失態を犯すまいと必死であった。
ヴェイグはリオの顔を間近で改めて見て首を傾げる。
「ん?」
「いや、悪い。なんかよ、お前とはどっかで会った気がするんだが知らないか?」
「どうだろう?」
そう言ったリオは珍しく表情を変え、笑みを浮かべていた。
「……なんかムカつくな、お前」
「そうなんだ」
イーダがリオの笑みを見て呟く。
「……なんかリオってリオンに似てる」
イーダの言葉を耳にしてヴェイグもそのムカつく笑みがリオンに似ている事に気づいた。
いや、その容姿もリオンに似ている。
若い頃のリオンはこういう姿だったのでは、と思うほどにそっくりだ。
何故、最初見た時に気づかなかったのか不思議だが、それよりも確認する方が先であった。
「戦う前に確認したいんだがよ」
「ん?」
「お前、兄弟とかいないか?リオンていう」
「……どうだろう?」
「だから、その笑みをやめろ!あいつの顔が浮かんでムカつく!」
「そうなんだ」
「で、どうなんだ?」
「どうだろう?」
「だから……って、まあいい。じゃあ、こうしようぜ。俺と賭けをしようぜ」
「賭け?」
「おう。勝った方が相手の言う事を一つ聞くってな」
「いいよ」
リオはあっさりOKした。
「後で卑怯とか言われるのはゴメンだからよ、最初に言っておくぜ」
「ん?」
「俺はEランクだが、実力はCランク以上だぜ。信じる信じないはお前の勝手だがな」
ヴェイグの言葉を聞いてイーダは内心で呟く。
(何がCランクよ。Bランク以上でしょうが!)
リオは笑みを浮かべたまま答える。
「大丈夫だよ。僕も並のCランクよりは強いから」
「そうかい。それを聞いて安心したぜ」
リオの笑みが少し変化した。
何かいたずらを思いついたかのように、楽しそうな、そんな笑みだった。
サラはリオがそんな笑みを浮かべたのをこれまで見たことがなかった。
(このヴェイグという男はリオの知り合い?)
「遊んであげるよ、ヴェイグ」
リオの言葉にヴェイグは笑顔で、しかし、こめかみに怒りマークをつけながら言った。
「そうかい。そりゃ楽しみだぜ、リオ」
研修に参加していた者達や、最初からいた見学者達は、ヴェイグの自信満々の顔を見て、
「あいつも自信過剰な冒険者達と一緒であほ面晒して気絶して退場だな」
と思った。
開始の合図でヴェイグがリオに迫る。
最初から全力だった。
それをリオは真っ向から受け止める。
二人の戦いを皆は驚きの表情で見守った。
その剣技は凄まじくCランクどころかBランクと言ってもおかしくない強さであった。
彼がEランクというのは嘘ではないかと疑うほどにヴェイグが一方的に攻める展開になった。
しかし、皆が驚いたのはヴェイグの剣技だけではなかった。
その剣技をリオは全て受け切っているのだ。
「……どっちも凄い」




