540話 低ランク冒険者の神官
今度の対戦相手には神官がいた。
サラはパーティメンバーに神官がいることに疑問を持った。
神官は特別な理由がない限りアリスのように特典を生かしてDランクからスタートする。
サラがFランクからスタートしたのはリオと同じランクでスタートするためである。
サラはモモに研修に参加している神官達について訪ねた。
「モモ、神官がいますが彼はDランクではないのですか?」
「違いますよ。彼だけでなく今回研修に参加している神官は皆Eランク以下です」
「そうなんですか?」
モモはサラが何を気にしているのか気づいて補足する。
「はい。そして今回研修に参加している神官は皆魔法を使えます」
「え?」
「確か彼はサラさんに憧れて冒険者になったのです」
「は?私ですか?」
「はい。サラさんのようになりからと面接で言っていました」
「そ、そうですか」
「ぐふ、困ったものだな。言葉より拳で語りたいとは」
「おいこら!」
サラがヴィヴィを睨むとぷいっと顔を背けた。
モモの話には続きがあった。
「それとですね、Fランクから始めるのはクズ対策でもあるのですよ」
「はい?クズ対策ですか?」
「なんですっ?それっ?」
「神官の冒険者が少ないのはご自身のことですからご存知ですよね」
「ええ」
「はいっ」
「神官が一人、いえ、既にパーティを組んでいると誰がどう見てもわかるのにクズは強引な勧誘をします」
「そうですね、私も苦労しました、いえ、しています」
サラは現在進行形に言い直す。
「ですねっ」
「その中でも特典でDランクになった神官が特に狙われるらしいのです」
「それって……」
「Dランクとはいえ、冒険者としては初心者です。そこにCランク以上のクズがでかい態度で『パーティに入れ』と迫るわけです。冒険者としての経験がないので扱いやすいみたいなんです」
「そうなんですねっ」
サラは先のデスヴァイパー退治の依頼を一緒に受けた神官が以前、クズパーティに入っていた事を思い出し、納得する。
サラはため息をついた。
「ナナル様からはこの特典をつけたのは勇者探しをする神官の便宜を図るためで、そのサポートを先輩冒険者がする事を前提としていたと聞いていましたが、今はクズに悪用される、不利益を被るほうが大きくなったということですか」
「はい、残念ながらそういう事です」
「ぐふ、お前が言うと説得力があるな」
「「「!!」」」
ヴィヴィの言葉はそこで終わりだったが、モモやマルコギルド所属の審査員達は「クズを大量生産したマルコギルドが」と脳内で付け加えられた。
審査員達は表情を強張らせるが、これまでサラ(だけ?)にネチネチと嫌味を言われ続けられた結果、アダマンタイトに匹敵する強靭な神経を獲得したモモにはその程度の嫌味は「効かぬ!通じぬ!」であった。
モモは平然とした表情で、ヴィヴィの言葉などなかったかのように続ける。
「そこでサラさんのようにFランクから始めて経験を積んだ方がいいと考える者達が増えたそうです。FランクならEランクまでの依頼しか受けられませんからクズのちょっかいも少なくなるようです」
「そうですか」
「そんなことになってたんですねっ。わたしはっ冒険者始めてすぐにリオさんに出会えて幸運でしたっ」
「ぐふ、サラは自分の趣味でFランクから始めたのだがな」
「おいこら!」
モモの言った通り、神官は魔法を授かっており、防御魔法をメンバーにかけて援護した。
ただ、神官がいたからといって、リオが勝つ、という結果がひっくり返ることはなかった。
試合後、サラとアリスが神官にアドバイスをした。
今度のパーティは四人構成だった。
クラスはその装備から推測すると戦士二人、神官、そして魔装士だが、サラは戦士姿の一人に違和感を覚えた。
「彼女は神官ですね」
「ですねっ」
アリスもサラと同じ違和感を覚えていたようだ。
実際、試合が開始してその戦士姿をした者は神聖魔法を発動し、サラ達の推測が正しかった事を証明した。
彼らの構成がリサヴィにそっくりであることは偶然ではなく真似ているのは明らかだ。
一部では“リサヴィタイプ”と呼ばれている。
ただ、その多くは神官一人で、神官戦士のサラの代わりに魔法戦士がいるほうが多い。
そのパーティの戦士の腕は標準的な低ランク冒険者と比べると勝っているが、突出しているわけではない。
神官戦士の方が彼より剣術も優れており、Cランクに近い実力だった。
神官はメイスを構えているものの、サポートが中心で魔装士の護衛を兼ねていた。
魔装士の魔装具はフェラン製である。
基本能力はカルハン製が勝るが、フェラン製にも勝る点がある。
一つは入手の容易性である。
フェラン製の魔装具はどの国でも買えるが、カルハン製の魔装具は国家が製造管理しているので正規ルートで入手することは難しい。
それでもジュアス教団の一部門である異端審問機関との戦いが起こる前は割高になるが冒険者ギルドを経由して購入が可能であったが、戦い以降、外国への販売を禁止している。
二つ目は価格である。
魔装具は魔道具の一種であり、一式揃えようとするとそれなりに金がかかるが、フェラン製魔装具はカルハン製に比べて割安であった。
先の戦いで異端審問機関に睨まれては敵わないと多くの魔装士がカルハン製魔装具を手放したことで、大暴落を起こしたこともあったが、ヴィヴィの活躍が広まると、カルハン製魔装具の方が性能がいいからだと噂になり価格が高騰し、今では中古にも拘らずフェラン製より高くなっている。
そして最後に操作性である。
先に基本能力はカルハン製が勝ると言ったが、それは限界まで使いこなせる者に限られる。
普通に扱うだけならフェラン製の方が魔力消費が少ないし、荷物搬送に特化した、あらゆる機能をオミットした廉価版であれば誰にでも扱える。
この廉価版の登場で魔装士は冒険者に一番なりやすいクラスとなった。
更に付け加えるとこの廉価版の登場で一部の者が呼んでいた“棺桶持ち”、“荷物持ち”などの蔑称が広く知られるようになった。
このパーティの魔装士の魔装具は廉価版ではないが、初級冒険者にしては魔装具に傷が多くあることからおそらく中古であろう。
魔装士がリムーバルバインダーを飛ばした。
飛ばしたのは片方だけで、その場からは動かない。
神官の護衛がいる事もあるが、一番の理由は片方だけでもリムーバルバインダーを制御するので精一杯なのだ。
二つのリムーバルバインダーを飛ばし、更に移動も出来るヴィヴィが特別なのである。
一つだけとはいえ、戦闘に参加することができるのでそこそこ腕が立つといえる。
ヴィヴィは覚えていなかった(仮面で顔は見えないし)が、彼とは以前に依頼でマルコの冒険者養成学校に行った際に相談に乗ったことがあった。
戦士と神官戦士、そして魔装士のリムーバルバインダーがリオを攻める。
今まで対戦相手の中で一番攻撃力が高かったし、このパーティでいくつも依頼をこなしたのだろう、連携も悪くない。
リオは防戦一方になる。
その様子を見て、リオが押されている、と見る者はサラ達や偵察隊、そして警備員の中には一人もいなかったが、研修生の中にはリオに見下した笑みを浮かべる者達がいた。
低ランク冒険者達の連携は中々のものだったが、その連携が崩れ始めた。
まず、リムーバルバインダーの動きが悪くなった。
リムーバルバインダーのコントロールには高度な空間認識能力が必要だ。
必要な集中力も半端なく、前衛と連携するなら尚更だ。
リオはその乱れを見逃さなかった。
一瞬で彼らの包囲網を抜けると神官と魔装士のいる場所へ向かう。
「なっ!?」
神官は向かってきたリオに慌ててメイスを振るうが、あっさりとかわされた。
リオが魔装士に迫るが、魔装士はぴくりとも動かない。
「目を開けろ!リオさんが来てるぞ!」
戦士の叫びで魔装士が閉じていた目を開けると、同時に軽い衝撃を受けた。
魔装士の“肉眼“にリオの姿が映った。
(仮面を飛ばされた!?)
そう気づいた直後、肩に装備されていたリムーバルバインダーがリオに蹴り飛ばされた。
仮面を失い、制御を失ったリムーバルバインダーが地面に落ち、魔装士は死亡判定された。
神官のメイスが再びリオを襲うが、これもあっさり回避して向かってきた戦士の剣を弾き飛ばす。
更に神官戦士の剣も同じく弾き飛ばした。
最後の一人となった神官は降参せず必死にメイスを振るうが、全てを回避され、受け流され、最後にはメイスを弾き飛ばされて試合は終了した。
今回のパーティはリサヴィと同じパーティ構成と言うことで皆が盛んにアドバイスした。
ヴィヴィに至っては魔装士に「ぐふ、少し揉んでやろう」と直接指導までするほどだった。




