539話 研修兼選抜試験開始
マルコギルドの訓練場でリサヴィによる冒険者研修が始まった。
今回の研修はお婆さんの依頼選考会も兼ねているため、個々の能力だけでなく、パーティとしての総合力も重要となる。
この選考結果は参加人数が多いこともあり、後日発表することになっている。
研修内容は試合形式をとり、リオVS研修生パーティで戦いを行うことになる。
リオが疲れたら(本人が疲れているか気づくかは疑問だが)サラに交代することになっていた。
なお、アリスも参加を希望したが手加減できるか不安に思ったサラがその事を尋ねると、
「やってる間に手加減できるようになりますよっ」
と現在は手加減できないことを堂々と口にした。
これが決定打となり、その言葉を聞いたモモに却下された。
研修は次のルールに従って行われる。
・武器を落とした者は死亡したと見做し、その者の試験はそこで終了となる。
・意図的かは関係なく、一旦、武器を手放しても地に着く前に再び手にすれば問題ない。
・両手に別々の武器を持って戦う者は両方の武器を落とした時点で死亡と見做される。
・片方の武器を落としてもまた拾って使用する事は認められている。
・試験中に武器の持ち替えは可能で、手にしている武器以外が落ちるのは問題ない。
・武器を相手に弾かれたのではなく、うっかり落とした場合はノーカンだが、試合は中断せず、十カウント以内に拾えなければその者は死亡と見做され終了となる。
・武器を落とす以外にも気絶したり、降参するとその者は死亡と見做される。素手で戦う者はこちらでの判定のみとなる。
以上のルールでパーティが全滅するまで行う。
両手にそれぞれ武器を持った方が有利に見えるかもしれないが、慣れない事をやる方がポカしやすいだろう。
もちろん、リオやサラが同様の状態になれば研修生パーティの勝ちとなる。
そうなる可能性は限りなくゼロに近いが。
先にも述べたが、今回の依頼選考会はパーティとしての力を示すことが重要なので、一人だけ突出して強くても他の者達が弱ければ評価は低くなり選ばれるのは難しくなる。
例えば、一人がCランクに匹敵する強さを持っていても他の者達がFランクの力しかないのであれば、メンバー全員Eランクの力を持つパーティの方が選ばれる可能性は高い。
更にパーティ連携ができる方がより評価は高くなる。
この評価方法は秘密でもなんでもなく、研修前に告知されていた。
パーティを組んでいなくてもソロを集めて研修に挑む事も可能であるが、そんな寄せ集めの集団に連携が取れるとは思えず、依頼を勝ち取るのは厳しいだろう。
そのため、これを機にパーティを結成し、研修に備える者達もいた。
今回の依頼選別の審査員だが、当事者のリサヴィだけでなく、ギルド警備員、そして偵察隊からも集められていた。
審査員を募集したところ、皆リサヴィの実力に興味があったようで応募が殺到し、選ぶのが大変だった。
この研修を行う訓練場は研修が終了するまで関係者以外立ち入りを禁止した。
例外は、他のギルド所属を含め今回の研修に参加出来なかったEランク以下の冒険者である。
いざ訓練を始めようとしたときに外から騒ぎ声が聞こえた。
「今日、訓練場が使えない事を知らない人がいたようですね」
サラがそう言うとモモが笑いながら否定する。
「いえ、恐らくクズが『中に入れろ』とか言って騒いでいるのでしょう」
「クズですか?」
「はい」
その後、モモの推測が正しいと証明するかのように、
「ざけんな!」
「俺らも審査員やってやるって言ってんだぞ!」
「見込みがあれば俺らのパーティに入れてやる!」
「安心しろ!俺らはCラーンク!冒険者だ!」
など喚く声がサラ達のところまで聞こえて来た。
審査員でもあるギルド警備員の隊長が不機嫌な顔をしながら席を立ち、「ちょっと行って来ます」と言って訓練場の入り口に向かった。
ヴィヴィが呆れた顔をしてサラを見る。
と言っても顔は仮面で見えないが。
「ぐふ、サラ、またなのか」
「私のせいにするな!」
「いえ、ヴィヴィさん、今回はサラさんだけのせいではないですよ」
「おいこらっ!“だけ”とはなんですか!?私は関係ないと言ってるでしょうが!」
モモはサラの言葉をスルーして話を続ける。
「クズ達は研修を受ける低ランク冒険者達を狙っているのです」
アリスは自分の名が出る前に話の先を促す。
「モモさんっ、それはどういう意味なんですかっ?」
「それはですね、」
モモが説明を始める。
何故、クズが低ランク冒険者の研修に興味を示すのか。
それはギルドの不正合格者摘発が大きく関係していた。
ギルドが不正合格者炙り出しのためにアンケートに見せかけた識字試験を行なっていることは皆の知るところとなっていた。
巻き添えを食ってはたまらんと、明らかに不正合格したとわかる、今だに読み書きが出来ない者を追い出したクズパーティがいくつもあった。
その結果、そのクズパーティはただでさえ弱いのに更に戦力が低下した。
その補充相手として目をつけたのが将来有望な低ランク冒険者達である。
遠からず自分達を追い抜くであろう彼らを自分達の方がランクが上のうちに上下関係を構築し、自分達に都合のいいように働かせようと考えたのだ。
いわゆる“クズの青田買い”である!
しかし、仮に青田買いが成功したとしても戦力強化にはならない。
何故なら、確かに今は将来有望そうな彼らもクズと関わるうちにクズになるからである!
クズレベルのみ上げるクズに堕ちるからである!
モモからクズの青田買いの話を聞き、ヴィヴィが呆れた顔をして言った。
その顔は仮面で見えないが。
「ぐふ、しかし、この研修を嗅ぎつけるとは本当に鼻の利くクズ達だな」
「その力をもっと別の事に使えばいいのですが」
「ですねっ」
「本当にそうです」
そう言ったモモが一瞬、不思議な笑みを浮かべたのにサラは気づいた。
その事をモモに尋ねたが「笑っていませんよ」と誤魔化された。
ギルド警備員の隊長が戻ってきた。
クズを追っ払ったようでもう騒ぎ声は聞こえてこなかった。
研修兼依頼選考会が開始された。
最初のパーティは三人構成で戦士二人に盗賊一人だった。
低ランクパーティなら珍しくない構成だ。
審判の開始の合図とともに全員がリオに向かって行く。
必死に剣を振るうがリオは難なく弾く。
一応戦術は練って来ていたようだが拙く、盗賊のスキル、インシャドウも未熟でリオには通じない。
相手の斬撃は尽くリオに弾かれ、バランスを崩したところで剣を飛ばされる。
そうこうするうちに全員が武器を弾き飛ばされて試合は終わった。
「リオさん!俺達はどこを直せばいいでしょうか!?」
リオは対戦相手にアドバイスを求められて首を傾げる。
不安そうな顔をしている対戦相手に審査員である偵察隊の隊長が声をかけてきた。
「俺からいいか?」
「あ、はいっ、お願いします!」
隊長がその対戦相手の問題点と改善すべき点を的確に述べる。
その話を珍しく?聞いていたリオが頷く。
「ああ、確かにそうだね」
「あ、ありがとうございます!」
警備員や偵察隊がアドバイスをするというのは当初の予定にはなかったが、この後もリオとの対戦後に彼らが対戦相手にアドバイスを送る、という流れになった。
サラは彼らがサポートしてくれて大変助かった。
アドバイスをするのは自分の役目だと思っていたからだ。




