534話 ハモリク
街道をハモリクズが走っていた。
目指すはマルコである。
そんなハモリクズの前に一人の冒険者が現れた。
行手を遮られてハモリクズは激怒する。
自分達もよくやる癖に自分がやられると許せないのだ。
「「なんだてめえは!俺らは急いでるんだ!どきやがれ!」」
「やれやれ」
その冒険者が呆れた顔をするとハモリクズはおやっ、という顔をして首を傾げる。
「「……ちょっと待て。こいつどっかで見たことがあるぞ」」
「「確かにな」」
相変わらず自問自答する姿は気持ち悪かった。
その冒険者も同意見だったようで顔をしかめる。
「俺を覚えていないか。まあ仕方ないか」
冒険者は自分のことを話し始める。
「お前らが路地裏で転がってるところにポーションを分けてやっただろ」
その言葉を聞いてハモリクズの怒りがトーンダウンする。
「「おうっ、そういやそうだったかもな!感謝してやるぞ!だが、今俺らは忙しいんだ。サラ達が俺らの報酬をネコババしたんでな!奪い返しに行くところなんだ!」」
「奪い返しに、ね」
彼はハモリクズが今置かれている状況を正確に把握していた。
というか、ハモリクズの動向をリサヴィに気づかれないように注意しながらずっと観察していたのだ。
だからハモリクズが言っている事が戯言だと知っていた。
何故そんなことをしているのか?
それは彼がメイデスの使徒だからだ。
彼が渡したポーションはただのポーションではなく、スクウェイト・ベータ入りポーションであった。
ハモリクズの二人はある街の酒場で出会った。
互いにリサヴィのせいで(と本人達は思っている)パーティが解散して以来、“何故か”メンバーが集まらずパーティを再結成できずにいた。
仕方なく、他のパーティに入ろうともしたが“何故か”全て断られた。
どちらも責任重大なリーダーを自分が引き受けると言ったのにも拘らずである。
だから二人とも機嫌が悪かった。
クズは基本的に自分を客観的に見ることはできないが、他人の粗探しは得意だ。
彼らは一目見て相手がクズだとわかった。
ふとしたきっかけで罵り合いが始まり、やがて殴り合いに発展した。
店主には「営業妨害だ」と文句を言われ、飲んでいた他の客達にも「うるせえクズ!」と怒鳴られた。
ハモリクズが彼らに怒鳴り返すとボコられ、気づけば二人とも裏路地に転がっていた。
そこにメイデスの使徒の彼が現れて親切を装い、ポーションを差し出したのだ。
彼らがポーションだと言われて飲んだ液体の中にはスクウェイト・ベータの幼体が複数仮死状態で入っていた。
幼体は体内に入る事で仮死状態から目覚め、その者に寄生し体を乗っ取るのである。
だが、ハモリクズのときにはイレギュラーが起きた。
メイデスの使徒がスクウェイト・ベータ入りポーションを一本取り出すと、使徒の言葉を待たずに片方のハモリクズが奪いとって飲んだ。
そして、彼が半分ほど飲んだところでもう片方がそれを奪って飲んだのだ。
こうして一つのビンに入っていたスクウェイト・ベータの幼体が異なる体で成長することになった。
その結果、宿主同士が感覚を共有するという特殊な状況を起こし、それが影響して二人はハモっていたのである。
その共有関係は時が経つにつれて強くなっていき、今ではお互いの記憶が混在してどっちがどっちかわからない状態であった。
彼らハモリクズは一心二体の化け物と化していたのである。
メイデスの使徒は予定通り事が進まなかったことを残念に思う。
(お前らが殺されてスクウェイトがリオとはいわなくてもリサヴィの誰かに寄生してくれればよかったんだがな)
スクウェイト・ベータは宿主が死を迎えると宿主を死に追いやった者に寄生する。
それはスクウェイトの生存本能によるものであった。
メイデスの使徒は彼らにスクウェイトを寄生させた直後、マルコにリサヴィがいることを話し、彼らをマルコへ向かうよう誘導した。
あとは勝手にリオ達にちょっかいをかけて殺されるだろうと思ったのだ。
紆余曲折はあったものの、ハモリクズはメイデスの使徒が望んだ通りにリオ達にからんだ。
だが、ハモリクズはヴィヴィにど突かれて気絶させられるだけで殺されることはなかった。
ヴィヴィは彼らにスクウェイト・ベータが寄生していることに気づいていたわけではなく、殺すほどではないと判断したのだ。
メイデスの使徒は自分に香水をかけた。
それはスクウェイト・ベータが好む匂いのする香水だ。
スクウェイト・ベータはこの匂いを放つもののいうことを聞くのだ。
その効果が表れ、ハモリクズがトロンとした目をする。
メイデスの使徒はスクウェイトがハモリクズの体を支配しているとわかり安堵した。
彼がハモリクズの前に現れたのはスクウェイト・ベータの寄生状態を確認するためだけではない。
本来、スクウェイトは宿主を強化するはずなのであるが、彼らは弱すぎた。
その原因の一つは間違いなく宿主の基本能力が低いことであるが、もう一つの可能性としてスクウェイトの幼体を二つに分けたことだと考えていた。
「じゃあ、一つになれ、って、言ったものの、なるのかこいつ……!!」
メイデスの使徒が半信半疑で命令するとハモリクズがお互いの手を握った。
中年のおっさんが手を握り合って見つめ合う姿はあまり見ていて楽しいものではなかった。
ハモリクズに寄生するスクウェイト・ベータはしばらくの間、どちらが本体になるかで争っていたが、やがて片方に吸収された。
スクウェイト・ベータを吸収された方のハモリクズは、その場にバタン、と倒れて二度と動くことはなかった。
スクウェイト・ベータを吸収したハモリクズがその姿を変えた。
大雑把に言えば、ハモリクズ二人を足して二で割ったような容姿であった。
メイデスの使徒はスクウェイト・ベータの宿主がひとつになり、満足げに頷く。
「えーとお前の名前は……」
メイデスの使徒は彼らの名前を覚えていなかったことに気づく。
「……まあいいか。今日からお前の名は……ハモリクだ」
「……わかった」
説明するまでもないと思うが、この名はハモリクズからとったものだ。
メイデスの使徒はハモリクの姿をマジマジと見てため息をつく。
「スクウェイトは宿主の体を強化するはずなんだがな。分離していたせいで弱いのかと思っていたが一つの体に集まっても相変わらず弱そうだな」
「ざけんな!」
ハモリクは反射的に怒鳴った。
これにメイデスの使徒は少し驚いた。
(この匂いを嗅いでも反抗するか。本来、この匂いを放つ者には絶対服従のはずなんだがな。恨みを買うようなこともしてないし。クズとしての本能が無意識に言い返したのか?……まあ、こいつの存在はイレギュラーだから注意が必要だな)
「よし、行くぞ。ハモリク」
「……おう」
メイデス使徒の後をハモリクが続いた。
メイデスの使徒はハモリクをすぐにリサヴィにぶつけるつもりはない。
強い者と戦わせ、その体にスクウェイト・ベータを寄生させてからリオにぶつけるつもりであった。




