532話 サラの八つ当たり
リオとヴィヴィがデスヴァイパーからプリミティブや貴重な素材の回収を終えて戻って来た。
そのとき、先の戦いで力を使い切ったニューズはまだ体力が回復しておらず座り込んだままだった。
そんな彼らに魔術士がカツを入れる。
「お前達!いつまで休んでんだ!?まだ依頼は終わってないんだぞ!!」
「「「は、はい!」」」
ニューズの面々がフラフラしながらも立ち上がる。
その顔には疲労感が漂っていたが、やり切ったという充実感も表れていた。
神官や魔術士達のサポートがあったとはいえ、格上のデスヴァイパーに、それも複数相手にして勝ったというのは彼らの大きな自信となっていた。 ニューズの瞳の色だが、戦う前は赤みを帯びていたが、今はもとの色に戻っていた。
戻ってきたリオとヴィヴィにニューズが頭を下げる。
「悪いリオ、ヴィヴィ。俺達から素材回収する、って言っておきながらさせてしまって」
複数パーティが同一の依頼を受ける場合、倒した魔物の扱いをどうするかなどについてその都度ルールを決める。
大体は倒した魔物の素材回収は自身で行うことになるが、担当を決める場合もある。
その場合はランクの低い者が行うことが多い。
無論、信頼関係があって成立することだ。
信用できない冒険者は平気でちょろまかすので、彼らのような者と一緒の依頼を受けてしまった時は、担当を設けず各自で素材回収することになる。
今回、ここにいる冒険者のなかにクズは一人もいないのでその心配はなく、ニューズが素材回収を申し出ても誰も反対しなかった。
また、誰が何体倒そうと報酬は均等に分けることに決まっていたので、誰がどれを倒した、と揉める心配もなかった。
しかし、いざその時になってみるとニューズのメンバー全員が戦いで力を使い尽くしてそれどころではなかったというわけである。
「ぐふ、気にするな。それより調子はどうだ?」
「ああ、もう大丈夫だ」
「おう、怪我は治してもらったし、こうして休ませてももらったしな」
「いつでも行けるぞ」
口ではそう言っているが無理をしているのは明らかだった。
彼らの言う通り怪我は完治している。
だが、疲労がまだ取れていないのは誰の目にも明らかなのだ。
サラは疲労を回復する魔法を授かってはいたがそれを使用する気はない。
その魔法には副作用があるからだ。
魔法が効いている間はいいのだが、魔法が切れた途端に疲労がツケを持って一気に襲って来るのだ。
酷い場合はしばらく放心状態が続き、完全に無防備となる。
なので余程のことがない限りその魔法を使う気はなかった。
サラはニューズの状態を知りながら敢えて彼らの言葉をそのまま受けとる。
冒険をしていればこのような状態で先に進まなければならないこともあるのだ。
それを経験させることが彼らの更なる成長につながると思ったのだ。
「では先に進みましょう」
「いいのか?」
魔術士がサラに確認する。
厳しい事を言ってはいても後輩を心配しているのだ。
その問いに答えたのはサラではなく、ヤックだった。
「大丈夫です!俺達のことは気にしないでください!」
ヤックの言葉にソウオンとリイが頷く。
「……わかった」
魔術士はニューズの意思を尊重した。
リオ達は別荘へ到着した。
別荘を囲む結界を見てヴィヴィが言った。
「……ぐふ、どうやら今すぐ消えることはなさそうだな」
その言葉に魔術士が反応する。
「ヴィヴィ、俺にはよくわからないが、お前は魔道具に詳しいのか?」
「ぐふ、まあな」
そう言ったヴィヴィはくいっ、と少し顎を上げ、誇らしげだった。
リオが結界を見ながらボソリと呟く。
「あの結界よりは大したことないね」
「あの結界っ、てっ、ユーフィ様のところのですかっ?」
「そう」
「ぐふ。まあ、あの弟子達の魔力は大したものだったし、短い周期で結界を張り直していたようだから比べるのは可哀想かもな」
「そうなんだ」
「ぐふ、とはいえだ、コレも魔道具としては相当優秀だと思うぞ。まあ、サイファ・ヘイダインの魔道具には及ばないだろうがな」
「そうなんだ」
リオがなんの前触れもなく剣を抜いた。
皆がリオの突然の行動に驚く。
いち早くリオの次の行動を読んだサラが慌てて止める。
「リオ!この結界を破壊してはいけません!」
「そうなんだ」
そう言ってリオは剣を収めた。
神官が驚いた顔をしたままリオに尋ねる。
「おいリオ、お前、なんで結界を壊そうとしたんだ?」
「壊せそうだったから」
リオは神官の問いになんでもないような顔をして答えた。
「いやいやいや!壊せそうだからって壊したらダメだろ!」
「そうなんだ」
「いや、そこは『そうなんだ』じゃないだろうが!」
「そうなんだ」
「……」
神官がサラを見た。
「お前はリオにどういう教育をしてるんだ」と言いたげな表情をしていた。
サラが口を開く前にアリスがリオの代わりに誇らしげな顔で説明する。
「リオさんはっ好奇心旺盛なんですっ」
「そうなんだ」
「いや、だからってやっぱりダメだろ……って、本人そう思ってないみたいだぞ!」
神官の中でリサヴィに対するイメージが変わりつつあった。
言うまでもなく悪い方にだ。
「ぐふ、心配するな。壊れたところでどうということはない」
「ヴィヴィ、お前もかよ……」
魔術士はこの別荘の持ち主であるお婆さんの事を知っているようで厳しい顔をする。
「この別荘の持ち主って、あれだろ?めちゃくちゃ怒るぞ。いや、怒るだけじゃ済まんぞ」
「ぐふ、大丈夫だ」
「なんでだよ?なんでお前はそんな自信ありげなんだ?」
「ぐふ、あのババアはリオを気に入っていたからな。年甲斐もなく」
「そうなのか。って、いや、でもな……」
「ぐふ、問題ない」
「だからなんでそんなに自信持ってんだよ?」
「ぐふ、リオへの怒りはサラへ向かう。いわゆる八つ当たりだな」
「確かにっ」
「おいこらっ!大問題でしょうが!」
「ぐふ?そう思っているのはお前だけだが?」
「ですね……ひっ」
サラの悪鬼の如き表情を見てアリスが小さな悲鳴を上げてリオにしがみつく。
恐怖のあまり感情をコントロール出来ないからだろう、その顔はなんか嬉しそうだった。
そんなアリスに構わずリオが剣の柄に手をかける。
「じゃあ、壊すね」
「壊すなと言ってるでしょうが!!」
サラがリオの頭を思いきっりどついた。
別荘の周囲を見回り、デスヴァイパーの生き残りがいない事を確認した。
その後、サラは約束通り神官と手合わせをした。
神官はサラの剣に八つ当たりが上乗せされている気がした。
サラはリオを殴った後、ヴィヴィとアリスにカウントダウンがどうとか言われて必死に言い訳していた。
神官にはなんのことかさっぱりわからなかったが、結局、サラの言い分は受け入れられなかった。
その八つ当たりだ。
だが、神官はその事を口にしなかった。
言ったところで否定され、更に八つ当たりが厳しくなる気がしたからだ。
こうしてデスヴァイパー討伐依頼は完了した。




